裏話.エリザベート、悪女を止めても意地悪だった。
エリザベートは控えめに顔を隠すヒエムス・ロサ(冬の薔薇)がよく見えるテラスに座って優雅な午後ティーを過ごしていた。
忙しい日々でも、一日一回のお茶は欠かしたくない。
せっかくご令嬢に生まれたのに、ブラック企業に過ごす人生より過酷なんて許せない。
エリザベートはそう反省していた。
ただ、気分転換に冒険者から送られてくる報告書を見ているので、それが仕事なのか、休憩なのか、悩ましい所であった。
そんな報告書の1つにエリザベートの目が止めた。
「姉様、どうかされましたか?」
「アンドラ、これを見なさい」
お茶の相手をしているアンドラに書類を渡した。
アンドラは7歳と思えないほど利発な少年であった。
その可愛らしさは見ていて飽きない。
「ラーコーツィ侯爵家のご令嬢が冒険ギルドに加盟して冒険者になったのですか? まるで姉様のように活発な方ですね」
「そうね、意外だわ」
「姉様のような方が他にもいたのですね」
アンドラは養子になって半年しか経っていない。
剣術や魔法、礼儀作法、ダンス、歴史、紋章学など沢山のことを学んでいる。
まだ、エリザベートの手伝いをできるほど偉くはない。
エリザベートの半身として、活躍してくれたアンドラに育ってくれるのが待ち遠しかった。
もちろん、エリザベートも7歳だ。
でも、中身は異世界から転生した成人女性であり、しかも7歳から16歳まで9年間を一度過ごしている。
ダンスも教養もそつなくこなした。
剣術やダンスの猛特訓がないので、前回よりかなり楽になっていた。
「僕も姉様のお役に立てるようになりたいです」
「大丈夫、アンドラはすぐに役に立てるようになります。わたくしが保障しましょう」
「ありがとうございます」
少し残念?
あるいは幸いなにか?
アンドラには9年間の記憶がない。
何となく怖い夢を見た。
そんな感じでしか覚えていない。
でも、ゲームの主人公と同じ仕様でスキルと称号が持ちこしされていた。
スキルがすでにあるのでダンジョンで戦闘経験を得たアンドラは肉体強化や剣術、風魔法を使えるようになった。
礼儀作法やダンスもスキルを意識できるようになれば、一気に上達するハズだ。
一方、メルルは記憶もスキルも称号も綺麗に消えていた。
これはどういう意味なのだろう。
この二人のどこが違うのだろうか?
そう考えると、カロリナもスキルと称号を持って目覚めたのかもしれない?
一周目のカロリナが活躍するのは12歳になってからであった。
エリザベートがダンジョンに閉じ込められてから登場し、『救国の英雄』と称えられた。
10歳まで町を徘徊する少し変わった貴族令嬢としか記憶がない。
訳が判らない。
カロリナは頻繁に町に出て蛇竜会を傘下に治めると、今度は冒険者登録をしたと書かれている。
エリザベートの知らないカロリナであった。
◇◇◇
エリザベートが判るハズもない。
何故、カロリナが登場したのか?
すべてがエリザベートの快進撃にあった。
1月。
エリザベートはオリバー王子とぶつかって5針も縫う怪我をして記憶を取り戻した。
まず、発明王になるトーマを自ら勧誘した。
捻くれて反抗的なトーマを叩き伏せ、魔法銃の設計図を見せて夢を語った。
鍛冶屋と引き合わせて自領で魔法銃の生産に着手させる。
これで3ヶ月近いロスをなくした。
それが終わるとダンジョンに向う。
その既存のダンジョンから隠し通路を発見して、その奥に眠る財宝を奪った。
ゲームでマリアが得る財宝を奪ったと思うと、一周目では主人公マリアとオリバー第一王子が共同で宝を発見するのだ。
主人公贔屓が酷過ぎる。
腹が立ったがどうしようもない。
その財宝をエリザベートが横取りした。
これを元手に大司教に貧困救済を訴え、各地の司教に炊き出しと自領への移民を勧めに各地を巡った。
魔物が徘徊する土地にどれほどの人が移動するだろうか?
これはブラフ(ハッタリ)だ。
困窮する民を助けたいと思う少女だと思させる為の撒き餌に過ぎない。
2月。
王国領最北の司教にあいさつを終えると、コハーリ家のエンドレ(フェレプ)の村によって避難を呼びかける。
当主エンドレと庶子フェレプの入れ替われを知る村人を処分する危険を説いた。
しかし、『はい、そうですか!』と信じる訳もなく、勝手に冒険者を残して逃げる段取りを進めた。
エリザベートはそのまま南下して、主人公マリアのいるラグミレタの町の教会に行く。
一周目と同じように聖ミレス王国の商人イレーザの漂着を予言すると、光の巫女マリアの保護を願った。
次にクレタ港では2本マストの最新帆船を建造する造船所の建設に掛かった。
北から南まで船大工を集め、これで2年目から全力で香辛料の交易ができる準備をはじめた。
スタートのロケットダッシュだ!
エリザベートは財宝を手に入れて気が狂ったと思われたに違いない。
自領に戻ると養子に迎えたアンドラに出会う。
アンドラを再調教して、再びエリザベートの僕とする。
そこから新ダンジョン攻略の準備に大忙しだ。
5月。
収穫期にエリザベートは300人の買い付け部隊を編成した。
一周目と同じく、新ダンジョンの攻略をした。
スタンピード(集団暴走)が2度起こるのは折り込み済み。
古代王家の財宝をすべて王国と教会に寄付し、国王も大司教も大喜びだ。
(壁に張られた金塊だけはちゃっかり横領した)
大司教には全国の教会で酒造を目的とした大規模農園を提唱し、飢えた民を救済する案を申し出る。
作るのは小麦・ワイン・芋・米から酒を作り、さらに蒸留酒にして保管する。
これによって大量の穀物などが必要になり、穀物倉は不作の時の非常食に変わる。
これは11歳の時に起きる大不作に備えだ。
それと同時に王国で困窮する民を救済する。
大司教の供として王宮に赴き、これを説明するエリザベートは奇妙な少女に映っただろう。
6月。
国王の承認を貰い、教会が土地を買い漁る。
南方交易会の仮承認も降りて、大規模農園の建設ラッシュが起こった。
王国中に金が流れ、かってないほどの好景気が始まった。
このエリザベートが起こした好景気から貧乏貴族が土地や木を売って儲ける成金貴族へ変貌した。
これが貴族学園の学園祭に影響したのだ。
嫁ぎ先もなく、卒業を迎えようとする少女達の前に成金貴族の子息が突然に現れた。
着飾って何とか殿方の意中を仕留めたい。
その願いがドレスを作り直しする為にボルコ商会のツェザリを召喚する。
幸運の女神の悪戯で、ボルコ商会のツェザリは盗賊に襲われ、カロリナが助けるという事件が起こった。
これは一周目では起こらない事件だ。
カロリナは町を時々訪れるご令嬢で終わるハズだったが、ツェザリの娘アザを知り合い、友達になった。
カロリナの一方的に思っている友達だ。
アザは二人目の友達であり、主従関係がない始めての友達だった。
カロリナはアザに会いに頻繁に訪れ、商人達から沢山の商品を買ってくれる幸運の女神と称えられた。
悪路(下町)に行くと蛇竜会を傘下に治めてしまった。
不思議なことだ。
何故、そうなったか?
それもエリザベートが原因であった。
エリザベートは前回と同じく、悪党シャイロック、悪徳商人アンデ・アルコをラーコーツィ家と繋ごうと画策した。
具体的には、エリザベートが金髪のかつらを被り、青色のコンタクトを付け、左目の下にホクロを書き、アンドラを耳の尖った妖精種のフリをして悪路(下町)に行った。
そして、カロリナのフリをして悪党シャイロックを脅した。
悪党シャイロックにセーチェー領にある金山を探させ、ラーコーツィ家に親しいサポヤイ伯爵家に権利を譲って、セーチェー家とラーコーツィ家が金山を巡って争うように仕掛ける。
前回と同じなら、そろそろ火が付き始めるだろう。
悪路(下町)の人は、悪党シャイロックを影から操っているのがカロリナと信じた。
だから、蛇竜会の会頭フベルト・ヘンリクは異常なまでにカロリナを警戒していた。
何故、フベルトはカロリナに従ったのか?
ネタをばらせば、簡単なことだ。
因果応報だ!
エリザベートという光が強ければ、カロリナという影も色濃くなってしまう。
エリザベートはまだ気づいていない。
◇◇◇
お茶を飲み終えながらエリザベートはその報告書を握り潰した。
カロリナが庶民に慕われているというのは面白くない。
教会で炊き出しをはじめた。
貧困民はエリザベートに感謝している。
けれど、カロリナにも感謝しているのだ。
これではエリザベート事業が霞んでしまう。
「何が食の改善よ。冒険者として格安の仕事を受けて、屋台に肉を卸しているだけじゃない」
まったく、その通りであった。
ただ、カロリナのアドバイスで多くの屋台の味が改善され、下町の民と冒険者が喜んでいた。
旨い物に国境はない。
「僕は姉様がやっている炊き出し事業の方が多くの民を救っていると思います」
「そうでしょう。わたくしの方が偉いと思うでしょう」
「はい」
「下町の女神とかと要らないのよ」
完全な八つ当たりであった。
大したこともしないのに、美味しい所だけを掻っ攫ってゆくカロリナへの憎悪だ。
一周目で王妃になったカロリナへの嫉妬だった。
「そうだわ! 格安の調査依頼を出しましょう」
「調査依頼ですか?」
「ええ、そうよ。河の漁獲量が減っているでしょう。あれは上流の湖から泥が流れ出している為に起こっているのよ」
一周目で起こったちょっとした事件だ。
町の東に流れるイアスト川の上流に小さな湖があり、その湖にマグナ・クロコディールス(巨大鰐)が棲み付いた。
このマグナ・クロコディールスという魔物は綺麗な水を泥に変える。
この泥が下流に流れて魚が一切取れなくなったのだ。
漁民は冒険ギルドに依頼して調査隊を送ると大被害を出したという事件だ。
「マグナ・クロコディールスと言えば、S級冒険者案件じゃないですか。どうしてそんな危険な魔物が王都内にいるのですか?」
「それは知らないわ。でも、漁獲量が減ったと報告が出ているからいるのでしょう」
「では、調査はS級案件として依頼するのですね!」
「いいえ、駆け出し冒険者でも受けられるF級案件で格安の依頼にするのよ」
「そんな依頼を誰も受けません」
「一人だけ受けそうな子がいるじゃない」
アンドラもすぐに気が付いた。
酔狂で冒険者をやっている貴族なら受ける。
「姉様、それはあぶないのではないですか?」
「大丈夫よ。最高の護衛が付いているハズよ。無事に帰ってくるわ」
「そうでしょうか?」
「ふふふ、少しくらい怖がってくれると嬉しいわね」
「姉様!?」
アンドラが複雑そうな顔をした。
悪女は止めと誓ったエリザベートであったが、意地悪までは止める気はなかったらしい。




