おっさん、戦慄する
「こちらでございます」
降魔の塔への案内をレイナに命じられたハイドラントが俺達を導いたのは透明なドーム型の天蓋内部、空中庭園の一角にある展望台だった。
精霊都市を一望できる風景はまさに絶景の一言に尽きる。
区画整備され精霊の力が循環するこの都市はある意味理想郷だろう。
さらに眼下にはありふれた日常を穏やかに過ごす人々が見える。
彼らは皆一様に弱いからこそ強いし――
儚いからこそ、したたかだ。
決して上からの目線や物言いではない。
でも俺に戦う力があるならば――せめて尊い営みを護りたいと思う。
「ここが何か?」
決意を新たにする俺だが案内された先に困る。
どこかへ転移でもするのかと思ったが、ここには塔らしき物は無い、
あくまでどこまでも街の暮らしが見えるだけだ。
「ああ、説明不足で申し訳ございません」
「説明不足?」
「ええ。魔城を封じる結界の要――降魔の塔には、偉大なる始祖達の手により強大無比な認知阻害の術が掛けられています。
通常なら見る事が出来ない程に。
何故だかご承知ですか?」
「ううん。よく分からないな」
「それはですね――絶望をもたらすからです。
見る者全てに。
負の感情は封印を弱体化させる。
だからこそ、この措置が必要だったのでしょう」
「ん。どういう意味?」
「もう、見えているのです。
ただ――視えてはいない。
言葉遊びみたいですが違います。
そこにあると理解する者だけが降魔の塔を知覚出来ます。
さあ、御覧なさい――
私という媒介を経て貴方達は塔を知った。
心の眼を開き、かの忌まわしき塔を【見る】のでなく【視る】のです。
その瞬間、塔はそこに現れます。
魔城が復活せし折にはこの都市そのものを打ち砕く――奈落の鉄槌が」
神妙なハイドラントの言葉に従い俺達は見るのでなく視る。
俗に言う観の眼状態だ。
そしてその瞬間、空から迫る威圧感と存在感に驚愕する。
先程まで庭園に注がれていた燦燦たる陽光が一瞬にして遮られ――
遥か天空には竜の巨体すら超える巨大な建造物が出現していた。
震えが止まらない。
あんなものが落下してきたらこの都市はどうなる?
抵抗すら許さず――刹那に壊滅するに違いない。
確かにこれは絶望だ。
何気ない日常の上にこんな物があると知ったら、人々に安寧は訪れない。
だからこその秘匿――だからこその認識阻害か。
打ちのめされたのは俺だけじゃない様だ。
三人娘も各々この状況を把握し戦慄している。
だが――それもすぐに止まる。
今の俺同様に。
待ち受けるのが絶望だろうが何だろうが――俺達は怯まない。
英雄になりに行くのではない。
積み重ねてきた人の持てる力――想いを背負いただ抗い続けてやる。
「良い顔ですね――
心は折れなかったようだ」
「こんなことぐらいで絶望するほど繊細じゃないんでね。
三人の嫉妬の方がよっぽど怖い」
「ちょっと、おっさん!」
「ん。惚気」
「嬉しいですけど――場所を選んでくださいな」
「すまんすまん。
まあこんな風に幸運の女神の御利益もあるんだ。
今回の探索も無事乗り越えて見せるさ」
「それは重畳。
ではガリウス殿、お手を拝借」
「何だ?」
「これを」
ハイドラントが手渡してくれたのは例の鈴だ。
ただ伯爵から借り受けてるのとは違い美しい宝玉が付いてる。
「これを鳴らせば塔の内部へ転移する魔法陣が出現します。
塔の内部で鳴らせばこの庭園へ戻る魔法陣が同じく出現しましょう。
ただ……お気をつけください。
魔法陣に即応性はありません。
構築し完成するまでにラグが生じるのです。
僅か30秒にも満たない時間ですが――それが時に致命的な事態を生む。
前任者三組にも同様の物をお渡ししました。
しかし彼らが揃って戻らないのは――
おそらく何らかの不確定な要因があり転移出来なかったのでしょう。
用心するに越したことはありません」
「ああ、助言感謝する」
「では御武運を――
私は魔神共の万が一の襲撃に備えレイナ様の守護に付きますが――
貴方達ならやってくれる、そう信じます」
「それは気休め以上の誉め言葉だよ。
じゃあ、行ってくるハイドラント――
俺達のパーティ名と同じ、気紛れな主様によろしく!」
受け取った鈴を鳴らすと同時に、即時展開される積層型転移魔法陣。
俺達は頷き合うとその内部に入る。
人事は尽くした。
ならば後は天命を全うするのみ。
そして眩い輝きを放つ魔法陣の収束と共に――
俺達は降魔の塔へと転移するのだった。
び、ビスケットハンマー……




