おっさん、迷宮に挑む㉓
「では――吾輩の相手はお前であるな」
俺達が先手を打ってレッドドラゴンを相手にしたと同時――
ブルネッロも巨漢に似合わぬ俊敏な動きでバグズベアードへ肉薄していた。
さすがは【肉体言語】をマスターしている言語学者という事か。
関連する身体系スキルを自動取得していると聞いていたが、体重を感じさせない羽毛の様に軽やかな足捌きは熟達の域に達した前衛職を彷彿させる。
無論バグズベアードも易々と近付くのを許している訳ではない。
特殊能力をフルに発揮すべく、リアのデバフ禍の中――
大目玉を見開き、いやらしくうねる無数の触手をもたげ迎撃に入る。
バグズベアードは異なる世界に存在する異形の魔だ。
異名ともなっている、視界に捉えたありとあらゆる魔術効果を無効化してしまう巨大な眼玉。
肉塊としか言い様のない身体からは熱線、冷凍、破壊、混乱等多岐に渡る効果を及ぼす光線を放つ触手が生えている。
別名魔術師殺しとも称される程目玉による無効化能力は強固で、下手な魔術付与武器だと奴の視界内ではその効果を失ってしまう程である。
また各種光線も厄介で、一発でも当たれば尋常でない手傷をもたらす。
ならば距離を置かずに接近戦を挑むしかないのだが、巨体を活かした体当たりや猛毒に塗れた触手による攻撃も脅威であり戦車の突撃でも耐えれる重装甲の戦士が一撃で潰されたという討伐記録が残っている。
遠距離・中距離・近距離、共に死角なし。
まさに暴君と称されるに相応しい。
こんな奴を相手に個人が挑むなど無謀に等しく、戦うならバランスの良い編成で固めたレイド(複数パーティの集まり)が必要であろう。
だが――何事にも例外はあったようだ。
「ぬおおおおおおおおおお! 魔術ぅ!」
突進するブルネッロ目掛けて注がれる数多の光線。
どれもが当たれば人体に致死的な効果をもたらす魔の閃光。
しかしブルネッロは臆する事なく走り込んだ勢いのまま剛腕を床へ叩きつける。
凄まじい威力に爆砕され朦々と粉塵を上げる地面。
上手い!
速さには定評のある光線も塵や煙の前にはその威力を大きく減衰させる。
またこの粉塵自体が煙幕替わりとなり近付くブルネッロの姿を覆い隠す。
一石二鳥どころか三鳥に迫る勢いでブルネッロは間合いを詰める。
バグズベアードも光線による攻撃を早々と諦め今は毒塗れの触手による格闘戦へと切り替え始める。
烈風渦巻く中へと自らの身を投じるブルネッロ。
掠れば即死しかねない死の嵐を超人的な身体能力で回避。
驚愕に目を見開くバグズベアードの前で拳を構えると――
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
目にも止まらぬ拳打のラッシュ。
必死に抗おうとするバグズベアードだがその勢いは止まらない!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
回転する重機の様なブルネッロの拳打が収まった時――
そこにはあったのは無残な屍を晒すバグズベアードの残骸だけだった。
対するブルネッロはまったくの無傷。
全身から立ち昇る汗と蒸気だけが激闘の末を語っている。
攻守共にそつがない恐るべき異界の魔、バグズベアード。
奴の誤りは二つ。
魔術効果を用いず己の肉体を粉砕する事が出来る規格外の存在がいた事。
そして何より自在にその力を操るS級と敵対してしまった事。
筋力の筋力による筋力の為の攻撃。
術式に頼らぬ純粋な力。
バグズベアードにとってそれはまさに天敵だ。
――そう、単身で災害級に立ち向かい打破する超越者。
これがS級、これが【粉砕】のブルネッロか。
肉体言語の行く末が生み出す理不尽の嵐に俺は戦慄を抱くのだった。




