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3.カロリナは天使に見えた。

『ラーコーツィ家ご一家、ご入場』


会場がざわついた。

今世紀最大の王妃選びが始まった。

入って来たカロリナを見つけると高座に座っていたご生母様が降りて出迎える。

この特別扱いだけでもご生母様の執着が窺えた。


「御婆様、本日はお招きありがとうございます」

「まぁ、まぁ、まぁ、今日は一段と可愛らしいわ」

「ありがとうございます」

「なんて愛らしいのかしら! さぁ、こっちに来なさい」


ご生母様はカロリナの手を取って会場の中央に歩いてゆく。

父親の役目をご生母様が変わって行う。

来賓客はモーゼの十戒のように左右に避けて道を作った。

そして、檀上に上がった。

そこには7歳を迎えたオリバー王子が待っていた。


王妃の眉がぴくりと動き鬼のように睨み付け、背後からまるで黒い煙が立ち上がり、周りの者をなで斬りにしそうな殺気が渦巻いていた。

その崩れた顔を見ただけで、ご生母様の口が緩んだ。


してやったり!


式典はどこの令嬢であっても特別に扱えないように準備されていた。

王妃の采配が冴えていた。


ところが!


式典院の段取りを裏切るようにラーコーツィ家が遅れてやってきたのだ。

有力者がすべて入場し終えている。

その中を縫って御生母はカロリナを迎えて檀上に上げた。

誰が見ても特別に見える。


すべてを大無しにしたカロリナを王妃が憎しみを込めて睨み付けていた。

でも、カロリナは涼しい顔だ。

ふふふ、ご生母様が『カロリナと私の勝ちよ』と勝ち誇った。


「カロリナ、こちらが私の息子の王よ。ご挨拶しなさい」

「はい、御婆様」


優雅に流れるようなスカートを少しまくって膝をおった。

まるで成人の女性のような乱れないあいさつだった。


???

首を傾げているのはラーコーツィ家一族の者達である。

カロリナと言えば、一族では良くも悪くも『天使』と呼ばれていた。

屈託のない笑顔で相手の手を握ったり、神を崇めるようなポーズに首を少し傾けて、笑顔を漏らす。


にぱぁ!


その笑顔で魅了してきた。

横に立つご生母様も籠絡された一人だ。

その『最強の笑顔』が飛び出さず、まるで淑女のようにスマートの裾を持ってあいさつをしている。

あのカロリナにしては大人し過ぎた?

もっと型破りなことをする期待と不安を抱いていたのだ。


ラーコーツィ家の当主と兄だけが嬉しそうに泣いていた。

立派になったな~!

親馬鹿とシスコンの二人はブレない。


でも、一族の者達は首を傾げる。

まさか、あのカロリナ様が会場の雰囲気に飲まれた?

あり得ない。


もちろん、会場の雰囲気に飲まれたのではなかった。

カロリナはそれ所ではない。

焦っていた。

ごろごろごろとなるお腹の音に危険を感じ、無駄な動きなどできない。

どうして?

お昼を食べすぎて、馬車に揺られ、適度に歩いた為だ。

当たり前であった。


ヤバぃ、ヤバぃ、ヤバぃ!


早く花摘みにいかなくてはいけない。

とにかく、無難にあいさつをして早く終わらせましょう。

カロリナはここに来た意味も忘れていた。

本当にそれどころではない。


「お初にお目に掛かります。ラースロー・ファン・ラーコーツィ侯爵の娘、カロリナと申します」

「よくぞ来られた。ゆっくりしてゆくがよい」

「ありがとうございます」

「こちらが王妃よ」

「カロリナでございます。よろしく、お引き回しを」

「…………」


王妃がカロリナを睨んだままで口を閉じていた。

沈黙が会場に広がる。

誰も言葉を発せない。


否、発したくない。


何かをしゃべって目を付けられれば終わりだ。

王妃は沈黙に誰も声を上げられない。

ご生母様は勝ち誇ったままで見つめ、無駄な抵抗をする王妃に「何かしゃべりなさい」と無言の圧力を送る。

女の戦いに会場すべての者が蒼白する。

王の顔色も悪い。

誰か、何か言えと目で合図を送るが誰も発せない。

家臣達も命が惜しい。

会場全体が緊張の糸で張りつめてゆく。


これを危険と感じないのは大物か、馬鹿である。


カロリナはそんな空気を読まない。

読めない。

そんな状態ではない。

すでにお腹が緊急事態(エマージェンシー)の域を超えて叫び始めていた。

ここは早く退場せねば!

王妃は黙ったままでカロリナを見ていた。


「王妃様、大変申し訳ないのですが、私は気分がすぐれません。もし、御許可を頂けるなら、ここを退場したと思います。お許し頂けますでしょうか?」


なんと!

ラーコーツィ家の令嬢が王妃にならなくていいと言い出した。

会場は騒然とした。

カロリナ自身がご生母様に逆らったのである。


「カロリナ、貴方は何を言っているのか判るの? 王妃になりたくないの?」

「御婆様、私はどうでもよいのです。私は御婆様が喜んで頂いたい。御婆様がそばに居て頂ければ、それで満足なのです」

「カロリナ、本当にそれでいいの?」

「当然です」

「カロリナ、貴方はなんて優しい子なの! こんな女まで情けを掛ける必要はないのよ」


カロリナは早くここを退場したいだけであった。

貴族院の者が目の輝きを取り戻した。

この王国の危機を回避ができる。

誰も傷つかない。

ラーコーツィ家の令嬢は天使だ!


要するに、ご生母様が納得すれば、みんな幸せになれるのだ。

カロリナ様、がんばれ!

カロリナ様、負けるな!

カロリナ様、まじエンジェル!

貴族の心が1つになった。


「カロリナ、カロリナ、貴方は天使よ」


ご生母様が涙を流してカロリナを抱きしめる。


「おぉ、神よ。私の前に天使を使わせたことに感謝します」


後光が差し、誰もが危機が去った…………と誰もが思った。


「貴方こそ、王妃になるべき選ばれた天使なのよ」


えっ!?

ご生母様もぶれない。

振り出しに戻った。


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