おっさん、迷宮に挑む⑱
「こんな感じでよろしいでしょうか、ガリウス様?」
「ああ、丁度いい。
面倒だがそんな感じで奴の周囲を包囲してくれ」
俺の指示を受け、フィーナが防御障壁を展開する。
先程も世話になったが神の恩寵を受けたこの障壁はかなりの強度と密閉性を併せ持つ。高速射出される礫など、いくら撃たれても貫通させずに弾き返すくらいに。
ではフィーがその障壁をどこの誰に展開させているかというと――
何故か俺達にではなくトレント目掛けてである。
呪いや負の力の集合体、トレント。
虚ろなる自我の持ち主故に呪文耐性はかなり高い。
だが奴の遠距離攻撃範囲外から【銀冠スィルベンズ】の効果である術式対象距離の拡大を行い法術を一方的に掛けるフィーの法術は問題なく発動している。
意外と知られていない事だが、術耐性の高い妖魔や異界の住人である悪魔や魔神に対してバフ系や回復・支援系は有効に作用する。
考えてみればこれは当然の事で、俺達が連携を図る様に奴等にも相互に支援をし合う関係があるのだろう。
その際にこの呪文は効くけどこの呪文は弾くなどの個別耐性は難しい。
なので自らに恩寵をもたらす呪文は基本受け入れる仕様なのだと推測できる。
それを踏まえて俺達が何をやっているのかを解説していくと……
【樹】属性の妖魔である以上、トレントの弱点は当然【火】だ。
ここら辺は最早お約束である。
しかし総じて知能が低い植物系妖魔とはいえトレントは馬鹿じゃない。
弱点を補う為、自らの体皮である幹に充分水分を纏わせるだけでなく、幾層もの表皮を重ね合わせ使い捨ての装甲のようにして火から身を守る。
俺はさっき「燃やす」と提案したが、馬鹿正直にリア辺りが最大火力をトレント目掛けてぶち込んでもおそらく奴は問題なく耐火するだろう。
なので少しだけアプローチを変える事にしたのだ。
まずは奴目掛けて障壁の法術を放つ。
展開されていく強固な障壁を奴が拒む事は無く、むしろ何をしているんだか、と嘲る様に表皮に浮かんだ顔が嗤う。
まあ、待てよ。
楽しみはこれからだ……まだ、慌てる様な時間じゃない。
充分に奴自身の周囲に障壁が展開され尽くしたのを目視で確認する。
うむ、良い密閉性だ。
さすが聖女――いい仕事をする。
フィーに労いの言葉を掛けた後、俺は続けてルゥにお願いする。
「じゃあ次はルゥの番だ。
先程説明した通りに頼むぞ」
「わん!」
俺の言葉にルゥは張り切った声で応じ【天候操作】を行う。
対象となるのは障壁に囲まれたトレントのいる空間だ。
奴のいる空間内の空気を操作し真空に近付けていく。
術耐性を持つトレントだが別に術やスキルを無効化する訳じゃない。
外部から自身以外に作用する術などを止める術はないのだ。
ただ手を拱いて見守るのみ。
普通なら窒息するほど空気が薄くなっていくが――奴はトレントだ。
酸素がなくとも問題なく活動しており不可解そうに俺達の動きを観察している。
ここまでは予定通り。
それにしても――障壁外からこうやって問題なくスキルを使用できるのは、幾度経験しても便利だなと実感する。
ここら辺が同じ障壁展開でも賢者であるリアと聖女であるフィーの違いだろう。
強度なら魔術師系呪文【絶対障壁】の方が断然上だ。
しかし神官系法術【聖壁】は絶対障壁とは違い大きな利点がある。
それは障壁が味方の動きを阻害しない事だ。
つまり圧倒的な防御を誇る絶対障壁は文字通りただのシールドにしか過ぎないのに対し、聖壁は内部から矢を放ったり壁の中に敵を閉じ込めて外から攻撃出来たりと術者の意向次第ではやりたい放題なのである。
そういった利便性もあって今回はフィーに障壁展開をお願いした、
さあ、これで準備は整った。
最後の締めは攻撃呪文の専門職、遠距離攻撃の華――リアにお任せしよう。
「リア、頼む」
「ん。了解。
紅蓮の猛火よ、我が威を示せ……【火球】」
リアの魔杖から魔術師の定番攻撃呪文、火球が放たれる。
煮え滾るマグマに等しいそれは障壁を通り越しトレントに直撃、炎上させる。
魔術師系上位職、賢者であるリアの放ったその威力はまさに灼熱のコロナ。
巨大なトレントの体躯を覆い炎の舌で嘗め尽くすが――足りない。
炎は表皮を焦がすも真皮を焼くに至らず、残り火となりチロチロ燃えるのみ。
それも空間内の酸素を燃やし尽くしたのか間もなく消え去る。
おまけに焦げた部分が捲れるや新しい幹と芽を伸ばし再生を始める始末。
耐火に優れた奴を火球で討伐するにはあと数百発は必要だろう。
だが、残念な事に奴は知らなかった。
気密性の高い空間内での火災――
それは火魔神の咆哮と呼ばれる現象を引き起こす事を。
「やれ、ルゥ」
「わん!」
俺の指示通りを受け、ルゥが障壁内に新鮮な空気を送り込む。
瞬間、爆発と閃光のハレーション。
雷のように耳をつんざく轟音の後には――
障壁内にあったトレントの身体は粉々に爆散していた。
完全に木っ端微塵であり気配を察知するまでもなく絶命している。
やれやれ、ここまでの威力とはな。
自分達の冒した結果とはいえ戦慄を覚えてしまう。
燃焼とは「火種」「可燃物」「酸素」の3要素が揃う事で発生し、どれか一つが欠けると発生しなくなるのだが……密閉された室内などでも空間内の空気がある内は火は成長する。
しかし空気が少なくなると可燃物があっても鎮火したような状態になる。
だがこの段階でも火種が残り、可燃性のガスが徐々に空間内に充満していくことがしばしば見受けられる。こうした時に不用意に扉などを開けると、新鮮な空気が急激に入り込み、火種が着火源となり今まで燃えなかった可燃性ガスが爆燃する――これが火魔神の咆哮の正体だ。
奴は弱点である【火】に対しては耐性を持っていた。
だが爆発とそれに伴う輻射熱にまでは耐性は無かったようだな。
無論、自由に動ける相手には通じない戦法だ、
だが――奴は生まれ持った特性上、その場から動けなかった。
その時点で奴の敗北は決定されていたとも言える。
無事に出現した魔法陣を見ながら、俺は肩を竦めて奴の冥福を祈るのだった。




