83.(最終話). そして、カロリナのオープニングも開かれた。(1)
カロリナ・ファン・ラーコーツィ、15歳。
貴族学園の入学式の日がやってきた。
朝食を終えたカロリナは真新しい制服に袖を通した。
制服には紺色の生地をベースに一年を示す赤ラインが入っていた。
デザインも同じであれば、学園指定の制服でなくても問題ない。
むしろ、王族や大貴族は自前で製作するのが普通であった。
当然、特注品の制服の胸にラーコーツィ家の紋章が銀の糸で刻まれている。
中でもカロリナの制服は特別だ。
光が当たると七色に輝く素材が使われていた。
「カロリナ様、お素敵でございます」
「ありがとう」
「流石でございます。アザ様が精根を掛けて作り上げた一品でございます」
「あら、何かの間違いじゃありません」
「申し訳ございません。私の間違えでございます。アザ様お抱えのお針子が作り上げた一品でございました」
カロリナの制服はアザの作品だ。
ミスホラ王国(妖精の国)から持ち帰った生地をベースに作り上げた。
特殊な布でハサミに魔刃を這わさないと切れないと言う厄介な生地であり、ダンジョンが大嫌いなアザががんばって通って魔刃を身に付けて作り上げた。
本当の意味で血と涙の結晶だった。
アザはやりきった感で満足そうにカロリナを見ていた。
服の事になるとアザは性格に変わる。
予備の制服も用意させていたが、その心配も必要なく、今朝、こうして完成した。
本当にギリギリだった。
袖を通したカロリナは天使のようだ。
「あらぁ、食後のデザートがやってきましたわ」
「食後のデザートではございません。入学祝いで作らせて頂きましたクレープでございます。私達、従者一同の気持ちでございます」
「ありがとう。心から感謝致します。では、さっそく頂きましょう。アンブラ、ヴェン、フォウ、フロス、出て来なさい。一緒に頂きましょう」
「ラッキー、姫様判~る!」
「コラぁ、はしゃぐな!」
「アンブラ様、本気で叩かな~いで下さい~よ」
「フロスは本気で丁度いい」
「同意」
「酷~い」
屋根裏から影達が出てきて、クレープを食べる為にフードを取ると、美少女達がずらりと並ぶ。
その中で一番おいしそうに食べているのがカロリナだ。
妖精族の4人は時間が止まったように昔と同じ姿であったが、この三年間でカロリナが一番成長した。
138cmだった身長も165cmまで伸びて、影達を追い越してしまった。
11歳秋のカロリナは愛らしい少女であったが、15歳になったカロリナは美の女神のように綺麗な美女に化けた。
完成した美少女と思えた影すら、カロリナの前では霞んでしまう。
「フロス、これを半分っこしましょう」
「姫様、ありがと~う」
「フロスだけ狡い」
「判ったわ。ヴェン、フォウも交換しましょう。ほぁ、あ~ん」
「お嬢様、ありがとうございます。あ~~~ん」
「感謝! あ~ん」
まるで親鳥が餌を与えているようだ。
この子供っぽさが残念だった。
11歳の愛らしいカロリナならその行為も可愛らしく思えたのに、完全な美となったカロリナでは優雅さからほど遠い行為に見えてしまう。
中身まで成長していなかった。
「俺も頼みたい」
「カロリナ様ならやってくれそうだから絶対に言うなよ」
「クリシュトーフ、安心して下さい。イェネーがそれを言った瞬間に背中から刺します」
「俺も参加するわ」
「カール、イグナーツ、お前ら、性格が変わったな!」
「もう何年も付き合っているのです」
「カロリナ様の御寵愛を頂くのは俺だと決めている」
「糞ぁ、どうして俺だけ1組だ!」
「王子のご学友だからだろ」
「あんな糞王子なんていらないぞ」
「学校でそれを口にするな!」
「そう、そう、カロリナ様に迷惑が掛かるからな」
「カロリナ様は俺達に任せておけ!」
「糞ぉ!」
馬鹿カルテット四人も見た目だけなら美青年に成長していた。
その中でカロリナの寵愛を一心に受けているのは従者のエルである。
そのエルは屋敷の外でアザを捕まえていた。
制服を着せられた瞬間に正気に戻ったアザが屋敷を逃げ出そうとしたのだ。
それを追ったエルだ。
馬鹿四人もただ見過ごしている訳ではない。
本気で逃げるアザを止めようとするなど生死に関わる。
全身骨折すめば幸いな方だ。
我、関せず。
全力で見ない事にして徹していた。
「嫌ぁ、学校なんて行きたくない」
「それが無理な事をご承知でしょう」
「承知なんてしてないわ」
「これは決まった事です」
「ジクやニナは免除されているのに、私だけ駄目なんておかしいでしょう」
「二人はすでに成人したいたからです。何度もカロリナ様が説明されたでしょう」
「嫌ぁ、絶対に嫌ぁ!」
何食わぬ顔でアザの関節を決めて、エルが持ち帰ってきた。
アザは2年前も逃げた常習犯だ。
カロリナの側近で自領の復興に居て貰わないと困ると言って、2年間の猶予を貰った。
2年遅れの入学式だ。
貴族学園に入学しないのは、国王が「我が家臣(貴族)に取り立ててやろう」という誘いを「お前の家来なんてなりたくない」と断っているのと同じであり、主人であるカロリナは大いに迷惑な事になる。
そんな事をエルが許す訳もない。
「アザさんに何かする人はいません。むしろ、仲良くして欲しくて擦り寄ってくるくらいです」
「それも嫌ぁ! 平民の私に貴族様が頭を下げてくるとか、変でしょう! 貴族様とか、普通にしゃべれません。貴族様は怖いのよ!」
イェネー、クリシュトーフ、カール、イグナーツが不思議な顔をする。
どうやら彼らは貴族にカウントされていないらしい。
「おれらも貴族だよな!」
「それ以外の何だというのだ」
「この前は食べ掛けの肉串を取られました」
「俺は怒鳴られたよ」
「怒鳴られるくらいいいだろう。俺なんていつも殴られているぞ」
「イェネー、それは自慢する事じゃないからな」
「俺は使い走りです」
「あれのどこが貴族怖いって言うんだ?」
「謎です」
馬鹿四人が溜息を吐いていた。
ダンジョンでは肩を揉めとか、あれを取って来いとか、四人を子分のように便利使いしているアザであった。
「アザさん、諦めて下さい。カロリナ様も行きたい訳ではないのです」
「じゃあ、一緒に行くのを止めましょう」
「無理です」
「アザ、私の服をもう作りたくないのですか?」
「そんな事あり得ません。カロリナ様のドレスはいつか私が作るのです」
「なら、諦めて付いてきなさい」
「そんな言い方はズルい!」
「私だって、王子達と顔を合わせたくないのです」
あの大戦以来、カロリナを娶れば、皇太子になれると思ったらしく。
二人のアプローチで激しくなった。
領内でカロリナの命令しか聞かない奴隷もいたので、カロリナは社交界シーズン以外を自領で過ごすようになっていた。
エリザベートが戻ってきた事で、皇太子レースは困惑を極めている。
もう勝手に決めて頂戴とカロリナも匙を投げていた。
というか、考えたくもなかった。
カロリナは優雅にお茶を楽しんでから寮を出た。