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閑話. エリザベートは驚嘆す。

えっ、小さく声を上げてするりとティーカップをテーブルに落とす粗相をした。

侍女が慌てて走ってきた。

エリザベートは家令ヴァルテルの報告を聞きながら思考を巡らす。


「ヴァルテル、貴方ならゴブリン・エンペラーの討伐をできるかしら?」

「エンペラーとの決闘でしたらお受けいたしますが、エンペラーを討伐しろという話でしたらお断り致します」

「私もです」

「姉上、どう違うのですか?」

「アンドラ、エンペラーはレベル50以上の危険な魔物です。でも、本当に怖いのは、レベル45程度のロード、レベル40のキング、レベル35のジェネラルがエンペラーの周りを守っているのです」

「強力な敵が多くいるのですか?」

「アンドラ様、その通りでございます。私もあの大軍を相手に勝つ自信がございません。村の者をすべて率いたとして勝てるかどうか?」

「でも、姉上の散弾銃や手榴弾を使えば、問題なく倒せるのではありませんか?」

「アンドラ、あれがいくらすると思っているの?」

「金貨100枚は下らないと聞いています」

「そうよ。魔の森の地下ダンジョンならすべての敵がレベル30以上だから、そこから得る経験値、魔石、牙や毛皮など素材を回収できます。仲間を成長させる為の投資と思えば安いものよ。でも、ゴブリンは駄目!」


そう言われてアンドラもはっと気が付いた。

ゴブリンも大軍だが、そのほとんどがレベル1の小物だ。

魔石と肉を合わせても小銀貨1枚に届かない。


「魔法銃を1発撃つごとに銀貨5枚が飛ぶのよ。6万匹のゴブリンを退治するのに、3万枚の金貨が飛んで消える。私も破産させるつもりなの?」


金貨1枚は銀貨10枚、小銀貨なら100枚になる。

銀貨5枚は小銀貨500枚だ。

ゴブリン1匹を討伐するのに、小銀貨499枚の損がでる。

小銀貨1枚など誤差だ。

銀貨5枚の全損と言ってもいい。


「王国の命令でもなければ、ゴブリン退治なんてごめんだわ」

「姉上にも苦手なものがあったのですね」

「一杯あるわよ。教えて上げないけど」


ミスホラ国王はカロリナに『ゴブリン・スレイヤ―』の称号を授けた。

帰国したカロリナ達は王国の紋章が刻まれたクリスタルを与えられた。

王国騎士の称号だ。


11歳の騎士誕生が前代未聞。

全員がレベル40超えになると納得だ。

カロリナに至ってはレベル48。

何、それ?

エリザベートがティーカップを落とした原因だった。


エリザベートは5年掛けてレベル45に上げてきた。

冒険者学校を設立し、エリザベートに忠誠を誓った冒険者集団『薔薇騎士団』を設立し、魔の森の地下ダンジョンを攻略している。

パラシュートという奇妙な道具で地下10階に向かい、ミルリルゴーレムを討伐して地上へと戻る。

薔薇騎士団500人がレベル30以上の高レベル集団となっている。


レベル30と言えば、王国騎士団の騎士のレベルだ。

冒険者ならベテランの域だ。

薔薇騎士団のメンバーはエリザベートが選んだ若手の集団であった。

それが5年前まで庶民だった子供達で20歳に達していない。


そう聞けば、誰も信じないのでないだろうか?


エリザベートのヴォワザン家の家令ヴァルテルは魔の森の隠れ里に棲む一族であり、その一族の子供達は命を削ってレベルを上げている。

レベル50超えは死に物狂いで到達する神の領域と信じていた。


だが、エリザベートはまるで散歩でもするように魔の森に出掛け、レベル40に達し、レベル45まで上ってきた。

3年以内で薔薇騎士団のメンバーもレベル50にすると断言する。

エリザベート自身はどこまでレベルを上げるつもりなのだろうか?

家令ヴァルテルはエリザベートを恐れた。

自分の存在を否定する主人を恐ろしいと思っていた。

だが、もう一人いた。


カロリナ・ファン・ラーコーツィ。


エリザベートを軽く凌駕する危険な令嬢。

300人にも満たない少数でゴブリン・エンペラーを討伐してしまう少女だ。

エリザベートも驚きを隠せない。


カロリナとの戦いは5年前に遡る。

その戦いの結果、

王国は北と南で農地改革が進められ、貧困民を使って新たな農地が増えた。

二頭の龍が暴れて、急激に王国が変わろうとしていた。


「ヴァルテル、北の造船はどうなっていますか?」

「4艦目が今月中に完成し、来月に北海商会に引き渡し、5艦目は今年中に完成予定となります」

「では、青銅大砲の試射を行って下さい。問題なければ、北海船団の船にも配備します」

「過剰戦力になりませんか?」

「青銅魔法銃は海賊退治に丁度いいですが、そろそろ向こうも船団を用意してくるかもしれません。船が相手になるならば、こちらも魔導師クラスの武器を用意しておく必要があります」

「判りました。南の試験船で試させます」

「問題なければ、北と南の両船団に配備します」


一周目では、あまり注目されなかった劣化魔法銃だった。

早い段階で船の武器に採用すると、弓より便利と気づいて主要な武器になっていた。

その原因が人員の枯渇だ。

船に傭兵を雇って乗せる余裕がない。


農地改革に人員が割かれ過ぎた。

隣国から傭兵を雇って魔石の回収をするほど人員が足りない。

南のクレタ港は多彩な人種で溢れている。


他国から冒険者学校に入学を希望する者が現れている。

エリザベートはこれを認めた。

人口爆発が起こり、クレタ港を中心に町が広がり、第二の王都と呼ばれるくらい栄えている。

クレタ港を治めるクレタ領主の税収も大変なことになっており、完全に破壊された旧王家のクレタ城を修復しようという話が上がるくらいだ。


それ以上にエリザベートが会頭を務める南方交易会が利益を上げている。

教会の酒造業も軌道に乗り始め、国税の10分の一を占める。


財務大臣曰く、教会の領地でなければ税収は倍になる。


国王も教会が強くなり過ぎることを懸念しはじめていた。

だが、その考察は間違いだ。

エリザベートは教会を使って金融業をはじめ、様々な事業に金を貸し付けた。

その利益は軽く国税を上回った。

高利貸しから言えば、あり得ない低利子であり、そんな低利子だから儲かっていないと思っているのだろう。


だが、国家事業レベルとなると動く金の量が違う。

エリザベートは貸出金を肥大化させるので純利益はほとんど上がらない。

配当金が少ないので儲かっていないと思っている者も多い。

手にする金貨だけが儲けではない。

総資産額で見れば、ねずみ算のように増えていた。


金貨を貯め込む者と手形を切り続ける者。

王国(政府)と銀行(日銀)。

どちらが金持ちなのだろうか?

大商人の中には、エリザベートの思惑を知る者がちらりほらりと出てきていた。


そして、今年。


春に大雨が降り、例年より暑い日々が続く。

大旱魃により、大不作になる時だ。

エリザベートは早い段階から不作になると、酒造用の倉を解放して穀物を無担保で貸し出すと公言している。

手数料が5%。

年利10%の10年返済。

返済不能になった場合でも、領地の割譲や貸し出しによる代案返済を認める。


この夏、この条文がはじめて使われる。

国家並の救済力。

貴族達が南方交易会の力を知ることになる。


エリザベート・ファン・ヴォワザン伯爵令嬢。


ヴォワザン伯爵家がラーコーツィ侯爵家、セーチェー侯爵家と同等の資産を持つ大貴族であると世に知らしめる日が来る。


エリザベートの予定では、

あと3年で侯爵家をぶっちぎって、王国一の資産貴族に乗り上がる予定なのだ。


さらに、ぶっちぎりレベル45。

エリザベートのレベル上げをがんばってきた成果だ。

他の子息・令嬢の追随を許さない。

ダントツの1番。

それでも魔王を討伐するには足りない。

そうと思っていたのに!?


カロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢はレベル48ですって?


まったく油断できない。

ゲームバランスを取る為に仕掛けられた『天の采配』としか思えない。

乙女ゲームをコンプリートしたゲーム知識と一周目で経験したチート攻略を駆使して好進めているのに、まったく予想外の事が起こる。


どういうこと?


これではやり直しのメリットが消されてゆく。

南方でも、王都でも、

聖女はエリザベートだが、人気者で慕われているのはカロリナだった。

貴族の支持もカロリナ方が圧倒的に多い。


王子と庶民の少女の恋を助け、

ゴブリン・エンペラーを討伐し、

二人の恋を成就した。


こういう美談は貴族夫人に受けがよい。

騎士物語は王国騎士団の騎士も好きそうだ。

実際、戦いに参加した近衛を羨む声も上がっている。


大蔵大臣を歴任し、大領主のラーコーツィ侯爵家の経済力ははじめから高い。


人気・地位・経済力のすべてで、カロリナに軍配が上がっている。


本当にぶっちぎって一番になれるのかしら?

疑問が生じる。

エリザベートは怒り、呆れ、苛立ちを覚えた。


「ヴァルテル、カロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢の情報を集めなさい。どんな些細なことも見逃すことを許しません」


一周目みたいに油断しない。

どんな些細なことも見逃さない。

今度こそ、勝つのは私だ。


エリザベートは心の中でそう誓った。


               第1章第2場「カロリナの大冒険」(終)


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