おっさん、迷宮に挑む⑦
「ここが降魔の塔の内部……」
転移した俺達が降り立ったのはどこまでも続く草原だった。
地平線が視えるほど果てが無い草原。
穏やかな風が草花を揺らし青臭い香りが心を和ます。
しかし俺は呆然と呟いたシアを遮る様に警鐘を鳴らす。
「索敵スキルに反応あり、周囲に敵影多数!
こちらに向かってきている!
まずいぞ――やはりフィールド型ダンジョンだ!
あと20秒で会敵する!」
悲鳴のような俺の警告に三人は瞬時に戦闘態勢に入る。
A級ランクのパーティが帰還すら許さず壊滅――ダンジョン探索情報の持ち帰りすら無いと聞いた時――俺がまず思い浮かべたのはダンジョンのタイプだった。
ダンジョンは大まかに二通りに分かれる。
精霊都市地下ダンジョンに代表される典型的な迷宮型。
そして今俺達がいる――フィールド型ダンジョンだ。
迷宮型が地下迷宮などに代表される、狭く深く潜っていくタイプだとするのならフィールド型は広大で果てが無く、例えるなら一つの世界そのものといえる。
ここの様な草原だけではない。
森林、海岸、雪原――例を上げればキリがない。
では何がマズいのかと言えば、それは単純に接敵回数の多さだ。
良くも悪くも壁で遮られている為、進度に応じて敵と遭遇する迷宮型とは違い、こういったフィールド型は敵が俺達を把握したら、わんさか寄ってくる。
いわゆるモンスターハウス系のトラップに近い。
実力があり周囲の敵を壊滅させても、出口や安全地帯を見つけない限り、次々と湧いて出てくる敵に――いつかは力尽きる。
これがおそらく未帰還の理由の一つ。
「リア、フィー――どうだ?」
「――駄目。
術式は発動するも効果がない」
「わたくしも同様です。
他の法術は問題なく使えるのに転移系のみ発動しません!」
「やはりな」
そしてもう一つの懸念事項。
それはおそらくこの降魔の塔の内部では――転移系術式の発動が阻害されるのではないか、という事だ。
移動にハイドラントから渡された魔導具を使用する時に思ったが――
単純に転移の術でこの塔に入れるなら魔神共も同様な筈だ。
空を飛んで塔に転移で侵入、結界の要とやらであるこの塔の封印を砕き、塔ごと都市を壊滅させればいい。
そうできないのは多分、結界防衛の為にも特定の転移以外を受け付けないのではないかと思ったのだが……予想は的中した。
A級クラスともなれば転移術や緊急脱出用の魔導具を所持しているのは当然。
それが発動すら出来ずパーティが未帰還になっている時点で、ここまでの事態は想定出来た。
常に最悪の事態を想定し対処を考えるのが俺達の仕事である。
こんなのはまだ最悪の二歩手前――一番最悪なパターンである塔内部へ転移した先が灼熱、虚空、深海という即死級フィールドに比べればまだマシだ。
そして何より、想定さえ出来れば対処はどうとでも出来るのである。
俺は脳内に浮かぶ索敵センサー内に猛スピードで迫る敵影に慌てず騒がす、予め用意していた物を固有スキルで取り出す。
「こんなこともあろうかと」
キーワードであるコマンドを唱えた瞬間、俺の掌には球型の魔導具が出現する。
「投げるぞ――臭気と煙がきついから気を付けろ」
「うえ~了解」
「ん。この臭いは苦手」
「仕方ありませんわ。
襲われ続けるよりマシですもの」
三人の不評を余所に俺は魔導具を空に投じる。
瞬間、魔導具は大きく爆ぜ、中から出た煙幕が広範囲に漂い始める。
猛烈な臭気と共に視界が覆われていく。
息を殺しながら様子を見守る俺達だったが効果は抜群だ。
俺達目掛けて殺到していた敵影が当惑した様に揺れた後、次々離散していく。
ふう~どうにかなったか。
昨晩、こういった事態を想定し大急ぎで今朝準備したものだが上手くいった。
俺が今使用したのは妖魔除けの煙幕魔導具である。
視界を奪うだけでなく、匂いを感知して襲撃してくる獣型の妖魔を退ける臭気もブレンドされておりこういった野戦では重畳される。
こうなれば後は目視されるまで敵に近付かなければ大丈夫。
隠蔽効果も持続されるのでしばらくの間は不意な会敵はないだろう。
「しっかし、いつ嗅いでも酷い臭いだな」
「うん、最悪ぅ~」
「同意せざるを得ない」
「まあまあ。
この程度ですむなら安いものですわ。
それにしても匂いフェチのシアが嫌うんだから余程ですわね」
「え~ボク、別にどんな匂いでもいい訳じゃないよ?
おっさんの匂いだから好きなだけで」
「あらあら。
御馳走様?」
「かと言って使用したガリウスのシャツに顔をうずめるのはどうかと思う」
「あっ酷い。
それ言わないって約束だったのに!」
「ははは、怒るな怒るな。
どれ当面の危機は去ったが――まだ探索は始まったばかりだ。
気合いを入れていくぞ」
「「「了解」」」
周囲に漂う臭気に顔を顰めながら、むくれるシアに対し俺達は笑い合う。
どうにか序盤は乗り切った。
かといって気を抜いてはいられない。
決意も新たに俺達は未踏の天空ダンジョン探索へと踏み出すのだった。




