おっさん、迷宮に挑む㉔
「いくよ、フィー!」
「お任せ下さい、シア」
リアによる【停滞鈍化】発動後――
阿吽の呼吸で死霊王へと駆けだすのは我がパーティの勇者と聖女コンビだ。
複数の付与術式と祝祷術に支えられたその動きは滑らかで澱みがなく美しい。
無論、死霊王も傍観している訳ではない。
異名ともなっている死霊の上位眷属、怨霊を瞬く間に召喚し迎撃に向かわせる。
怨霊は恐るべき敵である。
通常攻撃を無効化するだけでなく【死の接触】と呼ばれる生命力そのものを吸い取るエナジードレイン系の攻撃をかましてくる。
HPにダメージを与えるのではなくHPの上限値を削るこの攻撃は、上位法術による回復以外は自然治癒に任せるしかなく――HPを全て削られたら晴れて奴等の仲間入りになるという非常にいやらしい攻撃だ。
要は第二階層で戦ったアンデットナイトの完全上位互換である。
しかも幽体ゆえに物理法則を凌駕し並の前衛職なら抵抗する事すら出来ない。
無残に魂を蹂躙されネズミ算式にレイスが増えるのみだろう。
古のお伽話では一昼夜で地方都市が壊滅したという。
それら厄介な死霊、怨霊を統括する者こそ死霊王リッチである。
奴自身はレベルの低い者なら視ただけで精神に異常をきたす高次元の防御障壁に包まれている。
召喚術師の操るフォースフィールドにも似たこの障壁は低位階値の攻撃を自動的に軽減、しかも次からは耐性を得るというとんでもない代物だ。
目玉の暴君バグズベアードが後衛殺しなら死霊王リッチは前衛殺しと呼ばれるのはこういった理由によるからだ。
何せ対抗するには接敵するしかないのに奴自身に効く攻撃は限られる。
初手で最大火力を叩き付けるか、奴自身の相克である法術で防御障壁を相殺するしか対応する方法がなく、通常なら聖別武具や聖遺物などの恩寵に縋るしかない。
だが――ここに天敵がいた。
奴自身の障壁を無効化する法術のエキスパート、聖女。
クラスチェンジにより強大な魔力加護を得た勇者の存在が。
勝手知ったる何とやらで互いが何をして欲しいのかを理解している二人は無駄のない詠唱と共に死霊を祓いながら死霊王に肉薄していく。
冴え渡るシアの【魔法剣】と高らかに響き渡るフィーの祈りを捧げる声。
その連携の前にはレイスとて敵う訳がなく遂に道が切り開かれる。
好機とばかりにチャージを仕掛けるシア。
足に魔力を集中させると【魔力放出】により砲弾の様な勢いで間合いを詰める。
慌てて念動力で巨大な瓦礫を撃ち出そうとする死霊王だが――遅い。
その時にはレッドドラゴンを斃したヴィヴィと俺が既にカバーに入っていた。
荒れ狂う念動により凶悪な速度で渦巻く瓦礫をヴィヴィが両断――細かい砂塵を俺が魔現刃で打ち払う。
台風の目の様に開いた空隙をシアが電光の様に駆け抜ける!
懸命に障壁の密度を高め抵抗する死霊王だが、もう遅い。
「右手で魔術【フラッシュ】左手で闘技【クロススラッシュ】。
魔法剣――【シャイニングクロス】!」
破魔の力を持つ、シアの放った渾身の光属性魔法剣が障壁ごと死霊王を両断!
抵抗すら許さず灰燼と化す。
「やった!」
「ん。さすが」
「やりましたわね!」
「お見事、さすが勇者ね」
「うむ」
「そうかな……えへへ」
鮮やかなシアの手腕を褒め称える一同。
だらしなく相好を崩すシアだが……そういった所がまだ甘いんだぞ、お前は。
調子に乗ってる時が一番怖い。
これは師匠の言葉だ。
はて、続きは何だったか?
まあいい。
今は能天気な勇者様を支える事を優先するとしよう。
苦笑した俺は樫名刀を手に周囲を警戒する。
対策を練りに練ったとはいえ圧倒的な殲滅速度で全ての迷宮主を斃し終えた。
犠牲も何もない快勝だというのに……いったい何だろうか、この胸騒ぎは。
胸中に宿る違和感に疑問を抱きつつも俺は仲間の下へ歩み出すのだった。
次回、少し胃に痛い展開です。




