64.ラファウ、エリザベートと対面する。
アドリアン・ファン・センテ・アール侯爵は初代国王の次男センテの子孫であった。
ご先祖様はダンジョンと魔力スポットがいくつ存在する領地を貰い、深い森の木々をなぎ倒して農地を広げた。
豊か大地!
今では中央領センテはアール王国の食糧庫と呼ばれる。
日照りで収穫は6割減という悲惨な状態になった。
建国以来の大不作だ。
5月の末に近づいてくると、領主達は大領主のアドリアンに陳情がやってくるようになった。
若き領主は侯爵になって以来、領地経営など家臣に任せていた。
「もう、今日は終わりだ」
「ご当主様、どうかご短慮はお控え下さい」
「どうせ話を聞いても答えなどない。時間の無駄だ。それもと我が家の財を吐き出して、救ってやるか?」
「それが大領主としての役目でございます」
「本気で言っておるのか? 倉が空になってしまうわ! 救済なら王宮がすればいい」
「東領のエスト侯爵はすべて領主を救済すると宣言されております」
「いくつかの村で騒動が起こってビビったのであろう」
「我が家もフォト伯爵が騒動を起こし掛けましたが」
「あれは終わった。問題ない」
アドリアンは領地の経営など興味がない。
4歳で侯爵になって以来、貴族として社交のみ矜持してきた。
王宮との人脈を築いた。
狩りやダンスや料理で客人をもてなす。
他の王族との関係も良好だ。
「アドリアン様」
「どうせ王宮が何か言ってくる。それからで良い」
「侯爵様としての責任をお持ち下さい」
「おまえらでやってきたのだろう。巧くやれ!」
「責めて、陳情を貴族会議に上げて頂きたいと」
「駄目だ! 王家から不審を買う」
アドリアンにとって重要なのは王と信頼関係だ。
それ以外はどうでもよかった。
50年前に侵略王が南に兵を向けた。
その先鋒は国境を接しているセンテ侯爵家が担った。
膨大な戦費を吐き出されたが、得られた領地はわずかだった。
王への不審と不満。
現状の打開に弟殿下を擁立すると、隣国との戦争で敢え無く戦場で戦死した。
次に継いだ皇太子はセンテ侯爵家を敵視した。
だが、名家のセンテ侯爵家に王家も迂闊に手を出せない。
誰もがそう思っていた。
原因不明の死去が相次ぐまでは!
当時、50代の前侯爵には兄弟や息子が多くいたが、10人もの後継者候補が相次ぎ不幸に見舞われた。
前国王の王妃は容赦がない!
センテ侯爵候補だけではない。
その他の領主や同じ国王候補も次々と暗殺…………違った。
原因不明の病死や不幸に見舞われるのだ。
不思議なことに!
前侯爵は隠居し、4歳だったアドリアンを侯爵家の当主にすることで屈したのだ。
「では、ラーコーツィ侯爵家令嬢カロリナ令嬢の名代様にはお帰り頂くように」
「ちょっと待て!」
「はい、何でしょうか?」
「誰がラーコーツィ侯爵家の門を閉じよと申した。そんなことをすれば、社交界で笑い者になるであろう。そんなことも判らんか!」
「今日は終わりではないのでしょうか?」
「ラーコーツィ侯爵家と争ってどうする」
「では、お通してよろしいので!」
「当然だ」
アドリアンにとって社交界での名声こそ重要であり、フォト伯爵騒動もカロリナと深い縁を結べたと思えば、吉兆と考えていた。
前国王の王妃、ご生母様のお気に入りだ。
王妃候補様とは、これからも知己を深めていかねばならない。
ラファウは丁寧なあいさつからカロリナのお詫びとお悔やみと感謝の言葉を述べ、アドリアンは大いに満足した。
「話は判りました。フォト伯爵家には私から申しておきましょう」
「お手数ですが、よろしくお願い致します」
「ははは、カロリナ様の願いならば、何でもお聞きしましょう」
「ありがとうございます」
フォト伯爵家の問題はすぐに終わった。
ラファウは出されたお茶を飲んで一息ついた様子を演じる。
ここから本題であった。
「聞きますと、多くの領主方々が陳情に来られていると伺いました」
「気にされるな! 大したことはない。下らんことを言っているだけだ」
「まったくでございます。備蓄の食糧は十分にあり、南は豊作で小麦の相場は倍になっておりません」
「ラーコーツィ侯爵家の財務を扱う方はやはり違う。家の財務官は陳情を聞けとうるさくてかなわん。そなたが家の財務官であればよかった」
「ラーコーツィ家はラーコーツィ家の問題が多くございます」
「そうであろう」
「特に我が主人であるカロリナ様はお優しい。民が苦しんでいると一緒に悲しむお方なのです」
「さもありなん」
王都の町の改革をご生母様に陳情したのは有名だ。
虫けらのような民草の温情を掛けるほど優しいと評判であった。
フォト伯爵騒動に首を出したことから見ても疑いようがない。
「そのカロリナ様ですが、この度の不作で困っている農民を助けたいと申しております」
「それは助かる。民も喜ぶことでしょう」
「喜んでもいられません。カロリナ様は王宮の税を免除し、領主は私財をなげうって救済するべきと言い出しております」
「税の免除は賛同致しましょう。しかし、各領主に私財を投げ出せとは申せません。お優しいのは判りますが、いささか貴族としての在り方を考えるべきですな!」
「まったく、その通りでございます。私もそのように申しましたが、一切聞き入れて頂けないのです」
「それはお困りのようですな!」
「まったくです。私の意見など聞かず、ご生母様から各領主にお願いの手紙を書いて貰うと言い出したのです」
ぶごぉ、アドリアンは飲んでいたお茶を思わず噴き出した。
ご生母様から各領主にお願いの手紙を出すだと!
笑えない提案だ。
ご生母様のお願いを聞かなければ、どのような仕打ちがあるか判らない。
従わないなら難癖を付けられる。
逆らえば、不幸な死もあるのか?
私財を吐き出して領民を助けると言うしかない。
領主達は私の命令を聞くだろうか。
否、聞かせねば!
従わなければ、侯爵家も危ない。
従順か、粛清か?
「内乱になるぞ!」
「民を思わない領主がいるなら粛清もやむを得ないとお考えです」
「愚かな!」
「…………」
「否、言い過ぎた。聞かなかったことにして欲しい」
「はい、何も聞いておりません」
「すまぬ」
ラーコーツィ侯爵家令嬢カロリナ令嬢は物分りの良い方と思っていたが、トンでもない爆弾を抱えていたことに気が付いた。
「そこで妥協案として、私は提案を致しました」
ラファウはカロリナに言った三者一割損の案を提示した。
これならば、飲めないこともない。
負担は各領主が持つ。
センテ侯爵家も直轄領の負担のみでしかない。
これなら説得できる。
交渉成功。
そう思った瞬間、家令がアドリアンに耳打ちした。
「返答は少し待って欲しい。エリザベート令嬢も対策案を持ってきたらしい」
応接室の扉が開いた。
炎のように燃えている深紅の髪が揺れ、まっすぐ見つめる紅い瞳には強い意志を感じた。
エリザベートが入場する。
そのドレスは舞踏会で見た華やかもではなく、少し落ち着いた光沢が落ちた赤黒っぽいドレスを身に纏っている。
歩き出すとドレスの裾から波が立つように赤い光が揺れ出した。
コツ、コツ、コツ、背筋を伸ばして凛として歩く姿が美しい。
揺れる光沢が姿勢の良さを際立たせる。
そういうドレスか!
エリザベートは神聖な教会の赤絨毯の上を歩くような厳粛な雰囲気を醸し出す。
カロリナが天使のような温かい風を運ぶなら、その自信に満ちた表情をするエリザベートは神々しい光を放つ女神のように見えた。
舞踏会では少し腰を曲げて愛想笑いをしていた時と違う。
堂々と歩くエリザベートは、とても12歳とは思えないほどの威厳を持っていた。
これがカロリナ様のライバルか!




