おっさん、翻弄される
「こらこら。
ちゃんと肩まで浸からないと風邪を引くぞ~」
「わん!」
浴槽内を河馬宜しく浮いたり沈んだりしながら泳ぐルゥ。
上機嫌に揺れる尻尾と丸出しのお尻に俺は呆れつつも忠告する。
返事の良さと素直さは利発なルゥの数多い長所の一つだ。
大人しくその場に留まると、気持ち良さそうに口元まで湯に浸かる。
幸福で満足そうなその表情に俺までほっこりする。
ただ悪戯心を出した俺は水中で指を組み合わせると素早く抜き放つ。
不思議な面差しで俺の仕草を見守っていたルゥだが、俺がギュッと圧力を掛けた瞬間に飛び出したお湯に、ビックリしながら飛びずさる。
俗にいう水鉄砲――いや、風呂だからお湯鉄砲か。
恐る恐るといった感じで様子を窺うルゥの前でもう一度披露する。
ルゥの顔から警戒と恐れが消え興味津々といった顔で俺の手を覗き込む。
「おっ興味があるのか?」
「わん!」
「じゃあルゥもやってみるか。
手をこうして、だな」
「くぅ~ん」
情けない顔で、それでも一生懸命に上手くいかない指を動かすルゥ。
俺はお銚子を傾けながら四苦八苦する様子を見守る。
ああ、いいなこれ。
完全に休日の父親の疑似体験をしてるみたいだ。
何物にも代え難い微笑ましい時間を存分に堪能してると――
「――おや?
残念、先を越されたかのう」
ガラガラと浴室扉の開く音と共に――
無粋な侵入者によって、俺のささやかなる幸せは砕かれた。
ったく、どこの誰だ?
のんびりを満喫してるというのに。
若干憤慨しながら視線を向けると、そこにいたのは――
「なっ――レイナ!」
侵入者の正体はレイナだった。
しかも一糸纏わぬ姿の。
少女期の特有の淡い幻想を具現化したような肢体を惜しげもなく晒している。
似ているな……髪も、貌も。
その姿に俺はかつての彼女を見い出し――反射的に顔を逸らした。
「ほれほれ、何をしておる。
もっと端に寄って妾の入れるスペースを空けるのじゃ」
「いやいや――
いったい何を言ってるんだ、レイナ!?
俺が入ってるのにマズいだろう、それは!」
「何がマズいのじゃ?」
「そりゃお前、未婚の男と女がだな――」
「それを言ったらそこの幼女はどうなる?
おそらくその娘、先程の魔狼の化身じゃろう?」
「分かるのか!?」
「ハイドラントから話を訊いておったからのう。
そうなれば後は単純に消去法よ。
分かりやすい獣耳と尻尾もあるしな。
ああ、後はお主が見知らぬ幼女を風呂に連れ込む変態という可能性もあるか」
「人聞きの悪い言い方をするな!
これはルゥが風呂に入りたいと言ったらこうなった結果だ」
「ほらの。
その娘が良いなら妾も良いじゃろう。
お主の自制心に期待しておるし――
何より我が家の風呂に妾が入って何が悪いのじゃ?」
「それとこれは話が違う気が――」
「ほれほれ、こんな事を問答してる内に身体が冷えてしまうわ。
それともノルン一族……
勇者の血脈は、女を焦らすのが好きなのか?」
「お前――どこまで知ってる?」
「ふふふ。
物騒な視線はお終いじゃ。
従姉妹殿の事もある――そこも含めて少し語り合おうぞ」
愕然とする俺を尻目に、掛け湯を済ませると恥じらいもなく見せつける様に入浴してくるレイナ。ルゥは仲間が増えたと喜ぶが、俺は戸惑うばかりだ。
意味深な言葉の奥にある彼女の思惑と真意を掴めず――
俺はただただ一人、事の成り行きに困惑し翻弄されるのだった。




