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2.王妃とご生母様は対立する。

「おい、まだラーコーツィ家の令嬢は来ないのか!」

「まだです」

「王太后様のお怒りを買うぞ」

「新人、門を見て来い」


王宮ではラーコーツィ家の令嬢が到着しないだけで大騒ぎであった。

式典院の配属された新人が石畳の廊下を走ってゆく。

貴族は上位者ほど先に入場する。

中に入ると、ご学友、婚約候補者の父がエスコートして檀上に上がり、王に子息・令嬢を紹介する。

ご学友、婚約候補者は王から紹介されるまでその場で待つ手筈であった。

その最初のラーコーツィ家が到着しない。

後から入ってきた貴族達がご学友・婚約候補を王に会わせる為に檀上に上がってゆく。

その手筈が完全に崩れた。


王妃もカロリナが病気でもなって来られないようになったのか聞いてくる。

誰も答えられないので王妃も青筋を浮かべている。

もう王妃様からのご叱責は免れない。


王妃の反対側に座っているご生母様はもっとご立腹だ。

一人、また、一人とあいさつが終わる事に機嫌が悪くなる。

周りの者は寿命が縮む思いだ。

比喩ではなく、本当に縮むからタチが悪い。


責任者である式典院のメンバーは生きた心地がしない。

減給で済めば御の字であり、責任者の左遷は疑いようもない。

カロリナが寝坊しただけで一人の人生が変わってしまう。

王宮という所は恐ろしい所だ。


だが、そんな式典院より慌てているのが貴族院であった。

裏の控え室では、狂気に震えて叫び出し、正気を失って壁を叩き、力を失って膝を折っている。

誰も貴族院のメンバーに近づこうとしない。

廊下を走る式典院の新人が騒いでいる方を見て呟いた。


「あの方々はどなたですか。慌てているようですが?」

「貴族院の奴らだ」

「き、貴族院ですか。 超エリートじゃないですか!」

「憧れるのはいいが、あそこに配置されたら地獄だぞ」

「どうしてですか?」

「明日は左遷か、自害しか待っていないからな」


貴族院は王国の人事を扱う。

エリート中のエリートだ。

大蔵院、軍務院と並ぶトップスリーと呼ばれている。

誰もが憧れる職場だった。

しかし、控えの間ではサバトより酷い有様であった。

ほとんどの者が取り乱していた。


そんな中でも長官と副官だけは何とか体裁を保っていた。


「よくあの案が通ったものだ」

「通ったというより王がお察して頂いたというのが事実です」

「もったいないご配慮だ」

「長い間、ご苦労であった」

「長官、いままでありがとうございます」


取り乱していないだけであり、王に仕えた長き日々を振り返っていた。

貴族学園を卒業し、今日赴任した新人だけが付いていけない。


「先輩、皆さんはどうされたのですか?」

「お前も災難だったな!」

「何を言っているのですか、憧れの貴族院に配属されたのです。喜ばしいではありませんか。皆さん、どうしてのですか?」

「そうだな。たとえ1日だけであっても誇りにして強く生きてゆけ」

「はぁ、なんの冗談ですか?」


実はオリバー王子の王妃決めが揉めていた。

4年前にご生母様はラーコーツィ侯爵家の令嬢を王妃にすると宣言していた。

ご生母様に逆らえない国王はこれを黙認した。


これに反対していたのが王妃であった。

王妃はラーコーツィ家が嫌いだ。

次の王妃をラーコーツィ侯爵家から出すなど悪夢だった。

王妃は王に撤回を求めた。

だが、覆らなかった。

誰もが決まったと思っていたが、王妃は諦めていなかったのだ。


時間を掛けて地位を固め直した。

花の手入れしか興味のない王は政務しない。

王妃が代わりを果たしていたのだ。

側室が亡くなり、政務に興味を失せたご生母様に変わって王妃が力を蓄えていった。

今では王妃なしで国政は回らない。

ここに来て、王妃は王に叛旗を翻した。


「もし、ラーコーツィ侯爵家の令嬢を王妃にすると言われるなら隠居させて頂きます」


今更、政務をしたくない王は困り果てて、その決定を貴族院に丸投げした。

迷惑な話があった。


「王様が決めれば、問題ないでしょう」

「その通りだ」

「王妃様に決定権はない。だから、何度も御生母に煮え湯を飲まされてきた」

「王妃様も大変ですね」

「馬鹿野郎、王妃様だってずっと黙っていた訳じゃないぞ」

「それって?」

「新人君、これだけは覚えて起きたまえ。貴族院、機密院、隠匿院(番犬院)の長は王妃様だ。大臣の上に君臨されている。国政は宰相様と王妃様が取られておるのだ」


ごくり!

新人は生つばを飲み込んだ。

長い時間を掛けて、王妃は御生母に対抗する力を手に入れてきた。

貴族院の人事権はどこにある?

王か、否である。

ご生母様か、否である。

王妃の気分1つで貴族院の首が飛ぶ。


「だから、俺らが王(御生母)の命に従えば、それで終わる」

「終わって?」

「左遷だよ」

「ですが、決めたのは王(御生母)ですよね」

「そんな言い訳が通じるか」


ベテランの先輩が新人君に胸元を掴んだ。

その顔は悲壮感が漂う。

狼狽え、挙動不審になっている。

煮え湯を飲まされ続けた王妃の恨みを知らない新人への怒りだった。


「カロリナ様を選べば、王妃のお怒りを受けて全員左遷だ!

テレーズ様を選べば、ご生母様の暗殺部隊に刺されて悶死だ!」


潰れるような声で先輩が吐き出した。

すでに終わっている。

選んだのが王子として貰うことで、一匙の温情に期待を込めていた。

ラーコーツィ侯爵家の令嬢を華々しく扱うことでご生母様の怒りを鎮めて貰おうと小細工をした。

そのすべてが終わった。


「どちらが選ばれようと終わった」

「左遷ってどこに?」

「東砦の警備長だろうな」

「あそこは生存率5%ですよ」

「それは間違いだ。生存率20%、残り15%は貴族の称号を返しての平民に降っている」


貴族が平民に落ちるなんて死んだも同然であった。

でも、死にたくないので離職する。

魔の森の警備はそれほど過酷で悲惨な職場であった。


「俺、新人ですし、関係ないですよね!」

「怨念に燃えた王妃に通じるか!」

「では、テレーズなら?」

「御生母様が飼われている狼(暗殺隊)が襲ってくる。裏切り者を容赦しないのがご生母様だ。おまえ、ラーコーツィ家に縁の者はいるか?」

「いいえ!」

「なら、諦めろ!」


ノォ~~~~ゥ、新人も頭を抱えて顔を青ざめさせた。

とんでもない時期に貴族院に入ってしまった。

左遷と暗殺。

最悪の二択だった。


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