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おっさん、迷宮に挑む㉒

 

「散開!

 ブレスが来るぞ! 固まらずに散れっ!」


 文字通り口火を切ったのはレッドドラゴンだった。

 長い首を逸らすと大きく息を吸い込み始める。

 喉元でガチガチ鳴っているのは、生成されたガスに引火する為の内々火打ち歯が摺り合わされる音に違いない。

 ドラゴンの代名詞にして威容、ドラゴンブレス。

 その効果は炎から吹雪、強酸など多岐に渡るがいずれも一撃必殺。

 広範囲に撒き散らされるブレスは圧巻の一言で、密集した敵にとって絶望以外の何者でもない。

 大衆に害を為すドラゴン討伐に軍隊が向かない理由の一つである。

 凡庸な兵が数百集まろうがドラゴンの前には関係ない。

 只の一息で吹き散らされ壊滅される。

 だからこそ冒険者や英雄が竜退治に赴くのだ。

 空中や平原では無敵の機動力を誇るドラゴンも、こういったダンジョンでは巨体が邪魔をして自由が利かない。

 故に有効なのは実力者たちによる近接戦闘。

 なのでドラゴン相手に距離を置いて戦うのは愚策――

 死中に活を求めるべく近付くのみ!

 俺は仲間に指示を飛ばすと刀の柄に利き手を添わせる。

 体色の法則が有効ならレッドドラゴンが象徴するのは炎。

 万物を燃やす灼熱のブレスが来る!

 ならばここは炎の上位精霊【フドウエンマ】の加護、炎への【絶対耐性】を活用すべく俺が活路を切り開くべきだ。

 俺と同じくは風の上位精霊【ルドゥラ】の加護を受けたリアの無詠唱魔術がまず三体に飛ぶ。

 いかなる敵にも動きを遮られないという【行動優先】の補助は問題なく発動し、ドラゴン達に――否、その周辺の空間自体に作用する。

 リアが選んだ魔術は【停滞鈍化ステイスロウ】の魔術だ。

 無効化能力持ちにも効く数少ない魔術で、個人の魔術抵抗を無視して空間自体に作用するデバフ系の術である。

 体感的に動きが五分の一くらい鈍化した様に感じるのだが、果たして――

 侵入者に対し迎撃に動く三体、レッドドラゴン・リッチ・バクズベアード。

 その動きが目に視えて鈍化する。

 空間自体に作用する【停滞鈍化】……どうやら効果は抜群だ。

 素敵なリアの贈り物へ怒りの返礼とばかりにレッドドラゴンが遂にブレスを吐き出すも――遅い!

 カウンターで俺も準備を整えていた。

 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 広間に炸裂する灼熱のコロナ。

 総員耐熱付与はされているとはいえ、直撃すれば無論命はない。

 だからまずは斬り裂く!


「魔現刃――【裂空】!」


 渾身の力を込めて放たれる風の魔力を具現化した魔現の刃。

 樫名刀により退魔効果を上乗せされた斬撃がブレスに直撃。

 紅蓮の業火を左右に断ち割っていく。

 ブレスを遡った斬撃は奴の口元まで達すると口蓋に傷をつける。

 よし、これで一先ずブレスは封じた。

 とはいえレッドドラゴンによるブレスの威力はおかしい。

 耐性があり直撃を避けたというのに――輻射熱ですら俺の衣服と硬革鎧が焦げ付いている。

 こんなものを喰らったら消し炭すら残らず燃え尽きるのは間違いない。

 戦慄する俺だが反面安堵もしていた。

 打ち合わせ通りなら俺の仕事は無事終えた。

 後は仲間の出番だからだ。


「よくやったわね、ガリウスちゃん」


 魔現刃を振るった俺の脇を疾風のように掛けるのはヴィヴィである。

 俺達には明かせないが【職業】による絶技があるという。

 今はそれを信じて全てを任せる。

 接敵するヴィヴィに口元を抑えながら剛腕を振るうレッドドラゴン。

 身の丈もある爪が掠めただけで致命傷は免れない。

 そしてそれはヴィヴィの身体を深々と貫いた。

 昏い愉悦に爬虫類独特の縦瞳孔を細めるレッドドラゴン。

 自分より小さき者に傷付けられたプライドが束の間回復したのだろう。

 だが戦いの場において驕りは禁物だ。

 愚かな犠牲者の姿を見ようとした瞬間、レッドドラゴンは驚愕する。

 自分が貫いたと思ったもの、それは衣服の断片だったのだ。


「忍法【空蝉】」


 謎の言葉と共に瞬間移動の様に上半身裸のヴィヴィが出現する。

 無防備に首元を晒すレッドドラゴンの間近に。


「アタシのクラス名は死に逝くモノにしか名乗れない縛りなの。

 せめて【〇者】マスターの名を脳裏に刻みながら……お逝きなさい」


 憐みすら込めてヴィヴィは手刀を振るう。

 空間自体が裂ける様な凄まじい大気の乱れ。

 先程も見掛けたそれはおそらく人為的に起こされた真空。

 無慈悲な断頭の刃は閃光の様に迸り――

 レッドドラゴンの首を刎ねた。

 強靭な鱗や体組織を物ともせずに。

 何が起きたか分からないまま倒れ伏すレッドドラゴンの巨体。

 まさに絶殺の秘儀――必殺技。

 これがS級、これが【隠形】のヴィヴィ。

 ヴィヴィは鮮やかに着地を決めると残心を怠らず次の敵へ向かう。

 慌てて追随する俺。

 戦いはまだ始まったばかりだ。

 しかし未だ高き頂きを前に――俺は興奮を抑えきれなかった。






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