おっさん、祝福される
「おめでとう~!」
「結婚おめでとう、ガリウス!」
「うぁ~おねーちゃんたち、キレイ!」
「あはは、ありがとう♪」
「ん。祝福に感謝。
でも村人総出で祝って祝って頂けるとは何だか恐縮」
「まったくだ。
でも――ありがとう、皆。
俺達、幸せになります!」
パチパチパチパチ!
俺の宣言に割れんばかりの喝采の唱和。
村にある礼拝堂から出てきた俺達を開拓村一同が総掛かりで祝福してくれる。
結婚式用にめかし込んだスーツが多少着苦しい。
だがそれぞれ色彩豊かなウエディングドレスで着飾った三人は本当に綺麗だ。
蒼を基調とした軽快なミニのドレスを纏ったシア。
翠を基調としたフリルがふんだんなドレスを纏ったリア。
白を基調としたフォーマルなドレスを纏ったフィー。
三者三様。
まるで物語から抜け出た様に鮮やかな姿を晒す三人の花嫁。
幸せに満ちたその笑顔を見る度、俺も何だか叫びたい程の幸福感が湧き上がる。
迷宮主達を難無く斃し、天空ダンジョン【降魔の塔】を攻略した俺達。
精霊都市を救った俺達は依頼主であるレイナの手厚い歓迎と感謝を受けた。
一週間にも及ぶ乱痴気騒ぎな宴が続いいたが――
すっかり開拓村の事を忘れてしまっていた。
婚約関連のドタバタもあったし心配をかけてしまっただろう。
慌てて転移魔術で戻った俺達を迎えたのが――この結婚騒動である。
開拓村の女性陣がサプライズで用意してくれてたらしい。
俺としては婚約も済んだし、式は挙げずに事実婚でもいいかと思っていたが――村のおばちゃん総出で怒られた。
男としてちゃんとケジメをつけておやり、との事。
そこで照れ臭いが三人の事を頼み今日の結婚式に到った訳だ。
「――ス様」
回想に浸っていた俺。
誰かに呼ばれた気がして我に返る。
まったくこんな素敵な花嫁を放っておいて何をしてるんだか。
俺は三人の方を向き直ると順にヴェールを外していく。
後は俺が順に誓いの言葉を述べていけばいい。
まずウキウキを抑えきれないシアからいくか。
「シア」
「な~に、おっさん」
「不甲斐ない俺だが――
一生大切にする。共に幸せになろう」
「うん、勿論!
これからもボクをよろしくね!」
感極まって抱き着いてくるシア。
嬉し涙を流すシアに「もう泣かせてるのか!」「甲斐性を見せろ!」「漢として守ってやるんだよ「――ウス様」「この女泣かせ!」と野次が飛ぶ。
うるさいな、ちゃんと分かってるよ。
恥ずかしさを堪えシアにキスをする。
盛り上がる一同。
阿呆だ、どいつもこいつも。
デレデレになったシアをおばちゃんらに任せリアに向き合う。
互いに真剣に見つめ合うも小奇麗に装った姿に苦笑してしまう。
「見慣れないからか笑ってしまうな」
「ん。同感」
「でも――綺麗だぞ、リア。
これからもお前を守らせてくれ。
理屈じゃなくて幸せにしたい」
「その言葉はストレートに嬉しい。
貴方のお陰で論理的じゃない考え方と生き方がある事を知った。
これからも共に学びたい」
微笑を浮かべたリアが顔を寄せてくる。
おいおい、お前の方からでいいのか? そんな事をしたら大変だぞ。
制止するよりも早く可憐な唇が近付き重なり合った瞬間――
「うあ~リアちゃんがあああああああああ!」「おれ達の心の天使があああ!」「今日、神は死んだ!」「――リウス様」「くそ~絶対幸せにしろよ!」
と未婚の男共から呪詛が飛ぶ。
何事にもカラッしたシアより思わせ振りな態度が出てたのかリアは隠れファンが多かったようだ。ワンチャンあるのかもしれないと思ったのだろう。
まあ、やっかみは男の勲章と聞く。
これも甘んじて受け入れるとしよう。
さて――最後はフィーだな。
意外にロマンチストなお嬢様を納得させるのはどうしたものか。
幾つかの言葉を頭に思い浮かべながらフィーのヴェールを外す。
満面の笑みを浮かべたフィー。
俺が何かを紡ぐより早く、フィーが口を開く。
「――ガリウス様」
「何だ、フィー」
破天荒なフィーの事だ。
はて、どのような事を言ってくるのやら。
まあその際はキスで口を塞げばいいか。
華奢な肩を掴み顔を寄せる俺。
その俺に囁かれるのは悲鳴を押し殺したような無機質で平坦な声。
「早く気付いてください。
わたくし達は――攻撃を受けてます」
「えっ?」
――その瞬間、世界は暗転した。
「――どうしたの、ガリウス?
そんな怖い顔をして」
「わん!」
ベッドから跳ね起きた俺は傍らにいた彼女の姿を認める。
優しく俺を見つめる彼女の瞳に荒く鼓動を刻む心臓が落ち着いていく。
ああ、彼女がいてくれた。
傍に、手の届く距離にいる。
それだけで全てが満たされる。
幾度も夢見た、愛する彼女との平凡な日常。
こうして笑い合い……時に喧嘩をしながらも愛を紡ぎ合って過ごす穏やかな日々。
幸せだ。
充分幸福に満ちているというのに……
今の俺は、知ってしまった。
ならば進むしかない。
俺は深々と息を吐くと――そっと彼女を抱き締める。
「な~に、急にどうしたの?
怖い夢でも見た?」
「――ああ。
君を、君を喪う夢を見た」
「馬鹿ね。
私はどこへもいかないわ。
貴方が望まない限り――いつまでも傍にいる」
「そうだな。
――うん、君ならそう言うだろう」
「ガリウス?」
「わんわん!」
最後にぎゅっと抱き締めると俺は不思議そうな顔をする彼女から身を放す。
そして愛犬ルゥが導くまま冒険者装備の置かれた棚へ向かう。
彼女と新居を構えて以来仕舞い込んでいたそこには長年使い込んだ硬革鎧と――古びた一本の刀があった。
俺は手入れのされていないその刀を手に取ると無造作に抜き放つ。
リィン……と鈴を奏でる様な鍔の解放音。
音を聞きつけた彼女が慌てて近寄ってくる。
「何をしてるの、ガリウス。
冗談でも危ないから――早くしまって」
「嬉しかったよ」
「え?」
「夢でも幻でも――また君と逢えた。
こういった未来があったという事を認識出来た。
それだけでも――俺は満足だ」
「な、何を言ってるの?」
「でも――死んだ者は還らない。
喪われた命は回帰しない。
それだけは変わらない――変えられない、この世の法則なんだ」
「言ってる意味がよく分からないけど……
それでもいいんじゃないの?
何もかも忘れて――盲目的に生きて行けば。
辛い現実より甘い妄想に浸っても誰も文句は言わないわ」
「いや、一人だけいる」
「誰?」
「他ならぬ俺だよ。
俺が俺を赦せない――赦せる訳がない。
君を喪ったのに全てを放棄して甘い偽りに逃げるなんて――絶対に赦せない」
「……不器用な人ね」
「君もな」
「似た者同士だものね。
だからこそ惹かれ合ったのかしらね、私達」
「かもしれない。
それにさ――今の俺には君と比較するのも失礼なくらい大事な人達が出来た。
だから早く戻らなくちゃいけないんだ」
「あら、妬けるわね」
「君でも嫉妬するんだな」
「女ですもの。
そりゃ~嫉妬するわよ。
ね、最後に聞かせて?」
「なんだ?」
「今、貴方は幸せ――?」
「俺は――」
急き立てるルゥを宥めながら刀――樫名刀を構える。
かつてリアは言った。
この刀には退魔――【魔を倒す】という概念が宿った、と。
魔とは本来、この世非ざる常世の理。
魔力を以て現世の法則に干渉し、術者の望む効果を導くのが魔術やスキル。
しかしこの退魔刀は現象として起きた概念そのものを断ち斬る事が出来る。
ならば既に術中に堕ち入った俺を解放するにはこれしかない。
間違っていたら壮大な自爆だがな。
深呼吸後、俺は退魔刀を逆手に構えると深々と胸に突き刺す。
鈍い痛みと共に弾け飛び――明瞭になっていく思考。
痛みのあまり苦心しながらも、心配そうに見守る彼女に質問の答えを返す。
納得がいったように嬉しそうに微笑む彼女を最後に――俺の視界は断絶する。
待っていろよ、これを仕掛けた奴。
この痛みと――彼女を再度喪った憎しみは万倍にして返してやる。
植え付けられた偽りの日々の記憶を後に、俺の意識は覚醒に向かうのだった。
夢か現か幻か。




