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12.カロリナ、町に出る。

町に入るとカロリナは目を輝かせた。

王都の屋敷生まれの王都育ち、カロリナは純粋無垢なお嬢様だ。

ラーコーツィ領も、(アンブラ)の故郷であるラーコーツィの森も聞いているだけであった。


「これが王都の町ですか!」

「カロリナ様、暴れないで下さい」


カロリナの足ではツェザリの歩みについてゆけないので(アンブラ)に抱えられていた。

手足がぶらぶらの楽ちん状態であった。

一方、両手が塞がるのを避ける為にエルは駆け足で付いてきている。

商人ツェザリは時々、申し訳ないように振り返る。


「本当に申し訳ございます」

「いいのよ。気にしないで!」

「ありがとうございます」


町は石造りの建物が多くめずらしい。

行き交う人も多い。

屋敷と御婆様のいる後宮しか知らないカロリナにとって何もかも珍しかった。

普通は逆だ。

後宮に顔パスで入れる令嬢の方がおかしいのだ。

町は静かで煌びやかな世界と対照的な世界だった。

石造りのごつごつとして簡素な建物が並び、熱気に帯びて人々が行き交う。

新鮮であった。


「これが話に聞く町ですか!」

「はい、お嬢様」

「あれは何をしているのですか?」

「あれはタダの喧嘩です」

「あちらは?」

「あれは話しているだけです」

「怒鳴りあっているようにも見えますが?」

「値引き交渉です」

「喧嘩ではないのですね?」

「違います」

「凄く大きな声です」


非常に美しいドレスを身に纏い、(アンブラ)の脇に抱えられて歩く姿はシュール(日常で見かけない奇抜な状態)であった。

服から貴族と判るのでマジマジと見るような人はいないが、こっそりとみんながカロリナに注目していた。

喧嘩をしている者達も辺りの雰囲気が変わったので喧嘩を止めた。


「おぉ、何だ!」

「ちょっと中断だ」

「どうした」

「顔を向けるな!」

「おい、なんだ!?」

「だから、顔を向けるな!」

「変に関わると首が飛ぶぞ」


みんな、気になっていたが声を掛ける者はいない。

おかしな格好で歩いているが、そのドレスが貴族の令嬢にしか見えない。

貴族と言えば、無理難題を言う。

気に入らなければ、すぐに切り掛かってくる。

ホント、貴族に下手に関わると首が飛ぶ。

それが町人達の常識であった。

カロリナに声を掛ける?

興味本位でそんな危険を背負う勇者はいない。


屋敷を出た時に身に付けていたローブを着ていない。

盗賊に出会った時に、ズバ~ンとカッコよく脱ぎ棄てた。

運悪く泥水の上に落ちた。

従者エルが丸めて抱きかかえていた。


えっ、(アンブラ)の生活魔法クリーンで汚れが落ちないかって?

もちろん、汚れは落とした。

でも、生活魔法ドライは使いない。

濡れたローブをカロリナに着せる訳にはいかないのだ。


「ここが我が店でございます」

「わぁ~、凄く小さいのね。鳥小屋と思ったわ!」

「ははは、おっしゃる通りでございます」

「早く案内しなさい」

「どうぞ、お入り下さい」


カロリナは失礼な令嬢であった。

ツェザリは気にしない。

貴族とはそんなものだ。

この程度で心が折れることはない。

商人は無礼な物言いくらいで気後れしては注文など取れない。


「アガ、アザはいるか!」

「おかえり、お父さん」

「悪いがこちらのカロリナ令嬢の相手をしてくれ! すぐに材料を買いにいってくる」


言うだけ言うと、ツェザリと手代は店を飛び出していった。

残されたのは、娘のアガだけであった。

ツェザリの妻も裁縫師で裏の工房で服を作っており、店に出て来ない。

親子三人と手代一人で回す、小さな店だった。


「これが店というものか?」

「はい、お嬢様」

「狭苦しい所だ」

「ご不快ですか?」

「これは、これでおもしろいぞ」


カロリナは飾られた服や棚に置かれた物を勝手に触り続けた。

見終わった商品はその場に放置される。

あっ~~、整理したのに!

娘のアザがせっかく綺麗に並べた商品が滅茶苦茶にされる。

その顔を引き攣らせて我慢していた。

娘のアガの気持ちなど一向に察する気配もない。


「おい、娘」

「はい、何でしょうか?」

「客が来ているのに、お菓子とお茶を用意しないとはどういう了見だ。この店は躾けもなっていないのか!」

「申し訳ございません」


客にお菓子やお茶を出すのは貴族のマナーだ、

町でそんなサービスをやっている店はない。

大店の店でもやっていないし、貴族もそれを期待していなかった。

所詮は庶民の食べ物である。

そんな物に興味はないし、下賤な物を口に入れる気がしない。

えっ、そうなの?

アガも貴族と話したことはない。

カロリナの非常識を知る訳もない。


娘のアガは奥に入ってお茶と自分のお菓子を用意して出てきた。

その粗末なクッキーを見て、カロリナは感動した。


「なんという不格好なお菓子だ」

「すみません」

「責めていないぞ。このような不格好な菓子は始めてだ。おもしろい」


クッキーと言えば、綺麗な円形である。

だが、目の前にあるクッキーは歪んでおり、半分に割れている物もある。

始めてみるクッキーであった。


失敗作は屋敷の厨房でも出来る。

その失敗作は侍女や手伝いの腹に入るだけである。

カロリナが知らないだけであった。


「なんと、拙い!」

「申し訳ございません」

「よい、よい、拙いのも新鮮だ」


ぱさぱさのごわごわで甘くないクッキーなど初めてであった。

呑んだお茶も味がしない。

他の令嬢なら吐き出してしまうほどの拙さだ。

だが、カロリナは意に介さない。

勿体ないというそれだけで侍女すら食べないパサパサの金色芋を完食した強者であった。

付き合ったエルも大変であった。


「エルはもういいのか?」

「はい、あまり食欲がありません」

「そうか、安心しろ!私が完食する」

「おしいですか?」

「おいしくない」


出された物を完食するのがカロリナであった。

普通の貴族は残す。

この食い意地の悪さはどこから来るのだろう?


「あのぉ、お嬢様。無理に食べなくとも結構ですが!?」

「パサパサの金色芋よりは旨いぞ」

「えっ!?」


娘のアザは驚いた。

貴族の娘が金色芋などを食べるのかという驚きだ。


「お嬢様は金色芋を!」

「あぁ、出来立ては旨いぞ」

「私も好きです」

「そうか、気が合うな!」

「はい」


娘のアガははじめてカロリナの顔をまっすぐに見た。

少し丸みを帯びた可愛らしいお嬢様だった。

ドレスも素敵だった。

いつかこんなドレスを作ってみたい。

拙いクッキーもカロリナが食べるとおいしそうに見えるから不思議だ。


これがお城に住むお姫様か!


「ところで、この茶葉は何産の茶葉を使っておる」

「私が山で取ってきた薬草を乾燥させただけです」

「ナント、自分で作れるのか?」

「普通、そうですよ」

「娘、名を何という」

「あぁぁ、アザです」

「アザと申すか! 茶葉を取りに行くぞ」

「カロリナ様、今日も遅うございます」

「仕方ない。ならば、次にしよう」


カロリナがまた来ることが決まった。

この辺りで薬草摘みと言えば、東の山に違いない。

領地外の山となれば、それ相応の危険が伴う。

(アンブラ)は目眩を覚えた。


「では、あそこからあそこまでの商品を屋敷に届けてくれ!」

「全部ですか?」

「店とは商品を買う所であろう。私でも知っておるぞ」


カロリナはふんすと胸を張って自慢した。

娘のアガは最初に固まり、「えっ~~~!」と驚いた。


「何を驚いておる。店とは商品を買う所だろう」

「そうですが…………!」

「おぉ、そうじゃ! あのショールは御婆様の所に届けてくれるか!」

「はい、判りました」


娘のアガは御婆様というのが、後宮に住むご生母様などと知らなかった。

後宮の上がるには貴族でないといけない。

ツェザリは商品を届ける為に貴族になる必要になった。

一年間の売り上げに相当する金額を王族に寄付をして貴族の称号を買う羽目になるとは、このときの娘のアガも思っていなかった。


 ◇◇◇


(アンブラ)もカロリナの兄レヴィンに泣き付いた。


「レヴィン様、カロリナ様の護衛を一人でするなど無理でございます」

「そうか、ならば人を増やそう」

「そう言っている訳ではなく」

「なるほど、一人二人では足りないというのだな。判った。この屋敷の領兵長にも任ずる。好きに使え」

「私は影の者でございますが」

「気にするな! 私の護衛は王城に居る。おまえはカロリナの護衛が最優先だ」

「レヴィン様!」

「任せたぞ」


(アンブラ)は護衛を増やして貰った上に、屋敷の領兵長に就任した。

影に仕える(アンブラ)が『領兵長』と呼ばれるのは不思議な気分であった。


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