3. 交換日記からどうですか!
「……君と話すメリットはよく分かった」
「本当ですか!!」
「……だが、」
私のプレゼン資料が詰まったノートを机に置いたユー様は、俯いて言葉を止めた。そして、言葉を探すように視線を彷徨わせている。
私に何と言うつもりなのだろうか。
嫌だ、絶対に断られたくない。
断られたらきっと、死んでしまう。
この先の言葉を聞きたくない。
そう思った私は、咄嗟にプレゼンスピーチを書いていたノートを手にして叫んでいた。
「ッいきなり私と話してくれ、なんて言いませんので。まずは交換日記からどうですか!」
「交換日記……?」
「はい!!まだユーフェミア様は私のこと全然知らないじゃないですか!!だから、交換日記でバシバシ私のことを伝えていきます!!それで、ユーフェミア様が私と話してもいいと思ったら話しかけてくれたら嬉しいです!!」
「……分かった」
「あ、いや、嫌ですよね…。そんなのめんどくさ……え。今、何て…?」
「分かったと言ったんだ。俺からでいいか?」
「……も、勿論です!!」
「分かった。明日渡す」
そう言ったユー様は、無表情のまま私に背を向けた。どうしようどうしようどうしよう。え、今どうなった?私と?ユー様が?交換日記??
「待って、一回状況を整理しよう。言語化するの大事。私とユー様が、交換日記。明日から。しかも、ユー様から……」
それってどんな夢小説。
言語化してみると尊さがすごくて、あまりの非現実にふわふわして何も考えられなくなった。
プレゼンしてよかった。めげずに話しかけてよかった。嬉しくて嬉しくて、涙が出る。
とにかく、これが夢じゃないことだけを祈って、私はその場にへたり込んでしまった。
どれだけ眠れない夜を過ごしても、明日は平等に来る。つまり、ユー様から交換日記を渡される今日は呆気なくやってきて。
「……本当に置いてある」
朝、教室へ行って机の中を覗くと、高級そうなノートが机の中に入っていた。明らかに交換日記に使われるようなものではないが、ユー様らしくて微笑ましい。
まず第一に、ユー様から渡されたものだという事実全てが尊い。
今すぐにユー様が何を書いたのか見たかったが、教室で奇声を上げるわけにはいかないので、交換日記を鞄の中にいれた。家に帰ってじっくり読むのだ。
そこでふと前を向くと、ユー様が仏頂面でこっちを見ていて、ふいに目が合った。
もしかして、私の交換日記への反応を見たかったとか…?
え、何それ可愛い。今世紀最大級の尊みを感じる。いつもは私がどれだけ見つめても静かに本を読んでいるだけなのに、ユー様が私を見ていた。それって、ユー様の世界に私が存在出来たってことでしょ?
もっとあなたの視界に映りたいな。もっと輝くから、もっともっと。
いつもは放課後、友達とダラダラ喋っていることが多いのに、今日の私は一目散に家に帰った。そして、ユー様から渡された交換日記のページをめくる。するとそこには、几帳面な綺麗な文字で文章が綴られていた。
『ユーフェミア=グローシアだ。交換日記というものは初めてするので、至らない点があったら教えて欲しい。友人に聞いたところ、交換日記には今日あったことや自分についてや質問を書くのだと教わったため、書いていくことにする。
今日あったこと:魔力操作のテスト。魔法実践学の参考書を読破。
自分について:あまり思いつかなかったので気になることがあったら聞いてくれ。
質問:シュレイン嬢が最近気になっていることは何だ?
以上』
「……何これ!!絶対交換日記のこと分かってないあたりとか、意味わかんないぐらい真面目なとことか全部愛おしさが爆発しまくりですが!?それに、私のためにユー様の友人に質問までしてくれたなんて完全に恋。そうやってなんだかんだ真面目に向き合おうとしてくれるとこが大好きなのやめられないんだってばーッ!!!!」
私は一頻り尊さを叫んだあと、机にかじりついてユー様宛の交換日記の文章を練り始めた。ユー様に読まれるものを書くのに失敗なんて出来ないし、せっかくユー様から質問の機会をいただいたのだ。有効活用しなければこの世界に転生した意味がない。
「……ッ絶対にこの交換日記を有効活用して、ユー様に近づいて見せるんだから!!」
と、意欲は尽きないほどあるのに。
いざ好きな人に質問するとなると、迷いすぎて決まらない。
「……これって好きな女の子のタイプとか聞いてもいいわけ?私と正反対のタイプとか言われたら病むんだが!?」
「……最近気になってること!?ユー様ですが!?なんならユー様が気になりすぎて睡眠も疎かだし、教えてくれるなら使ってる生活用品一覧を教えてほしい。同じの買うから」
「……今日あったこと!?ユー様見てたら1日終わってたんですけど!!」
…いや、こんな調子じゃダメだ。この交換日記で、ユー様に私のこと意識してもらわないといけないんだから。
そして、散々使用人の方々に迷惑をかけ、書いた交換日記の内容がおかしくないか何度も何度も読み直し、ようやく交換日記が書けたのは翌日の朝のことだった。つまり徹夜である。
しかもこれは交換日記。毎日するもの。つまり、この苦行ともいえる時間が毎日続くのだ。
「……早まったかもしれない」
もしかして、推しとの交換日記ってとんでもないことを提案したのでは??
とにかく、出来上がった交換日記をユー様が登校する前に机の中にいれなければならない。
そのため、いつもより1時間近く早く登校し、なんとか出来上がった交換日記をユー様の机の中にいれて、ふぅ、とため息を吐いた。
これからユー様の私物?私机?に無銭で触れてしまうと思うと緊張が止まらない。それに、入れてしまうともう取り返しがつかない気がして。
「……何回も読み直したし、大丈夫」
とは言っても、私にできることは自分を鼓舞することだけなので、恐る恐るユー様の机に交換日記を入れた後、必死に自分を励まして皆が登校してくるまでの時間を潰すことにした。
『マリアベル=シュレインです。ユーフェミア様と交換日記ができてとても嬉しいです。これからよろしくお願いします!交換日記はもっと気楽な感じで書いても大丈夫ですよ!!
今日はとても良い天気ですね。ユーフェミア様は、裏庭に猫がいることを知っていますか?とてもかわいいので、もしよければ見に行ってみてください。
では私もその3つについて書こうと思います。
今日あったこと: ユーフェミア様と2回も目があいました!気のせいだったらごめんなさい!!
自分について: 好きな物は菫の砂糖漬けとココアとかわいい物です。カフェ巡りが趣味で、毎週カフェに行っています。氷結魔法が得意です。苦手な物は辛いものと魔法進化論のテストです。
ユーフェミア様への質問: 好きな物と嫌いな物について教えてください!
質問への解答: ユーフェミア様が読んでいらっしゃる本が気になっています。もしよければ教えていただけますか?
ユーフェミア様から交換日記を書いていただけて嬉しいです。
次回も書いていただけたらとっても嬉しいです!』
『ユーフェミア=グローシアだ。シュレイン嬢がそう言うなら、もう少し気楽に書いてみようと思う。子猫に会いに行ってみたが、すぐに逃げられてしまった。また挑戦する。
今日あったこと: シュレイン嬢と3回、目があった。髪に変な物でもついていただろうか。
自分について: 好きな物は合理的な物。嫌いなものは不合理なものだ。
質問への解答: 魔法関連の本をよく読んでいる。魔法心理学入門と魔法形態の進化がオススメだ。
質問:カフェとやらへ行ったことがないので、オススメを教えて欲しい。
以上』
『マリアベル=シュレインです。マリアでいいですよ。子猫に会いに行ってくださったのですか!次は猫じゃらしを持っていってみるといいかもしれません。あの猫ちゃんは猫じゃらしで遊ぶのがお気に入りみたいですよ!
今日あったこと: いえ!ユーフェミア様はいつも完璧です!!銀髪があまりに綺麗なので見惚れていました、すみません!!
今日は天気が良かったので、魔法史の授業でうとうとしてしまいました。ユーフェミア様はずっと起きていらっしゃったので尊敬します。
自分について: なるほど、ユーフェミア様らしいですね。私は不合理なものもわりと好きかもしれません。もっと効率的に生きたいとは思っているのですが…!
質問への解答: オススメですか!最近友人と行った、宝石パフェが食べられるお店がオススメです。果物を宝石のようにカットしていてとても綺麗で食べるのが勿体ないぐらいでしたので、1度見に行ってみてください!!
質問: なるほど、魔法関連の本をお読みなのですね…!!読んでみます、ありがとうございます!!
では、来年の魔法専攻で、ユーフェミア様は何を専攻するつもりなのですか?教えていただけると有り難いです』
『分かった。マリア嬢、だな。なら俺のことも呼び捨てかあだ名で呼んでくれ。今度は猫じゃらしを持っていってみたが、また逃げられた。俺は怖いのだろうか。少し寂しい。
今日あったこと: 確かに魔法史の授業は眠たくなった。しかし、マリア嬢が見ているかもしれないと思って頑張って寝ず聞いてみた。ただ、俺はマリア嬢の寝顔も見てみたいので寝てもいいと思う。
自分について: マリア嬢はそのままでいいと思う。いつも楽しそうで、見ていて楽しい。これでは自分についてではなくマリア嬢についてになってしまうな。
質問への解答: 来年は魔法心理学を専攻するつもりだ。本を読んで興味が湧いた。
質問: マリア嬢は何を専攻するつもりなのか教えてほしい。
以上』
『ありがとうございます!!それでは、ユー様とお呼びしてもよろしいでしょうか。お嫌でしたら忘れてください。
猫じゃらしでもダメでしたか!? 難しいですね…。ユー様が怖いわけありません。きっと猫ちゃんにも魅力が伝わるはずです!!! なんなら私が伝えておきます。
今日あったこと: ユー様に見られていると考えたら一睡も出来ませんでした。頭が冴え渡っています。次のテストでいい成績が取れてしまうかもしれません。
自分について: ユー様こそ、いつも凛とした姿で本を読んでいらっしゃるお姿はとても素敵です!!これからもユー様にそう言っていただけるように、楽しく生きていきたいと思います!!?
質問への解答: 魔法心理学ですか!いいですね!!私も最近、ユー様からオススメしていただいた本に興味が湧いて、魔法心理学が気になっています。
質問: ユー様の好きな女の子のタイプを教えてください』
ユー様との交換日記は一ヶ月ほど続いた。それでもやっぱりユー様が私に話しかけてくれることはなかったけれど、日記の中では親しくなれているような気がするし、ユー様から直筆のメッセージが貰えるだけで毎日嬉しくて、学校へ通うのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
ユー様に話しかける女の子は他にもいたけれど、それはほとんど人脈目当てで、ユー様もあまり長く話している様子はなかったから、嫉妬したけど、『私は交換日記してるし!?』という優越感でなんとか乗り切った。
人気者なユー様が好きだけど、ユー様が人気者だからツライ。きっと私みたいにユー様のことをこっそり好きな人、いっぱいいるんだろうな。そうは思ってもどうにもならないので、私は書き上がった交換日記をユー様の机の中に入れるために教室へ向かった。
朝早く来るのはしんどかったので、放課後にリゼさんやルルカさんに相談しながら書き終えて、ユー様の机に入れることにしたのだ。家で1人で書いていると、推敲が止まらなくていっつも徹夜だし。
とはいえ、今回の日記の内容はいつもとは一味違う。なんと、質問コーナーでずっと聞きたかった好きな女の子のタイプを聞いてしまったのだ。緊張して緊張して、心臓がうるさいけど、交換日記一か月記念なんだから、というリゼさんの言葉に押されて書いてしまった。
知りたいけど知りたくなくて、でもやっぱり気になるから、意を決して書いた。
ユー様が答えてくれることを願って、私はユー様の机に交換日記を入れてーー
「……何、このノート」
机の中には、一冊のノートが入っていた。
ユー様は置き勉をするタイプではないので、持ち帰り忘れだろうか。そう思って、手に取ったからいけなかった。
「交換、のーと」
そのノートの表紙には、堂々と交換ノートと書かれていて。いけないことだとは知りつつもノートをパラパラと見ると、ユー様の綺麗な字で、私との交換ノートよりもたくさんのことが書かれていて。
「……私だけじゃなかったんだ」