おっさん、敗北を悟る
「障壁の多重展開を頼む、フィー!
時間は短めでいい――その分堅いやつだ!」
「――はい、かしこまりました!」
「術式解析までどのくらい掛かりそうだ、リア!?」
「ん。概算で1分欲しい――
それだけあれば対抗術式を噛み合わせられる」
「よし、分かった。
聞いたな――シア、ルゥ。
併せて帰還の魔法陣も作動させる。
残りの時間――俺達で耐え抜いて稼ぐぞ!」
「了解!」
「わん!」
どうにか元居た玄室に逃げ込み矢継ぎ早に指示を出す。
フィーは法術で回廊へ障壁を展開していくが――それも気休めだ。
奴ら相手にどこまで持つか。
現状を切り抜ける為の切り札はリアに掛かっている。
俺とシアは各々抜刀すると二人を庇う様に並び立つ。
ルゥもボロボロの身体を引き摺って毛を逆立て威嚇している。
敗走に次ぐ敗走。
厄介な追跡型の術式から生み出された魔導生命体【死を追う者】の足音が間近に聞こえている。
転移用の鈴が描く積層型転移術式の遅さに苛立ちながら――
俺はここ十日間の事を思い返していた。
探索は順調だった。
開拓村で英気を養った俺達は降魔の塔攻略を再開。
第四層――極寒の【雪原エリア】を、寒さと暑さがあべこべになるという、リア特製の【逆転錬金クリーム】で難無く突破した。
ここではルゥの活躍が目覚ましかった。
さすがは氷雪魔狼フェンリル――場所が場所な事もあり、まるで水を得た魚の様に生き生きと無双し始める。
どこに弱点があるか非常に難儀する氷生命体の核を的確に見抜いて砕いていく様は――パーティ一同、胸が梳く思いだった。
続く第五層――灼熱の【溶岩エリア】も、精霊【フドウエンマ】より炎に対する絶対耐性の加護を得ていた俺の活躍によって特に支障なく切り抜けた。
かなり意地の悪い作りの迷宮で通常なら制覇するのに時間が掛かっただろう。
だが――迷宮作成者も溶岩を泳いでショートカットをするという、たわけた奴の存在は想定外だったらしい。
俺にしてみれば多少身体に粘りついて泳ぎ辛いだけの湖と変わらない。
遠泳に挑戦するか、程度の気負いである。
精霊の加護様々だな。
レイナには感謝しなくてはならないだろう。
まあ――装備品は燃えてしまうからと、主に全裸で行動をしていたので、女性陣からは黄色い悲鳴とやけにねっちこい熱い視線が集中していた気がするが。
こうして半月以上の猶予を残して最上層――第六階層に到達した俺達。
現在のペースなら問題なく攻略、全制覇できると油断していた。
愚かにも。
その代償がこれだ。
俺達は追い詰められ――全滅の危機に瀕している。
要所に配置されている数多の罠と守護者共の手によって。
第六層は【魔城エリア】とでも呼ぶべき階層だ。
玄室と玄室を回廊が繋ぐ、広大な造りになっている。
小細工や搦手が効かず順当に正面突破するしかない造り。
無論玄室には強大な力を持つルームガーダーと即死級の罠が設置され――酷い時には玄室そのものがトラップという場所もあった。
しかし一番難儀させられるのが玄室を繋ぐ回廊だ。
ここは敵も罠も無い安全地帯と思いきや、長時間待機しているとデスストーカーと呼ばれる魔導生命体を無限に生み出し侵入者を排除するという、特上クラスの罠と化していたのだ。
なので避ける為には休む間もなく連戦するしかないという悪循環。
本来であれば多少なりとも玄室で休む事が出来る筈だ。
だが【罠解除】などに優れたスカウト系がパーティにいない俺達はこういった時に力押しで突破、解除を試みるしかない。
そうなれば勿論、守護者も黙っておらず――襲い掛かる火の粉は振り払わなくてはならなくなる。
消耗の度合いが半端ない。
これではジリ貧になると決断し撤退を示唆し始めたのだが――
少しだけ遅かったようだ。
障壁を突破し押し寄せるデスストーカー達。
懸命に応戦する俺達だが数は暴力だ。
個々の力では勝っているのに僅かばかり足らず押し切られる。
腕を動かし刀を振るうよりも早く奴等の魔手が迫る。
シアに当たりそうになった手を弾き飛ばし庇うが間に合わない。
俺の急所目掛け突き出される毒入りの魔手。
駄目か――
自らの力の無さを悔やみ諦めかけた時、それは起こった。
「う~~~~~わんわん!」
奴等の足元に飛び出したルゥの身体が眩い輝きを放つ。
するとその輝きから無数の灰色狼【グレイウルフ】が飛び出しデスストーカー達へ向かっていく。
あれはまさか【眷族召喚】!?
元階層主であるルゥ――氷雪魔狼フェンリルの力だけでなく階層主としての力も使えるとは。
だがこれはルゥがくれた千載一遇の好機――
ここを逃せば後はない。
「総員、とっておきのをかませ!
ルゥを連れて転移するぞ!」
スキルを解放しながら叫ぶ俺の指示に三人も追随する。
薄暗い迷宮内を染め上げる紅蓮の炎に烈風の煌めき、破魔の閃光。
斬撃、魔術、法術が荒れ狂う中――疲労困憊のルゥを何とか回収。
やっと構築された転移魔法陣に全員飛び込む。
気が付くと――空中庭園の定位置に俺達はいた。
「助かった……のか」
思わず四肢の状態を見渡し安全確認を行う。
無事生き延びられた。
しかしその代償は重く、手の中にいるルゥは息も絶え絶えなほど衰弱している。
急いでフィーを呼び怪我の治療と失った体力の回復をお願いする。
間一髪だった。
いや、僥倖に恵まれただけか。
ルゥがいなければ俺か――誰かを喪うレベルだった。
自分が死ぬことに恐れはない。
だが、あいつらを喪ったら俺は戦えるのか?
今頃になって震え始めた指を固く握りしめながら――
俺は堪えようのない敗北感を感じていた。
おっさんの敗北編です。
本当はもっと悲惨な状況(パーティ分裂、シアとリアの捨てがまりなど)
を書いてたんですけど、昏くなるし救いがないのでやめました。
誰も得をしませんしね。
次回からはおっさんの逆襲編ですw




