2. 『私と話すメリット5箇条』
「あのっ、ユーフェミア様!今お時間ありますか!!」
「ない。忙しい」
ユー様と同じ空間にいる。空気を吸っている。
それだけで満足しきっていた数日は終わり、すぐに認知されたいという思いがムクムクと湧いてきてしまった。これだからガチ恋は辛い。
それでも、今のうちがチャンスだ。だってまだヒロインと仲は深まってないだろうし、『私には原作知識があるし!』と、意気込んで。
クリームを塗り込み、話す内容を考え、本人を前に緊張しないようにと絵を描いて1人2役をしてシュミレーションを重ね、1週間かけた私の想いは、あっけなく終わった。
けれど。
「何あれ尊い、7文字にユー様の全てが詰まってた…。声、聞いちゃった、嫌そうな顔見ちゃった、生きて動いてた……!」
前世からずっと、公式からの供給に一喜一憂していた私にとってはそんなの、ご褒美でしかなかった。
恋をしたら全てが煌めいて見えるというのは本当で、全然関係ない物でも、ユー様の目の色をしているというだけで買っていたぐらいのユー様オタクの私からしたら、どんなユー様でも輝いて見えない訳がなかったのだ。
つまり、1ミリも傷つかなかった。
「ユーフェミア様、本日はお時間ありますでしょうか」
「ない」
「……分かりました」
「ユーフェミア様、美味しいお菓子に興味ありませんか」
「ない」
「分かります」
「分かります……?」
「間違えました、分かりました」
「ユーフェミア様、参考にしていただけそうな参考書があります。お時間いただけませんか」
「ない。何故シュレイン嬢はいつも俺に話しかけてくるんだ?俺に君と話すメリットはないのだからいい加減やめて欲しいのだが」
「……ッ!?」
流石にこれだけ続いたら、
『時間なんてないですよねー!!ないですよね分かります、今日も最高に顔がいいですね??せめて何食べてるかだけ教えてもらえないですかね、明日から一式それに変えますので……』
ぐらいのテンションでいた私は、ユー様の突然の新ボイスに驚いて声が出せなくなってしまった。
『え、そんなに喋って貰えていいんですか?大丈夫?お金払った方がいい??』
とか。
『というか今、シュレイン嬢って言った!?言ったよね、つまり私のこと認知してくれてる!?』
とか。
言いたいことはたくさんあるのに、魔法をかけられたみたいに声は出てこなくて、言葉を探してついつい俯いてしまった。その様子をユー様は私が理解したと判断したらしく、私をその場に置いて去っていく。
それを見た友人達は、
「流石に酷すぎます!!ユーフェミア様はマリア様をなんだと思っていらっしゃるのでしょう」
「マリア様、もうユーフェミア様に話しかけるのはお止めになられた方がよろしいのでは?」
と、優しい言葉をかけてくれた。
それが最もな反応だってわかってる。だけど私、ユー様に恋してるから。狂わされてるから。
「皆様、心配してくださってありがとうございます。私が至らないせいでユーフェミア様にご迷惑をおかけしてしまいました……」
と、少し悲しそうに微笑んで言った私の頭の中にあるのは、『つまりメリットさえ提示出来たら話してくれるってことでしょ』ということだけだった。
「推しが冷たくて今日も世界が美しいですね……」
学院に併設されたカフェでコーヒーをすすりながら、寝不足で閉じそうになる目を必死に開いて手を動かす。この調子なら今日の放課後には完成させられそうだ。
「いやそれは分かる。分かるけど、さっきから何作ってるの??」
「プレゼン資料を作っています」
「プレゼン資料……?」
即答した私に、不思議そうな顔をしているのは、私と同じ転生者仲間のリゼさんである。
リゼさんは見事に推しと幸せになった、オタク的大成功を収めた憧れの存在なのだ。リゼさんは平民出身なのだが、おそらく前世で年上だろうということや、尊敬からリゼさんと呼んでいる。この世界で唯一、前世込みの私の恋愛相談に乗ってくれる大切な存在だった。
「えへへ…。実は昨日ユー様に、君と話すメリットなんてない、と言われたんですよ」
「うわ、本当に最低ね。そんな奴のためにいつもよく頑張ってると思うわ…」
顔を歪めてそう言うルルカさんは、なんとマイプリのヒロインである。最初は『ユー様狙いの転生者だったらどうしよう!』と恐れていたのに、誰狙いでもなく、そもそも転生者ですらないと分かった今ではすっかり大切な友人の1人だった。
怒るルルカさんに、
「まぁユー様はそういうキャラだからね…」
と言ったリゼさんは、
「それがどうしてプレゼン資料を作ることに繋がるわけ?」
と不思議そうな顔をしている。
「ふふ、つまり私にメリットがあると示せればユー様は私と話すしかなくなるわけです。このプレゼン資料で、ユー様をメリットで殴ってやりますよ……!!」
「あー…なるほどね?……私、本当にマリア様のこと尊敬する。私だったら絶対病んでると思うもん。そこでプレゼン資料を作ることに行き着くマリア様のメンタル、すごいよ…!!」
「ありがとうございます!!」
「……もしそれでもユーフェミア様がゴミみたいな対応をとったら私に言って頂戴ね。あなたの代わりに制裁を下すから」
「そうならないように頑張りますね…!!」
これを完成させて、絶対にユー様新ボイスを聞くのだ。あわよくば、私と世間話ぐらいはするようになってくれたら嬉しい。
そう祈って、優しい友人の助言を受けながら、私はプレゼン資料を作り続けた。
「ユーフェミア様、本日はお時間ありますでしょうか」
「また君か?昨日迷惑だと言ったはずだが。君と話す時間はな……」
「なくても作ってください。5分でいいので。絶対にユーフェミア様を後悔させない5分間にします」
「……分かった。その代わり、これが最後にしてくれ」
「分かりました。空き教室に移っていただいてもよろしいですか?ここでは周りの迷惑になってしまうかもしれないので」
「分かった」
「ありがとうございます!!」
とりあえず、話を聞いてもらうことに成功したことだけで死にそうになる。それでも死んでなんかいられない。
私はこのプレゼンを、絶対に成功させなければならない。絶対に、最後になんかさせない。
それから私はユー様を空き教室に案内し、椅子に座ってもらう。そして、徹夜で用意してきたプレゼン資料が書かれたノートをユー様に渡した。
「……なんだ、これは」
「『マリアベル=シュレインと話すメリット5箇条』です。ユーフェミア様によりご理解していただけるように資料にまとめて参りましたので、ぜひ読んでいただけると幸いです。まずは1ページ目からお読みください」
そう言うと、ユー様は私の圧力に押されたのか、この空気に押されたのか、素直に1ページ目を見てくれた。
「まず、この私、マリアベル=シュレインと話すメリットその1。いつでもあなたに楽しい時間を提供出来ます。お望みなら手品も出来ます。1番得意なのは数字当てです。……実演しましょうか?」
「……いや、大丈夫だ」
「じゃあ今度見せますね。その2。自分で言うのもあれですが、見た目がそこそこいいです。横にいるだけで優越感が感じられるかもしれません」
「………」
「…ごめんなさい、ちょっと調子に乗りました。その3。健康で丈夫です。さらにメンタルも強いので、愚痴でも何でも聞きます。さぁ、何でも言ってみてください!!」
「……混乱して何か言うどころじゃないんだが」
「じゃあいつでも話しかけてください!!
その4。家柄がそこそこいいです。領地経営も上手くいってますし、領民との関係も良好です。実家関係のことでユー様にデメリットは負わせません」
「……シュレイン家の躍進は俺の耳にも入っているから知っている」
「本当ですか!!ありがとうございます。
次で最後になりますが、その5。あなたのことが大好きなので、何を言われても楽しく笑えます」
そう言ってユー様に笑いかけると、ユー様は想像以上に複雑そうな顔をしていた。やばい奴だと思われているのだろうか。
そう、やばい奴なのだ。次元が違う存在に恋しちゃうぐらい、やばい奴。
だから、たとえほんの少しだけでも、あなたの関心を向けてくれたら嬉しいから。
「以上、私と話すメリット5箇条です!!
だから、これからは私と話してみませんか!!」
私の言葉に、ユー様は。