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おっさん、身を委ねる


「ぷは~美味い!

 風呂に入りながらの一杯はまた格別な味わいだな」


 竹の蛇口から滔々と流れるきめ細やかなお湯。

 注ぎ込まれるは濛々と湯煙が立ち昇る掛け流しの湯船。

 俺は上質な湯を十分堪能しながら、檜風呂の縁に置いた盆の上から徳利を片手にお猪口を傾ける。

 中に入ってるのは勿論レイナが持ってきた名酒、その名も鬼殺しだ。

 物騒な名前だが、例えオーガでも酩酊するくらい強いからと名付けられたらしい。

 そんな強い酒を呑み慣れていない女性陣に振る舞うな――と言いたいが口当たりは華やかで軽やか、フルーティーな香りも相まって確かに勧めやすい。

 常温でも上手いが、少し熱燗にしても美味いという本当にけしからん酒だ。

 こんな酒は早く成敗するに限ると、熱く語り合うあいつらを尻目に少しだけ失敬してきた。

 騒がしい宴も好きだが、こういう静かな一人飲みもたまにはいい。

 最近は誰かが傍にいるのが当たり前になってきたからな。

 鬼ではないが、あいつらの居ぬ間の何とやらだ。

 今は束の間の時間を堪能するとしよう。

 お猪口を片手にしばし楽しんでいると浴室外から気配。

 おや? と思うより早く、器用に扉を開け入ってきたのは――


「わん!」


 上機嫌に尻尾を振るルゥだった。

 おやおや、俺の後を尾けてきたのか?

 まあ確かにあの場にいてもつまらないだろうしな。

 興味深々とした表情で近寄ると、浴槽に前足を掛けて中を覗き込んでくる。


「ひょっとして――入りたいのか?」

「わん!」

「ん~でもな。

 ここは客室とはいえ一応人間用なんだ。

 申し訳ないがそのままじゃ、ルゥは入れないんだ」


 俺の言葉に不思議そうに首を傾けるルゥ。

 しばし悩んだ後、上を見上げると遠吠えを一つ。

 そしておもむろに宙返りをした瞬間――それは起こった。


「る、ルゥなのか!?」

「わん!」


 眩い魔力の閃光後――

 そこには銀髪の幼女がいた。

 エキゾチックなショートヘアに輝く切れ長の眼。

 柳眉を流れる鼻筋と小さな口元に光る牙。

 整った容姿は将来充分美人になる事を見る者に窺わせる。

 気になる点は二つ。

 髪の合間からスッと伸びた、チャーミングな犬耳。

 幼い裸体を晒すお尻からは感情に応じて動く尻尾。

 人であって人でない存在。

 神話に詠われる獣人族とでもいうべき存在がそこにはいた。

 そういえば噂に聞いた事がある。

 力ある存在――龍などは、人の姿に化身する事が出来ると。

 従魔になったとはいえルゥは元々フェンリルと呼ばれる伝説の魔狼だ。

 そういった力が引き継がれていてもおかしくはない。 

 自分の手足をしげしげと見ていたルゥだったが、満面の笑みを浮かべると湯船に飛び込んでこようとする。俺は慌ててその手を捉まえ制止する。


「うおっと!

 ちょっと、待てルゥ!」

「わう?」

「お風呂に入る前には身体を洗わなきゃ駄目だ」

「くぅ?」

「あ~分からんか。

 じゃあ洗ってやるから、そこに座れ」

「わん!」


 素直に応じるとその場に腰掛けるルゥ。

 俺は苦笑すると石鹸を泡立てタオルで優しくルゥの身体を洗ってやる。

 くすぐったいのか、もじもじ身を捩るルゥ。

 だが早くお風呂に入りたいのだろう。

 存外、大人しく堪えている。

 従魔として再構成されてから時間が経ってないせいか汚れはほとんどないな。

 俺は掛け湯で泡を流すとルゥに許可を出す。


「よし――よく暴れないで我慢したな。

 もう入っていいぞ」

「わん!」


 眼を輝かせ湯船に飛び込むルゥ。

 頭からお湯に突っ込んだ姿に思わず慌てるが、ルゥはそんな事お構いなしに顔を出すとご満悦顔で浴槽内を泳いでいる。

 まったく胃に悪いな。

 肩を竦めた俺はルゥの邪魔にならない様に風呂に入り直す。

 入るなりぐりぐりと身を寄せて甘えるてくるルゥ。

 俺は毛触りの良い頭を撫でてやる。

 もし娘が出来たら――きっとこんな感じなのかもしれないな。

 同年代には成人するくらい大きな子供がいる者もいる。

 縁が無かったとはいえ、いつの間にか俺もこんな年齢だ。

 家庭を持つことに憧れと――恐れを感じる、微妙な年頃なのである。

 まっ今だけはそんな小難しい事は考えないでゆっくり身を委ねるとするか。

 おっさんになってしまった悲哀を噛み締めながらも、俺はルゥと一緒にのんびりと入浴を満喫するのだった。

 







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