1. たとえ運命を殺しても
ーー私、好きな人の幸せを願えるほど綺麗ないい子じゃない。
乙女ゲーム世界に転生したら、ヒロインと攻略対象が幸せになるべき。
だから、私は応援します。サポートします。攻略対象のことを諦めます。
そんな小説を、何十と見てきた。
その度に、悔しいと思った。
どうして攻略対象がヒロインとじゃないと幸せになれないだなんて決めつけるんだろう。
私なら、絶対にヒロインよりも攻略対象のことが好きだし、絶対に幸せにする。
運命を斬り殺してでも、私が攻略対象を幸せにしてみせる。
攻略対象は何人もいるし、ヒロインの相手だって攻略対象だけじゃないでしょ。
でも、私には貴方しかいないから。
だから、頬を伝った涙を気にすることなく、真っ直ぐ目を見つめて言った、
「貴方の運命を私にください。絶対に幸せにしてみせます」
その言葉に、1ミリも後悔なんてしてない。
私が初めてユーフェミア様、通称ユー様にお会いしたのは5歳の時だった。
両親に無理やり連れて行かれたお茶会で、ずっと帰りたいと思ってて、そしたら同い年の天使みたいに綺麗な男の子に会って、退屈だった私を連れ出してくれた。それが嬉しくて、また会いたくて、名前を聞いた。
「私の名前はマリアベル。マリアベル=シュレイン。マリアって呼んで!あなたの名前は?」
「ユーフェミア=グローシア。…まぁ、好きに呼んでくれ」
「………ユーフェミア、様?」
その名前は、私の、私が1番大好きな。
『ユー様が今日も最高なの。イベントストーリー読んだ?ヤバイよね、これは恋…』
『待って、親密度上がった!……新ボイス解放!?たすけて、1人で見たら死ぬ、孤独死したくないから通話繋いで一緒に見よ?』
『新衣装だー!ユー様の新衣装、久しぶりだから嬉しい。今日は記念日。誰がなんと言おうとユー様記念日。ケーキ買わなきゃ…』
『やった!ついにユー様ルートのハピエン見れたよ!!ご祝儀用意した方がいいかな!?自分で自分を祝わなきゃいけないなんて世知辛い!でも幸せ!!』
「……なに、これ…」
頭の中に、まるで洪水のように記憶が流れ込んできた。
私、この人のこと、知ってる。
誰よりも高潔で、清廉潔白で、正義感が強くて、表情が顔に出にくいのを気にしてて、不器用で、でも優しくて、気づかれなくても人に優しく出来る人。自分の貴族の血にしか価値がないって思ってるけど、本当は誰よりも自分を認めて欲しがってる人。
私の、好きな人。
目の前の世界最高レベルで綺麗な顔が心配そうに歪んだ。
だれ、ユー様にこんな顔させてるの。私?
推しにこんな顔させるなんてオタク失格だ。
それなら早く起き上がらなくちゃ。
そう思うのに、視界は歪むし、頭の中に溢れる記憶のせいで立っていられなくなって、その場に倒れ込んだ。
「……いや、完全なモブ転生じゃないですか…」
目を覚ました私は、すっかり前世の記憶を思い出していた。17歳。高校生。
『My Only Prince』、略してマイプリ。日常に疲れた女子に大ヒットした乙女ゲームアプリの攻略対象の、ユー様が大好きで大好きで大好きだった。俗に言う、ガチ恋同担拒否勢というやつだ。
強く思い出せる記憶はあまりないけれど、ユー様のことはバッチリ覚えていて、オタクの執念ってすごいなぁ、なんて感心してしまう。
記憶の混乱はすっかりおさまっていて、私を思い出す前の私の記憶もちゃんとあったから、誰にも怪しまれずに侯爵令嬢、マリアベルとしての人生を送ることが出来て。
遺伝子の時点で勝ちってぐらい美形な両親から産まれた私は最高にかわいかったし、前世の記憶のおかげで勉強だって余裕だった。
だけど、問題なのは、私がヒロインでも悪役令嬢でもないことだ。
そもそもマイプリって悪役令嬢いないし。
せめて名前がマイプリに出てくるモブに生まれたかったところだが、マリアベルは完全なモブ。モブどころか、設定の1つぐらいかもしれない。背景にすらなれていない、マイプリにはかすりもしなかった存在である。
大丈夫かな、私、ここから、ユー様のこと勝ち取れるかな。
私の推しであるユー様は人気投票で順位が上の方という訳ではないけれど、コアな人気はあったし。
ヒロインがユー様を選ばないことを祈るしかない。いや、ヒロインが転生者ではないことを?
どっちでもいいけど、とにかく私はユー様と結婚する気満々だった。
前世からずっと好きで、ユー様以上の人なんて見つからなくて、だからずっと同担拒否のユー様オタクをやっていた。
それなのに、来世で会えちゃうなんて、これはもう運命だ。神様が私に与えたチャンスだ。
私は、弱気になっていた自分に喝をいれるために頬をピシャリと叩いた。
「大丈夫ッ、私の方が絶対ユー様のこと好きな自信あるし、原作知識あるし、私の方がヒロインよりユー様のこと幸せに出来るし!!」
そうだよ、些細なすれ違いでユー様を不安になんてさせないし、最初から最後まで120%で私の愛を伝えてみせる。
ぶっちゃけよう。負ける気なんてしない。
そのためにはまず、ユー様の隣に並んでも恥ずかしくない外見と学力が必要だ。
それにそもそも、マイプリの舞台であるアルトフェリア学院に入学出来なければユー様と結婚するどころではないのだ。
そうと決意した私は、その日から血の滲むような努力を重ね、数年後には完璧令嬢のマリアベルとまで言われるようになっていた。
「すごーい……。本物だ…」
そして、ユー様初遭遇から何年か経って。
私はようやく、ゲームの舞台であるアルトフェリア学院に入学することが出来た。
ゲームのスチルで見てから憧れ続けてきた、そびえ立つ校舎はとても綺麗で、ポカンと口が開いてしまう。
それにしても長い道のりだった。学院の試験は想像以上に難しいし、お父様は、箔のある女学校へ入学するぐらいでいいから早く結婚しろとか言って縁談をしきりに勧めてくるし。
そんな現実をねじ伏せるのは大変だったけど、この景色が見られるのなら、私の好きにさせてくれないなら死ぬと脅して正解だったとしみじみと思う。
それに、この制服が着れただけで死んでもいい。そう思って、ずっと憧れてきた制服に身を包んだ自分を見てニヤニヤ笑った。
だって、ずっとここに立ちたかった。同じ世界を感じたかった。それだけでもこの世界に転生した価値がある。
いやでも、これで満足してたらダメなんだって。そう思い直して、パチンと私は両頬を叩いた。
私の最終目的はユー様と結婚することなのだ。
ユー様と、結婚する。
心に思い浮かべるだけで緊張するその言葉は、これまで心が折れそうになるたびに思い描いてきた言葉だった。私の支えで、私の祈り。
本当にヒロインから勝ち取れるかどうかとか、色々問題はあるけれど、私が信じなくて誰が信じるの。せめて私が信じてあげないと努力してきた私が可哀想だ。私ぐらい私を信じてあげたっていいはず。
そう思って、私は学院の門をくぐった。
そして、事前に伝えられていたクラスへ向かう。私はユー様と同じ総合魔法科で、しかも魔法省志望で願書を出したから同じクラスの可能性が高い。高いはずではあるけど、同じクラスな保証なんてない。
ユー様が違うクラスだったらどうしよう。そもそも、入学してなかったらどうしよう。そもそもここは現実なのだから、ユー様が何の道を選んでるか分からないし。
それでも、もう私の選択は変えられない。分かってるのに、それでも祈ることはやめられなくて、苦しい。
「大丈夫、ユー様は学院にいる、しかも同じクラス。絶対同じクラス……」
ブツブツと呟く私はそれはもう不気味だったと思うけど、他のことなんて考えられなかった。そして、たどり着いた私のクラスの扉の前で深呼吸をする。
『お願いです神様、ユー様に会わせてください。私、これ以上の奇跡は望まないから』
そう祈って、勢いよくドアを開けてーー
「ユー様……」
崩れ落ちた。
私が焦がれ続けたその人は、真っ直ぐ綺麗な姿勢でそこに立っていて。
他にもたくさん人がいるのに、あなたしか目に入ってこなかったのは、やっぱりあなたが私の特別だからだと思う。
「ッマリア様!?大丈夫ですか!?」
誰かの声が聞こえたけど、全然耳に入ってこない。キラキラしてる。カッコいい。眩い。
私のゴミみたいな語彙力ではユー様の良さを全然伝えられなくてもどかしい。
みんなは他の人と話したりしてるのに、一人で本を読んでいるところが好き。
冷たそうな表情が好き。
姿勢が綺麗なところが好き。
あなたの全てが好き。
やっぱり私、ユー様のことが大好きだ。
次元が変わったから好きじゃなくなるかもとか、幻滅するかもとか悩んだりしたけど、全部嘘。
ユー様が、私の運命。
「…ッ、少し立ちくらみしてしまいました。お恥ずかしいです……」
ようやく我に返った私はそう言って、知り合いのご令嬢が差し伸べてくれた手を取った。
でもずっと視線は、ユー様のまま。
やっぱりやっぱり私、あなたがいいです。
あなたじゃなきゃ、ダメなんです。
あなたは私のことなんて知らないでしょ。
私がどれだけ想い焦がれて、どれだけ祈ってここにいるかなんて。
それでもいいよ。それでもいいの。
だから、私に一欠片でいいから、その意識を向けてみませんか。
本作は『私の推しが今日も最高に尊いので、全力で幸せにする!』のスピンオフ作品ですが、そちらを読んでいない人でも楽しめる内容になっております!!
もし気になった方は『私の推し(略)』の方も読んでみてください!