おっさん、猫を愛でる
「くっそ幸せ者なガリウスの婚約を祝って――
かんぱ~い!」
「うおおおおおおおおおおお、シアちゃん!
おいは……おいは悲しか!」
「泣くな!
オレだってな、リアちゃんに……うう」
「ああ、フィーナたん……僕の天使が」
幾度目になるか分からない祝杯の掛け声。
酔っ払い泣き喚く男達に苦笑しながらお替りを注ぐのはシア達三人だ。
村の一員となるべく、俺を立ててくれているのだろう。
彼らが本気でないのは充分理解している。
だが呪詛塗れのその内容はどうなんだ、おい。
テンションの異様に高い男衆に呆れつつ、俺は残しておいたとっておきの肉を抱え裏手に回る。
皆に振る舞ったバーベキューは好評――宴もたけなわだ。
その陰の功労者に報いなくてはならない。
「――ありがとうな、ルゥ」
「わん!」
俺の言葉に嬉しそうに応えたのはルゥだった。
皿に盛られた味付き肉を美味そうに頬張り始める。
そう、今回のバーベキューで一番の立役者はルゥに違いない。
早朝から山に入り、獲物を捕まえて来てくれたのである。
元々狩りを得意とする氷雪の魔狼と云う事もあり初めてとは思えない程の手並みで獲物を追い詰め、狩り立てた。
本人(?)の希望もあって狩猟を許可したが、俺達の心配を余所に、ルゥは生き生きと山を駆け巡る。
自由気ままな魔狼にとってそれこそが本当の姿なのかもしれない。
仕留めた獲物をどうやって運ぶのかが気になってはいたが【天候操作】で全てを解決していた。
迷宮探索でレベルも上昇したのか、突風を上手く操作しまるでお手玉の様に舞い上がらせそのまま運んできたのだ。
その数、実に9頭(牛2、猪3、鹿4)。
皆に振る舞ってもお釣りが出る程だ。
一生懸命に肉を噛み噛みする愛らしい姿に頬が緩む。
「あ、おっさんばっかりズルいよ!」
「ルゥを独占するのは禁止」
「そうですよ。
わたくし達にも愛でさせて下さいな」
ルゥの柔らかな毛並みを撫でてると、皿を抱えた三人が来た。
ベタベタな姿を見せた俺は慌てて距離を取る。
「おっと。
もういいのか、お前達?」
「うん、勿論」
「不満は吐き出させた」
「あとは村の女性陣のお仕事ですわ。
これ以上口を出しては怒られてしまいます」
「そうだな。
でも助かるよ、気を遣ってもらって。
開拓村とはいえ閉塞的な環境だからな。
面倒だがやっぱ人付き合いとかが大切になる」
「重々承知してるよ」
「慣れないお酌でも喜んで貰えるなら苦労を厭わない」
「村社会の過ごし方は心得ておりますから。
――って、あら?
どうしたのですか、ルゥちゃん?」
フィーの疑問を背に皿から口を離したルゥはトコトコ歩き始める。
人気のない草むらまで歩を進めると走って戻って来た。
後ろに見知らぬ巨大な猫を伴って。
でかい。
ビロードのように滑らかな黒の体毛に神秘的な黄金の瞳。
威容を誇るその姿は魔獣等とは明らかに位階が違う。
「え~っとルゥ、その子は?」
「わん!
わんわわん、わお~~~ん!」
「何々?
狩りで知り合ったこの山の主を紹介する――だってさ、おっさん」
「――話が分かるのか、シア!?」
「何となくだけどね」
「じゃあ――通訳を頼めるか。
山の主も何か言いたそうだし」
「うん、いいよ」
「にゃ~ん。
うにゃ~~~ご」
「山の主、猫王スピキオは感謝するだって」
「なんで?」
「うにゃうにゃうにゃ~ん」
「山に巣くっていた邪悪な輩を退治してくれたから。
さすがの猫王も魔神には敵わなかったみたい。
お陰で山は平穏を取り戻しつつあるって」
「そうか、ならば良かった。
ただ……まずったな」
「どうしたの?」
「山の主が正式にいるのに、挨拶もせずに狩りをしてた」
村には村の掟がある様に、山には山の掟がある。
狩りの伺いもその儀礼の一つだ。
主がいる山で狩りを行う際は祝詞を唱え貢物を捧げるのが習わしだ。
彼等は通常、狩りを始めるとそれとなく鳴き声や爪痕で自らの存在を示す。
狩猟者はその啓示を受けて儀礼に臨むのだ。
この山ではそれらしい気配がなかったからてっきり主不在の山だと思ったのだが……少し浅はかだったな。
「挨拶もせずに申し訳なかった。
領分を侵したのは俺の方だ、本当にすまない」
「にゃ~ん。
うにゃにゃ~ん、な~~~~ご」
「なんて?」
「我は寛大だ。
此度のそなたらの働きに応じて赦す、ってさ。
今後も狩りを続けていいって」
「随分気前の良い主様だな。
そうだ、残り物で悪いが食べないか?」
俺は皿に、残っていた特製ローストジビエをあける。
最初は警戒していたスピキオも匂いと好奇心には勝てなかったのだろう。
鼻を蠢かせるとまずはペロリと一舐。
すると急に眼を爛爛と輝かせローストジビエにむしゃぶりつく。
「う~にゃにゃうにゃ~にゃ~にゃ。
う~にゃにゃうにゃうにゃ~ん♪」
「人間、お前は汚い。
こんな美味いものを馳走になってはお前を贔屓にするしかない。
偶にでいいので今後とも貢いでほしいってさ。
あと特別に頭を撫でていいって」
「気に入って貰えたなら何よりだ。
これからもよろしく、スピキオ」
「にゃ~ん♪」
掌から伝わる極上の感触を堪能しながら――
俺は一瞬で仲良くなった山の主との交流を深めるのだった。
猫の日記念です。




