4. そんな特別ならいらない
「私、運命じゃなかったのかもしれません」
あのあと、ユー様の机の中から見つけた交換日記を見て頭が真っ白になって。
気がついたときには家にいて、泣きそうなのに涙も出なくて、悲しくて苦しくて気がついたら夜が明けていた。おかげで一睡もしていないけれど、頭は意味が分からないぐらい冴えていた。
「よく考えたら、ゴリ押しで交換日記始めてもらっただけだし。ヒロインじゃないから、上手く行くわけなかったんです。私に出会うよりも前からユー様の人生はあって、私なんか、知り合って4ヶ月ぐらいで、声を聞いたことだって、数回しかないのにッ……」
「うわぁああ、マリア様泣かないで…!
まだユー様の交換日記の相手が女性だって決まったわけじゃないでしょ!?」
「そうですけど、でも男同士で交換日記なんてします??あのときパニックにならないで、相手を確認してきたらよかったぁあ……」
放課後。リゼさんとルルカさんが話を聞いてくれると言ったのに甘えて泣いていると、2人はポンポンと背中を叩いて励ましてくれた。
それで少し落ち着いて、より冷静に考えられるようになってーー
「交換日記を交換しなかったのは初めてなのにユー様から何も言われないし、ユー様は私に付き合ってくれて辞めどきが分からなかっただけなんです。ユー様の生活に入れてたなんて全部嘘で、最初から迷惑極まりなかったんです、やっぱりモブなんてお呼びじゃなかったんです……」
より、落ち込む。
思考がどんどんネガティブに偏っていって、希望が見出せない。こんなことで、なんて思われるかもしれないけど、こんなことなんだよ。
私に取っては死にたくなるくらい、『こんなこと』だから。
「……そんなこと、ないと思うけどなぁ。ユーフェミア様ファンクラブにもマリア様の行動は黙認されるぐらい認められてたし、ユーフェミア様にも何か考えがあるんだろうなって思ってたんだけど」
「そうね。ユーフェミア様は大抵の人に冷たいけれど、話さないということはないみたいだし…。貴女にだけ話さないというのも気になるわ」
「……他の人より一段と嫌われてるから話してすら貰えないのでは?」
「「完全に病んでる……」」
「そうです、病んでます。だから優しくしてくださいぃい……」
私はそう言って机に突っ伏した。
特別嫌いだから話すらしてもらえないって?
そんな特別ならいらないのに。
前世から好きで好きで好きで好きで好きでたまらなかった。だから、会えた瞬間運命だと思った。前世のことよく覚えてないけど、ユー様の記憶だけははっきりしてたし、ユー様のためにこの16年間生きてきた。前世も、ユー様を知ってからユー様しか見えずに生きてた。
だけど、認めたくないけど、悔しいけど、もしかして私って運命じゃない?気付きたくなかったけど、やっぱり設定の1つから脱出出来ないの??
勘違いがのし掛かって突き刺さって、心がジクジクと痛い。
横を向いても下を向いても上を向いても涙は止まらないし、苦しいし。
このまま死んだら、ユー様は少しぐらい私に関心を向けてくれるかな。
なんてそんな痛いことを考えてーーやめた。
私がユー様の世界から消えたって、ユー様に1ミリも支障なんてないでしょ。むしろ喜ばれたら今度こそ死ねるので、やめておく。
そんな病んだことを考えている私の顔がよっぽど酷かったのか、リゼさんとルルカさんは心配そうに私の顔を見つめていた。
「マリア様、大丈夫??……明日は学校サボってカフェ巡りしちゃおっか!!ね、何もかも忘れよ!!」
「そうね。明日は実習もないし、ストレス発散パーティにしましょ」
「……大丈夫です。そこまでご迷惑をかけるわけにはいきませんので…」
友人達は優しくて、その優しさがザクザク心に突き刺さる。とっても嬉しいのに、今の私には優しさを受け入れるぐらいの余裕すらなかった。
「せっかく心配していただいたのに申し訳ないです。……ちょっと風に当たってきます」
そう言って席を立つと、2人は
「辛いことがあったら何でも言ってね!!」
と言ってくれた。
そんな優しい友人2人に曖昧に微笑み、ふらふらと私がやってきたのは裏庭だった。
ユー様にもよく話していた、裏庭に住み着いている猫ちゃんを愛でるのだ。荒んだ心に必要なのはもふもふ。つまり猫ちゃん。
「んー?今日もかわいいねぇ」
いつも通り、日向ぼっこをしていた猫ちゃんは簡単に見つかった。そして、撫でている私の掌にすり寄ってくるので、ワシワシと身体を撫でる。
「いーなー……」
いっそ、猫ちゃんになりたい。現世なんて捨てて、猫ちゃんとして暮らしたら、ユー様にも嫌われないのだろうか。
私だけ、特別なんだと思った。話してくれないのも、交換日記をするのも。だから他の人と話しているユー様を見ても耐えられた。自分は特別だから仕方ないんだって……そんな訳ないのに。
猫ちゃんを愛でて、明日には何も見なかったことにして交換日記をユー様の机の中に入れて。何も知らないふりをして、ユー様の時間を奪い続ける。それで、もう1人の交換日記相手との時間が奪われてしまえばいい。
そんなことを考える私は、ヒロインというよりも悪役令嬢なのかもしれない。
それでも、直接迷惑だと言われていないということだけを頼りに希望が捨てられない。
捨てられないから、こんなに苦しいのだ。
「いっそ、捨てちゃえば楽なのかな……」
ユー様は前世の私の好きな人だということにして、新しく好きになれる人を探すのはどうだろうか。
それもいいかもしれない。今世の私はラッキーなことに美少女に生まれたし、両親は早く結婚しろって言うし。
だから、自分に教えてあげることにした。
「そろそろ前世の想いを引きずるのは潮時なのかも。潮時だよ。潮時なの」
そうだよ、だからもうユー様のことなんて諦めてーー
「ッ、やっぱり無理だよぉ……」
切ない。苦しい。涙が出る。それなのに、この気持ちを失いたくない。
「ユー様のこと好きなんだもん。前世からずっと好きなんだもん。ずっと、ユー様のために生きてきたんだもんッ……!!私、害悪オタクだから、迷惑だとかそんなの分かんないもん。……知らないもん」
「にゃー?」
猫ちゃんはボロボロ泣きながら話す私を不思議そうな顔で見ながらも、手にすり寄ってくれた。
「……猫ちゃんありがとぉ……」
些細な優しさですらザクザク刺さるほど疲れている私には、その優しさすら痛い。猫ちゃんには申し訳ないが、ここでもう少し泣いて心の整理をつけさせてもらおう。
「ねぇ猫ちゃん。恋って上手くいかないねぇ…」
「なぁお〜?んなー」
「猫ちゃん、私の言いたいこと分かるの??私の好きな人はねー、真面目で几帳面な人なんだ。無愛想だから誤解されやすいけど、本当は優しい人なの。交換日記で苦手って言った教科が分かりやすくなる本をさりげなく教えてくれたりしてね。それこそ全然好きでもない女と交換日記しちゃうくらい、優しい、ひとで、ッ、そういうところが、好きなんだぁ……」
ダメだ、また泣けてきた。これだから涙腺ぶっ壊れは嫌なんだ。ユー様のことになると簡単に泣けてしまう。
「えへへ〜…ダメだよね、いい加減立ち直らなきや……」
「どうして泣いているんだ?」
「………へ」
「誰かに泣かされたのか?」