おっさん、迷宮に挑む⑮
「ガリウス様、見えてきましたわ」
「ん。アレが多分この階層のボス」
「うわ~いかにもな感じだし、メッチャ硬そうだよ」
海賊王で有名な船長、マリンの卵的発想の転換で城塞エリアのショートカットに成功した俺達は、早々とゴールと思わしき場所に到着していた。
そこは野外に通じる巨大な城門を模した魔法陣である。
先程の草原エリア同様、そこを使えば次の階層へ転移出来るのだろう。
無論簡単に魔法陣へ到達できる筈もなく、城門前には階層主が居座っている。
全長2メートルを超える騎士装束の巨漢。
兜に隠された表情は窺えず禍々しい魔力を放つ両刃の大剣と大型盾で武装している。
ただ全身から立ち昇る不浄のオーラを見るまでもない。
奴の正体はおそらく――
俺達は奴に通じる手前の壁で下へ降りながらリアの【鑑定】結果を待つ。
「ん。解析終了。
あいつの正体は【アンデットナイト】で間違いない」
「やっぱりそうか。
まったく厄介な奴ばかり階層主になっているな」
リアの【鑑定】結果に俺は溜息を交え応じる。
亡霊騎士アンデットナイトは氷雪魔狼フェンリルに並ぶ災厄級の妖魔だ。
西方の古城などに極稀に出没しており、とんでもない被害をもたらす。
達人級という強さも然りだが、実は問題は別の所にある。
ではこいつの何が問題かというと――
「皆、気をつけてほしい。
あいつは呪われた大剣と精神力を奪い取る効果を持った視線で敵を攻撃する。
これらの攻撃によって死亡した者は死霊となりアンデッドナイトの僕となる。
こういった閉鎖空間や孤立した場所で登場した場合、極めて恐ろしい存在」
珍しく危機感を孕んだ顔でリアが警告を飛ばす。
そう、こいつの厄介な所はその特殊能力だ。
肉体だけでなく精神にもダメージを与える攻撃。
これは俺のような前衛ならともかく後衛にとっては地味に嫌な攻撃だ。
戦闘の切り札である魔術や法術の要、それは己の精神力――魔力だ。
ここを狙ってダメージを受けると然るべき攻撃や支援が行えなくなる。
結果、泥仕合だ。
更に厄介なのは、もしこいつの攻撃により死亡した場合、死霊に成り果てる。
そうなったら最後――リアの言う通り、奴の下僕と化すのだ。
ちなみにワイトと呼ばれる死霊も奴に比べれば劣化してるとはいえ同様の力を持っており、吸血鬼みたいに連鎖増殖するので早急な対応が望まれる妖魔だ。
後手に回れば地方そのものが壊滅するほどの脅威――それが災害級である。
しかし何事もそうだが、予め分かっていれば何とでも対処が出来るものだ。
俺達は誇り高い騎士じゃない。
創意工夫で戦う冒険者だ。
ならマンチキンと呼ばれようが危険を避けた効率の良い戦い方をするのみ。
皆を集めると俺は奴の斃し方を相談し合うのだった。
「さて――準備はいいか?」
「万全」
「問題ございませんわ」
「じゃあ発動してくれ、リア」
「ん。了解。
ではまず自分とフィーに【透視】を掛ける」
「はい、発動しましたわ。
ではわたくしはこの城壁に【聖域】を掛ければよろしいのですね?」
「そうだ。その後は奴に【主神の癒し手】を掛け続けてくれ。
アンデットである奴は神の威光とやらが一番効くからな。
視覚内にしか発動しない法術や魔術も【透視】越しなら問題ないだろう?
リアは次にアンデッドの弱点属性である炎系の攻撃魔術を頼む」
「ん。任せて」
二人の同意と共にまず城壁に対し【聖域】が、そしてアンデットナイト自体にはヒールとフレイムランスが飛ぶ。
壁越しの不意打ちは功を奏し、無防備に呪文を喰らう亡霊騎士。
生ある者が放つオーラを感知したのだろう。
怒りの雄叫びを上げてこちらに突撃を仕掛けてくるが……城壁に阻まれる。
奴は荒れ狂う衝動のまま大剣を振るうがそれは無意味だ。
いかなる怪力の持ち主とはいえ、魔術でもぶち抜くのが難しい城壁の素材を――しかも法術で強化されてるのだ。簡単に突破できる訳がない。
何より一番の問題は――
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
城壁に掛けられた【聖域】による副次効果だ。
対象となった人、物、場所を聖別するこの法術は効果時間中、神の恩寵を齎す。
神の恩寵とは継続的な回復とステータスの向上である。
だがそれはあくまで人族の話。
アンデッドである奴にとっては全ては反転し作用する。
つまり奴は城壁に寄るだけで継続的ダメージを受け続け、尚且つありとあらゆるステータスにデバフが付くのだ。
おまけに唯一の遠隔攻撃手段であり、恐ろしい効果を持つ【亡者の視線】は壁に遮られ届かない。
なのにこっちの二人はリアの【透視】効果で問題なし。
こうして――聖域の効果が切れないよう配慮する必要があるとはいえ、一方的な攻撃を可能とする場の形成が完成した。
動向を見守る俺とシア、そしてルゥ。
精神力温存の為、俺達に【透視】は掛けられていない。
ただ壁越しに響き渡る奴の苦悶の声を聞くに作戦は順調なようだ。
万が一に備えいつでも参戦できるよう警戒は続けるが、出番は無さそうだな。
当面の危険が無い事を察知したのだろう。
連続で無詠唱魔術を放ち続けながらリアが俺に話し掛けてくる。
「しかし――目視が必要な遠隔呪文と透視呪文を組み合わせ壁の向こうの敵を叩くなんて……ガリウスの発想はやはりおかしい。
こんな術式の用法は魔導学院でも習わなかった」
「人間は弱いからな。
常に創意工夫して対処できるよう常日頃から考えておかないと」
「なんていうかさ、情緒に欠けるけどね」
「――あら?
危険がないならそれに越したことはありませんわ。
英雄譚の様に苦難を仲間と共に乗り越えると聞くと大変微笑ましい展開でしょうけど、経験しないで済む苦難は避けた方が賢明ですもの」
「同感だ。
ただ――こういった戦法をあまりやり過ぎるとサイコロの出目が大好きな邪神に目を付けられるから、程々に抑えないといけないがな。
ああ、二人ともそろそろ魔力がキツイだろう?
さすが階層主だけあって体力はあるから斃すのに時間が掛かるらしい。
ほい、マジックポーション。
ミントで味付けしておいたから飲みやすいと思うぞ」
「ん。気遣いに感謝」
「あら、口当たりがいいですわね」
「じゃあボク達も何かを摘まもうか、ルゥ?」
「わん!」
「おいおい、警戒は怠るなよ」
「はいはい。
勿論分かってるよ、おっさん。
ね~ルゥ?」
「わんわん!」
「ならば結構。
ほれ、昨日宴の残りだがジャーキーでも食べるか?
濃い味だが行動食としても悪くないぞ」
「ホント? わ~い♪」
「わん!」
「ん。それはズルい」
「わたくし達にも下さいな」
警戒しながらも和気藹々と軽食パーティにいそしむ俺達。
他の味付けをしたポーションの飲み比べなどもしながら四方山話に花が咲く。
やがて――絶叫と共に崩れ落ち消滅するアンデットナイト。
ふむ、思ったより脆かったな。
まあ危険が無かったのは何よりだ。
背伸びをすると散らかったゴミを回収し脚立を昇る。
こうして俺達は第二階層を無事制覇し、第三階層へと挑むのだった。




