おっさん、逃避する
「分かっておらんのう。
貧乳こそ至高、貧乳こそステータス!
おぬしのような駄肉が尊ばれる時代は終わりを迎えたのじゃ。
これからはツルペタこそが時の覇者となる」
「そ、そんな馬鹿な!
ボクのこの胸が全て無駄だと言うの!?
おっさんに喜んで貰う為、一生懸命育てたのに!」
「あらあら聞き捨てなりませんわ。
巨乳は見て良し、触って良し、挟んで良しの三拍子揃ってますのよ?
その貧相なお胸で同様な事が出来ますの?」
「いや、レイナの指摘も論外でなく的を射てる。
最近の学会報告では最先端の男性嗜好調査結果が提示されている。
それによると男性が女性に対し奥手になる草食化が進んでると問題になってる。
それ故に性を意識させる乳は小さい方が人気であると推論されていた」
「えーつまり?」
「貧乳は正義」
「うわああああああああああん!
なじったね!? おっさんにも揉んで貰ったことないのに!」
悲観し絶望に満ちた顔をするシアに勝ち誇るレイナとリア。
ショックを受けながらも一理あると頷くフィー。
何を言ってるんだ、お前達は。
ホント、どうしてこうなった?
確か俺達は今日の探索を無事に終え帰還した事に対する、ささやかな祝いの宴をしていた筈。お互いの功績を讃え合い、明日からの団結を強化する大事な時間。
なのになんで胸の大きさ談議になってるんだ?
いや、理由は分かってる。
直接俺達から天空ダンジョンの攻略を話を聞きたいと、ハイドラントを伴い乱入してきたレイナの所為だ。
最初こそ真面目に聞き入ってはいたものの、持参した秘伝の名酒を皆に振る舞い始めた辺りから様子がおかしくなった。
米から造られた吟醸酒という酒らしく、口当たりは良い癖に度数は高いという、まことにけしからん酒である。
耐性のある俺はまだしもこいつらまで飲み始めた時点で止めれば良かった。
程々にするんだぞ、と制止するも――
「もう大人だから」
「心配し過ぎ」
「この程度は淑女の嗜みですわ」
と俺の忠告を拒否し杯を飲み干す三人。
面白がってさらに酒を注ぐレイナ。
あのな、お前ら。
大人っていうのは自分を制する事が出来るからこそ大人なんだぞ?
急いで大人の階段を昇らなくても良いのに。
まあ誰しも子供の時は早く一人前になりたいと思うものか。
俺もそうだったから痛いほど理解できる。
ならばこいつらに任せるか……と思ったのが間違いだった。
煽りに弱いのか、レイナの口車に乗って自分のキャパを明らかに超えた酒量とピッチで摂取している。
あれじゃ悪酔いするのは必至だ。
このままだと明日の朝は地獄の二日酔いが待っているだろう。
経験者なら共感できるだろうが、あの吐き気と頭痛の忌まわしき交響曲は、何度経験しても慣れる事が出来ない。
酒も過ぎれば立派な毒だしな。
まあ解毒の法術を使えば問題ないか。
幸い第二階層攻略の見通しも立ったし明日に備え英気を養って貰うとしよう。
この後に嘔吐まみれの地獄が待ち受けていようとも。
展開を予期したのかいつのまにか退散したハイドラントが恨めしい。
仕方ない、これも年長者の務めだろう。
「美味いか、ルウ?」
「あん!」
皿に盛られた肉を美味そうに頬張るルゥ。
ハグハグと苦戦しながらも一生懸命咀嚼する姿にそっと心癒される。
ああ、モフモフはいい。
人と獣が生み出した尊き財産だな。
思わず現実逃避したくなるが、意味深な女性陣の言葉に嫌でも現実に戻される。
「ああ見えてガリウスも男じゃ。
一皮剥けばそこの魔狼同様、オオカミよ。
ならば手を出す様に上げ膳据え膳をすればよい。
押しても駄目なら押し倒せ、じゃ」
「おお~なるほど」
「至言」
「これでガリウス様の貞操はわたくし達の物に!?」
……俺の貞操は俺の物だ。
まったく何を話してるんだか。
戦いの果てに友情が芽生えたのか恋愛談議に花咲く女性陣。
完全に俺は蚊帳の外だ。
このままではどんな流れ矢が飛んでくるか分からない。
ハイドラントに倣い早々に退散するか。
俺は野獣共に見つからぬ様に気配を断つと、こっそり狂乱の宴となった客室を抜け出すのだった。




