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4.オリバー王子は逃げ出した。

オリバー王子とクリフ王子は式典の予行演習をしていた。

そして、付き添いの侍女が軽い口調で言った。


『王子様が気に入った方を選んで下さい』


王子は檀上で貴族が入ってくるのを待ち、6人の御学友と6人の令嬢が上がってゆく。

貴族の入場が終わると王が王子を紹介してあいさつをして式典が開始する。

御学友の6人が臣下礼を取ると降りてゆき、残った令嬢の中から一番気にいった令嬢の手を取るように言われた。


「可愛いと思った子でいいのだな!」

「王子の御心のままに」

「わかった」


リハーサルを終えた王子は王妃から夕食を誘われた。

久しぶりの親子の団欒と思っていたが違った。

母ではなく、王妃とて『テレーズを選べ』と命じられた。


「可愛い子を選べと」

「何か言いましたか!」

「いえ、何も言っておりません」

「よろしい、貴方は私のいう通りにすればよいのです。判りましたね」

「はい、母上」


ギロリと睨む視線が痛く、反論などできようもない。

恐ろしかった。

静かに威圧する母ははじめてで見た。

オリバー王子は動揺した。


翌朝、ご生母が王宮に来るとにこやかな顔でオリバー王子を呼び出した。

ご生母様は孫の王子達にやさしい。

決して恐ろしい方ではない。

王子には恐ろしくないが、王子袖の裾に1滴だけお茶を零した侍女がその場で罰せられ、帰りの廊下では愚か者の首ですと見せられた。

お茶の一滴で首を刎ねられたのだ。


「貴方に粗相をした愚か者は罰しました。これで貴方も気がすむでしょう」


それを王子に見せて謝罪するご生母様が恐ろしかった。

家臣や従者からも「くれぐれもご機嫌を損なわれぬように」といつも忠告される。

そのご生母様がオリバー王子に会いにきた。

優しい声で『必ず、カロリナを選びなさい』と言われた。


オリバー王子は困っていた。

どちらを選べばいいのか?


まだ困ったという感じであり、生命の危機を感じていなかった。

何と言っても実の母親である。

そして、王子は王の子供。可愛がってくれる孫だ。

二人が実害を及ぼすなどと思っていない。


が、檀上に上がると皆の緊張が伝わってきた。

家臣らの視線がぎょろりと覗いてくる。

学友や令嬢が檀上に上がってくると視線が痛くなり、身が引き締まった。

そして、カロリナ嬢が入場すると周りが豹変する。

それは見たこともないご生母様の笑みであった。


あのご生母様が笑われている。


オリバー王子は悟った。

あの子は俺より大切な子だ。


「おい、あの子は誰だ!」

「ラーコーツィ侯爵家のご令嬢でカロリナ様でございます。ご生母様の妹様のお孫様です」

「俺とあの子と、ご生母様はどちらが可愛いと思っておられる」

「申し訳ございません。恐れ多く、口にすることができません」


控えている従者が答えた。

誰が見ても明らかだ。

まさか、俺が殺される?

あり得ない。


オリバー王子は不安に思って、父(国王)と母(王妃)を見上げた。

そこには鬼と化して見つめる王妃をいた。

ちりっと体に痛みが走る。


母上も本気だ。


王妃とご生母様が睨みあっている。

オリバー王子はその殺気に触れてしまった。

あれが母上、ご生母様?

鬼、悪魔、魔物、とにかく恐ろしい。

身の毛もよだった。

母の命に叛けば、殺される。

直感だ!

でも、ご生母様も恐ろしい。

にっこり笑いながら首が千切れたと言いそうであった。

本気でそう思った。


檀上に上がって王にあいさつをする。

母上が睨む。


どうする?


寒気が走る。

全身から汗が湧き出る。

心臓が高鳴った。

腕が動かない。

誰かに強制のギアスを駆けられたような感覚がオリバー王子を襲う。


王妃を見る。

尋常でない殺気が溢れていた。

まるで心臓を掴まれたような圧迫であった。


逆らうのかい?


王子は危機感を覚えた。

一同に募った家臣も動かない。


どうする?


そのとき、カロリナが言ったのだ。


「王妃様、大変申し訳ないのですが、私は気分がすぐれません。もし、御許可を頂けるなら、ここを退場したと思います。お許し頂けますでしょうか?」

「カロリナ、貴方は何を言っているのか判るの? 王妃になりたくないの?」

「御婆様、私はどうでもよいのです。私は御婆様が喜んで頂いたい。御婆様がそばに居て頂ければ、それで満足なのです」

「カロリナ、本当にそれでいいの?」

「当然です」


こいつは王妃やご生母様が怖くないのか?


カロリナが退場を申し出ると会場の空気が緩んだ。

助かった。

オリバー王子も助かったと思った。

でも、ご生母様も揺るがない。


「貴方こそ、王妃になるべき選ばれた天使なのよ」


カロリナの手を取ってオリバー王子の方に手を翳す。


『さぁ、手を取りなさい』


駄目だ!

オリバー王子の指がぴくりと動くだけで会場の目が集まる。

ゆっくりと手が上がってゆく。

王も逆らうことのできないご生母様の威圧に逆らえるものか!

否、背筋が寒くなった。


母上!

そう王妃からオリバー王子に殺気を超えた狂気が襲い掛かった。

駄目だ。母に殺される?

手が止まり、足が震えた。

ちびりそうになった。

王子は経験したことのないプレッシャーが襲っていた。


父上!

オリバー王子は王に助けを求める。

王の首が横を向く。

王にも捨てられた。

母上、ご生母様…………究極の選択を問われた。


うわわわぁぁぁぁぁ!

オリバー王子は耐えきれずに逃げ出した。

全力疾走、あらん限りの力で逃げた。

ご生母様が作った道を逆走し、入ってきた貴族を避けるとうしろにいた少女とぶつかった。


ずた~ん!

がらがらがら、小柄な少女は見事に宙を飛んで甲冑の置物に飛び込んでいった。

その少女こそ、カロリナの永遠のライバルであるエリザベートと気づく者はいない。

エリザベートは崩れた甲冑と一緒に通路に倒れ込む、床をエリザベートの血で真っ赤に染めていった。

オリバー王子はその惨状を見て、茫然と立ち尽くすのだった。


ごろごろごろ!

カロリナのお腹が限界を迎えた。

お腹を押さえ身を縮めた。

誰もがその惨状に心を痛めたと思っているが、カロリナはそれ所ではない。


「御婆様、失礼します」


天使が何か耐えているような暗い顔をして退場してゆく。

皆は思った。

あの小さな体で責任を感じたのだと。

ご生母様は心の優しいカロリナを悲しませたことを後悔する。

会場を抜けるとトイレに駆け込んだカロリナは緊急事態を回避して、平和な気持ちで会場に戻ってきた。


「あぁ、助かりました。トイレが近くて!」

「カロリナ」

「あら、お父様、どうされました」

「ははは、よくやった」

「何のことでしょう?」

「儂まで惚けるのか。おまえは優しい子と思っていたが、聡い子でもあったのだな」


カロリナは首を傾げた。

大蔵大臣でもある父ラースローはカロリナが王妃になることを望んでいたが、王宮の実力者である王妃と対立することも望んでいなかった。

然りとて、最大の支援者であるご生母様の意志を無視できない。

その危機を娘のカロリナが回避してくれたのだ。

感謝しかない。

娘の可愛さに節穴の目になっていたが、さらに大きな落とし穴くらいに重症化していた。

食いしん坊カロリナの評価は鰻登りだ!


「よいか、おまえの婚約者候補はクリフ王子と決まった。決して、仲良くするのでないぞ」

「仲良くではないのですか?」

「こちらから出向くなどしてはならん。王子が訪ねてくるようなら、なるべく体調が優れないとお断りしなさい」

「遊ばなければ良いのですね」

「そういうことだ」

「判りました」

「では、帰ろう」


エリザベートが怪我をして流血事件で式典は中止された。

式典は中止に追い込んだ罪、女性に怪我をさせた罰として、オリバー王子の婚約者がエリザベートと発表された。

エリザベートの家は王族に属していない。

王妃になる資格がない。

王子は痛恨の婚約を言い渡されたのだ。


一方、弟のクリフ王子にラーコーツィ侯爵家とセーチェー侯爵家を含む6人の令嬢が婚約者候補に選ばれた。

つまり、貴族達は次期王がクリフ王子になると誰もが思った。

それは誤解である。

それを仕掛けたのは知恵袋の宰相だ。

会場が大騒ぎしているとき、宰相が王妃にこんなつぶやきをしていた。


「王妃様、時期尚早でございましたな」

「貴方が言った通りね」

「どうでしょうか。次の王をクリフ王子に決めて頂くという案は如何でしょうか?」

「それはどんな案かしら」


オリバー王子の婚約は保留し、エリザベートに代用して貰う。

エリザベートは貧乏くじを引いた。

と王妃は思った。

ここからはじまる大進撃など予想もしていない。

エリザベートなど、小石に過ぎない。


一方、6人の令嬢からクリフ王子に婚約候補を一人を選んで頂く。

ラーコーツィ侯爵令嬢を選べば、あぶれたセーチェー侯爵令嬢とオリバー王子を新たに婚約させて王にする。

逆に、セーチェー侯爵令嬢を選べば、あぶれたラーコーツィ侯爵令嬢とオリバー王子を新たに婚約させて王にする。

その他の王族の令嬢を選べば、その他の王族令嬢からオリバー王子の新たな婚約を決める。

これなら誰も積極的に薦めることができない。


クリフ王子を陥落させた方が負け!


宰相の案を王が認め、王妃、御生母、ラーコーツィ侯爵、セーチェー侯爵が合意して密約が成立した。


他言無用。


候補者の6人に知らせることもならない。


こうして、カロリナの知らない所で椅子取らないゲームが始まったのだ。


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