おっさん、精霊を宿す
「ほう。妾の依頼を受けて貰えるとな。
それはまことに喜ばしきことよ」
羽根の付いた扇で自らの口元を隠しながらレイナが微笑む。
嫣然としたその口調は昨日のギャルっぽい口調とはまったく違い、優雅な気品に溢れており美麗に満ちている。
身支度後、買い物と準備を終えた俺達はハイドラントに謁見を申し出た。
昨日のような軽い口調と態度を予想していたのだが……彼女から掛けられた言葉に対し、俺達はいつの間にか片膝をつき畏まっていた。
自然とそうさせるだけの畏敬が今のレイナにはある。
やはりアレは演技でこの姿こそが精霊都市の姫巫女としての真の姿か。
「そう畏まるでない。
そなたらの疑問ももっともだろうが……
昨夜見せた姿も紛れもなく妾の一面よ。
人とは多面性に満ちた存在。
抑圧された自我の息抜きとはいえアレもまた妾の一面なのじゃ。
――ってゆうかぁ~?
こうやってかたっ苦しく喋るのもホント、マジメンド―なんだよね~」
急に砕けた口調になるや、愛嬌に満ちたウインクをするレイナ。
臨時で設けられた上座では傍らのハイドラントが深い溜息をついている。
なるほど、黙ってれば神秘さ溢れる姫巫女だが喋るとボロが出るのか。
確かにあの個性では対外業務や折衝が大変だろうな。
俺は彼が抱える苦悩の一端を垣間見、心から同情する。
「まあ依頼を受けてくれるなら報酬は弾むとしよう。
何せ前人未到の困難が待ち受けているのは必須。
ギルドの既定する報酬の倍の額を支払うだけでなく――
姫巫女たる妾からは【精霊の加護】を授けようぞ」
「【精霊の加護】?」
「そうじゃ。
ほれ、各々――妾に向かい手を差し伸べてみよ」
レイナの言葉に半信半疑といった感じで俺達は利き手を伸ばす。
次の瞬間、俺の右手が眩い煌めきを放つと突如紅蓮に染まる。
荒々しく立ち昇るのは全てを焼き尽くすような――煉獄の炎。
「なっ!」
「わあっ!」
「んっ!」
「きゃっ!」
驚いたのは俺だけじゃなかったようだ。
周囲の三人を見渡せば俺同様の変化が起きていた。
シアの手にはまるで太陽のような眩い光明が。
リアの手にはまるで竜巻のような荒ぶ疾風が。
フィーの手にはまるで闇のような昏き漆黒が。
それぞれ別の形で――宿っていたのだ。
最初は驚いた俺達だがすぐに落ち着きを取り戻す。
何せこの炎――少しも熱くはない。
それどころか炎を見てるだけで心に熱い何かが燈る。
不思議な感覚は俺だけじゃないらしく、三人も自分の手に宿る現象を呆然と――しかし輝きに満ちた眼で見ていた。
俺達の姿にレイナは満足そうに頷く。
「それがそなたらの心象風景に惹かれた精霊達か。
軽く解説しておくかのう。
アレクシア――そなたに宿ったのは光の上位精霊【アラマズド】じゃ。
太陽と豊穣を司るその光の宿主に与えられる加護は――
光を織りなす光学迷彩。いかなる敵もそなたを捉える事は出来ぬ」
「光の上位精霊【アラマズド】かぁ……よろしくね!」
「ミザリア――そなたに宿ったのは風の上位精霊【ルドゥラ】じゃ。
疾風と慈雨を司るその風の宿主に与えられる加護は――
風の補助による行動優先。いかなる敵もそなたの動きを遮られぬ」
「風の上位精霊【ルドゥラ】……ん。よろしく」
「フィーナ――そなたに宿ったのは闇の上位精霊【エレニュクス】じゃ。
漆黒と幽界を司るその闇の宿主に与えられる加護は――
闇からの精神防護。いかなる幻もそなたを惑わす事は叶わぬ」
「闇の上位精霊【エレニュクス】……うふふ、よろしくお願いしますね」
「そして最後じゃが……
ガリウス――そなたに宿ったのは炎の上位精霊【フドウエンマ】じゃ。
罪を裁き、罪業を焼くその炎の宿主に与えられる加護は――
炎からの絶対耐性。いかなる炎もそなたを傷つける事は能わぬ」
「炎の上位精霊【フドウエンマ】か……よろしく頼む」
俺の言葉に右手に宿る炎は嬉しそうに揺らめくや俺の胸へと消える。
瞬間、溶鉱炉みたいな活力が俺を支配する。
これが精霊と同化するということなのか?
漲る力に全能感を感じ――思わず酔いそうになる。
なるほど、精霊武装を使える師匠が無敵な訳だ。
方法は違えど理屈は似たような原理だろう。
俺は師匠の力の一端を知った。
そして探索に感じていた不安が霧散していくのを実感するのだった。




