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82. ゲームの主人公はマリアですよ。

マリアはブリタ子爵領のラグミレタという町に生まれた。

ラグミレタは交易の中継港として栄えた町で貴族や商人らが利用した遊楽が沢山あり、アール王国に吸収された後も辺境の楽園として細々と栄えていた。

貧しい家に生まれたマリアも例外ではない。

マリアは顔立ちが美しく、白い肌に艶のある黒い髪の女の子であり、娼婦館を営む女主人も気に入った。

10歳の仮洗礼を終えると見習いとして奉公に出されることが決まっており、教養もなく、ガリガリに痩せ細った女の子は高く売れない。

ただ、そういう理由でマリアは私塾のような所で文字を教わり、健康を害さない程度の食事も与えられていた。

普通の子供のように泥だらけで遊ぶと叱られ、ちょっとした怪我をすると食事抜きや跡が残らない程度の折檻も受けた。

この町では左程珍しい事でもない。


7歳の春、海岸に漂着した聖ミレス王国の商人イレーザを発見した事で運命が変わった。

この町に訪れた赤い髪の聖女様が予言されたのだ。

彼を見つけた者が『光の巫女』であると。

マリアは教会に迎えられ、司教バートリー卿の養女になった。

貴族の令嬢になった。

修学館で子供達に恵みを与え、貴族令嬢として育てられた。

すべて聖女エリザベートのお恵みである。


「お会いするのが待ち遠しいです」

「マリアさん、先ほどからそればかりね」

「エリザベート様は素晴らしいお方なのです」

「はい、はい、判っています。でも、食事も取らないで寮を出るのは止した方がいいですわ」

「そうです。お会いする前に倒れてしましますわよ」

「楽しみです」

「私は気が重いです」

「どうしてですか?」

「お手紙では知恵の神アクゥア様の銅像の前で待ち合わせだったと思います」

「はい、確かにそうでした」

「ここはどこです」

「承知しております。ですが、一時でも早くお目に掛かりたいのです」

「マリアさんのエリザベート様好きも困ったものね!」

「私はお会いするのが恐ろしゅうございます」

「そんな事はございません。エリザベート様はお優しいお方なのです」

「はい、はい、マリアさんにはお優しいのでしょうね」

「私達、下々の者までお手紙を送って来られるのです。私はエリザベート様に感謝しております」


ゲームでは、マリアがエリザベートの乗る馬車の前に飛び出すというイベントから始まる。

貴族のマリアが平民の御者に謝ってしまう。

貴族が平民に謝るなど、貴族としてあるまじき行為だった。

エリザベートはマリアを無視して学園に入ってゆく。

それを婚約者のオリバー王子が見て、エリザベートが去った後にマリアに声を掛けてくる。

マリアと王子が出会う大切なイベントだ。


しかし、何故か一周目のオリバー王子は馬車から急いで出てきてマリアを庇った。

エリザベートとオリバー王子は激しい言葉の応酬をする。

結果として、オリバー王子は何かとマリアを気に掛けるようになり、ゲームより遥かに接点が多くなった。

それが気になったエリザベートは、そのイベントを避難しようと、マリア達に手紙を出したのだ。

同郷の彼女達、マリアの友人であるドミニカ、ハンナ、メリルスと正門の奥にある知恵の神アクゥア様の銅像の前で待ち合わせし、一緒にクラスに向かいましょうと言うささやかな内容であった。

でも、マリアは少しでも早く会いたいと正門で待ち構えてしまった。

エリザベートのイベント回避の計略は、見事にマリアの暴走で潰されていた。


「マリアさんの無茶ぶりは8年前と変わりませんわね」

「あの事は忘れて下さい」

「私は一生忘れられません」

「あの頃から付き合って頂けるドミニカさんに感謝しております。でも、あれはノーカンントです。夢です。幻です」

「その指輪をしていて、どこが夢ですか?」

「これは養父(ちち)から頂いた事になっているのです」

「何の話かしら、お聞かせ下さいませ」

「どうしましょう」

「ドミニカさん、話さないで下さい」

「二人の秘密なんて、狡いですわ」


ハンナとメリルスがドミニカに詰め寄った。


 ◇◇◇


ゲームでは、マリアはダンジョンで魔法の杖を手に入れる事になっていた。

しかし、前世の記憶を読みがらせた7歳のエリザベートは、先回りしてダンジョンに潜って、マリアの得るハズの魔法の杖を2本とも奪い取ったのだ。

すると、マリアに新しいイベントが発生した。


ドミニカが訪ねてきた。

ドミニカはブリタ子爵の一族であり、ラグミレタ辺りを管理する代官の娘で、ご近所に誕生した同い年の女の子を見に来たのだ。

マリアとドミニカは仲良しになれた。

ある日、二人でピクニックに行くと、林で木こりが盗賊に襲われていたのだ。

マリアは慌てて助けに行った。

もちろん、マリアは無力な女の子だ。

止める所か、逆襲にあった。

司教の娘と名乗っても怯む様子もなく、マリアは蹴られて転がされる始末だ。

挙句に身に付けていた銀の指輪を奪われる。

ドミニカの護衛が助けてくれなければ、マリアは死んでいたかもしれない。


「マリアさん、無茶をし過ぎです」

「ごめんなさい」

「マリア様、申し訳ございません。飛び出して行かれたので守りの札をお持ちと勘違いしてしまいました」

「いいえ、私が悪いのです。助けてくれて感謝致します」

「これをお返し致します」

「ありがとう」


ドミニカの護衛から奪われた指輪を返して貰った。

護衛はドミニカに命じられるまで、ドミニカから離れられなかった。

木こりも殴られた跡が残っていた。

木こりを助けて上げたいが、マリアにはどうする事もできない。

光の属性があると知ったばかりで、魔法は勉強中だった。

木こりは体だけは丈夫で何ともないと言う。

何故、木こりが襲われたのかと言えば、木こりが分不相応な金の斧を持っていたからだ。

何でも不思議な泉に斧を落とすと、金の斧と銀の斧を持った女神が現れて、金の斧をくれたと言う。


「おもしろそうね! 行ってみましょう」

「ドミニカ、危ないよ」

「マリアさんがそれを言うの!」

「だって!」

「この森に強い魔物はいないし、護衛だっているのよ。大丈夫よ」

「そっか!」


森に入ると、すぐに泉を見つけた。

ドミニカが髪に付けていた髪飾りを泉に落とすと、女神が現れた。


「貴方が落としたのは、この金の髪飾りですか、銀の髪飾りですか?」

「金の髪飾りです」

「では、お返しましよう」


素朴な木と造花でできた髪飾りが、精巧な金の髪飾りに変わった。

喜んだというか、美しい金の髪飾りに心を奪われた。

まるで本物の花のような金の髪飾りであった。


「マリアさんも何か落としましょう」

「私は別に」

「この指輪にしましょう」

「駄目よ。この指輪は養父から頂いた大切なもので…………」


ドミニカはマリアの話も聞かずに、マリアの手にあった指輪を泉に投げ入れた。

すると、同じように女神が現れたのだ。

女神はにっこりと微笑み、右手と左手に指輪を取り出した。


「貴方が落としたのは、このオリハルコンの指輪ですか、それともミスリルの指輪ですか?」

「凄い、凄いよ、マリア。オリハルコンの指輪の指輪ですって!」

「私の指輪は養父から貰ったものです」

「何を言っているの! オリハルコンよ、オリハルコン。凄く価値がある指輪なのよ」


オリハルコンは非常に貴重な素材であった。

銀の指輪とはまったく比べようもないほど価値が違う。

ドミニカはマリアに「オリハルコンです」と言いなさいと迫ってくる。


「貴方が落としたのは、このオリハルコンの指輪ですか、それともミスリルの指輪ですか?」


女神が同じ事を言い直し、マリアは決意して正直に答える事にした。

あの指輪はマリアが養女となった証だ。

オリハルコンは貴重だが、養父から頂いた物を粗末できない。


「私が落としたのは、養父(ちち)様から頂いた『銀の指輪』です」

「マリア!」

「貴方のような正直な方を待っていました。この魔法の指輪を差し上げましょう」

「私が返して欲しいのは銀の指輪で!」


マリアが叫んだ時には泉が消えて、マリアの手の平に『光の指輪』が残った。

森を出ると、木こりも盗賊も消えていた。

不思議な事だった。

養父にその話をすると、養父は笑った。


「と、いう事があったのよ」

「嘘ぉ!?」

「ドミニカさん、もっと早く教えて下さい。狡いですわ」

「バートリー様がどこであの指輪を手に入れたのか、お父様も不思議に思っておりましたわ」

「それが『ラグミレタの聖女』の誕生の秘話だったのね!」

「メリルスさん、私は聖女などではありません。聖女様はエリザベート様だけです」


マリアが女神から貰った『光の指輪』はヒールの魔法が備わり、光の属性を10倍にしてくれる貴重な魔法具であった。

ラグミレタの教会にくると、銅貨一枚の寄付で治療がして貰えると多くの民が殺到し、マリアは『ラグミレタの聖女』と呼ばれるようになっていた。


「もうドミニカさん、その話はしないで下さいと言っていたのに」

「ごめん、ごめん、つい口が滑ったわ」

「も~う、知りません」


ふん、マリアはふんっと顔を横に逸らすと、馬車の前に飛び出してきた子猫を見た。

危ない!

マリアは咄嗟に子猫を庇って飛び出した。

御者が慌てて馬車を止めた。


「馬鹿野郎、死ぬ気か!」

「すみません」


御者の怒鳴り声にマリアは謝ってしまった。

マリアは仕舞ったと思って、口を押えたがもう遅い。

ヴォワザン伯爵家、次期当主のアンドラ様の使者から貴族学園では貴族らしくマナーを守るように言われていた。

教師を付けて頂いて、四人は一緒にマナーの手解きを受けていた。

やってしまった!

教会の癖だ。悪い事をしたら、すぐに謝りなさい。

教会ではマリアはそれを率先してやっている。

それは貴族社会では通じない。

マリアは焦った。

三人の友人の顔も青ざめた。

なぜなら、その馬車にヴォワザン伯爵家の家紋入りが付いていたからだ。


「私、学園を退学かな?」

「それはないけど、お父様からお叱りを受けるわ」

「マリアさん、何故、ヴォワザン伯爵家の前に…………」


マリアも子猫を抱えたままで正座をすると、青ざめた顔をゆっくりと上げた。


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