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 成績が良かった事は喜ばしかったけれど、成績順が周囲に漏れ漏れである事は喜ばしく無い。

 幼い時から家庭教師をつけて頑張ってきた(つもりの)御子息様にとって、前評判がパッとしないリサが自分達より上であった事は鼻持ちならなかった様です。


 いきなり決闘を申し込まれました。


 え?剣で?剣なんてフェンシングの授業で習った程度しか出来ませんよ?

 無駄に礼儀に則った決闘を申し込んできたのは、私より随分上の位の貴族の三男坊。実家は金持ち。いたいけな一女子生徒を叩き潰して何が楽しいんだか、と思うけれど彼の後ろには金持ち下位貴族のお子様がわらわらとくっついていた。お馬鹿の大将、その二。

 下位貴族でも商人あがりの子供達はリサのハウスがどういうものかも分かっているし、そもそも一般教養で点数を稼いでいるから、リサを叩き潰そうとは思わないらしい。

 また、少しでも分かっている子は、カルスのハウスか商談の際に重要な場所である事に気がついている。将来仕事を継ぐつもりの人間なら、リサと喧嘩するのが得策では無い事は当然理解しているという訳だ。


 それを理解していない、もしくはその様な場所と縁遠い者達の大将が、物分かりが良い訳がなく……


「リサ・カルス!貴様に正式に決闘を申し込む!」


 断りに行ったら再び高らかに宣言された。いや、とりあえず話を聞いて。

 しかも運悪く、それを熱血系の先生達が聞いていたからさぁ大変。男女の平等を唱える先生と礼儀作法の先生がタッグを組み、着々と話は進められてしまった。

 方法は一対一の偽剣による勝負。刀身が手先足先へ接触、もしくはかする以外で勝負がつく。

 かすったり、手先足先への一打は重りをつけての再開になる。偽剣は魔法で審判の先生が作り出したものを使うのだけれど、当たり判定は厳密な割に体への影響はあんまり無いとの事。


 痛く無いなら、大人しく負けるのもやぶさかではない。


 お馬鹿の大将クリス・ブラッケはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。隙だらけなんだから、早く終わらせて欲しいと思うリサ願い虚しく、いたぶる様に彼女の利き手を打った。

 打たれた手はビリビリと不快に痺れるし、それなりに痛い。


「影響が無いなんて嘘だったのね」

「その程度を影響というのが馬鹿馬鹿しい」


 リサはクリスを強く睨みつけた。


――――――――――――――――――――――――――


 テスト勉強なんてバカがやるもの。才気溢れる自分があくせく頑張るものではない。あまり結果を出し過ぎては高貴な方々の嫉妬を買ってしまいかねないし、普通に過ごして少し良い点を取るしかないか……自分の欠点は自分の才能に比べて家格は低い所だとクリスは思っていた。

 テストとは、スマートな自分を尊敬してくる仲間達と他人の順位を賭けるお遊びだった。


 新しく入ったリサ・カルスは前評判が全く無い。社交界にも出ていない田舎者の商人の娘だ。見た目も垢抜けず、明らかにテストで点数を取るとは思えなかった。

 クリスのかけ方は大胆で大穴狙いを演じつつ、そこでの損をリカバリーできる様な固いところも抑えていた。今回はその抑えがリサだった。いつもなんだかんだで負けないか、大勝ちして仲間に恩を着せながら取り立てをしないであげる太っ腹な自分を見せていたが、今回は大負け。しかも、いつも許してあげている仲間達は容赦なく自分から賭け金を巻き上げて行った。


「それにしても、新入りのしかも女のくせにクリスさんより上って生意気ですよね」


 仲間に向けたイライラは一気にリサに向かう。


「せっかくだから、指導してやるか」


 クリスの発言にノータリンの仲間達はとりあえず乗っかった。


 一太刀利き手を叩いてやったら泣き出すと思っていた。そして、心の広い自分が許してやる。そのストーリーは上手く機能していないらしい。

 キッとリサは睨んできた。構えがなってない事や隙だらけな事から、決闘に慣れているわけでも無さそうなのに。こいつバカか?と思った。

 何をするか見るのも一興かと、リサを観察する。残念なくらい地味な顔だ。カルスのハウスのドールは一級品だというのに、さぞや肩身は狭かろう。しかし、やはりセレナ一のドールハウスのオーナーの娘。その目は吸い込まれるほど澄んでいる。

 囲う女の一人にこういうのがいても面白いかもしれない。唐突にそう思った。ドールハウスのドールでなく、オーナーの娘を囲う。悪くない。カルスからお金を引っ張る事もできるかもしれないし……こんな地味な女でも、可愛いと思えなくもない。きっとこいつの良さを分かるのは自分だけだろう。ならば、仕方がないが、飼ってやるか。

 キッ睨んできたいた目は、今は少し潤んでいて、ほんの少しの良心が痛む。もう一度は切らなければ終わらない。いや、ここで可哀想だからと俺が引く方がカッコいいかもしれない。


 リサの瞳の力で感情が乱れに乱れた所で、リサは突然緩やかにクリスに近づいて来た。ああ、許しを請いに来たんだな、と直感で勘違いしたクリスは次の瞬間脳天からひどい一撃を喰らい、その場でひっくり返った。


――――――――――――――――――――――――――


 やってしまった。なんだかんだでお貴族様に勝ってしまった。

 渡された偽剣は信じられない位に軽かった。剣舞で使うイミテーションより軽くて、逆に使いづらいくらいだった。

 手を打たれても痛いのに、胴や頭部を打たれるのは流石に嫌すぎる。だから、作戦変更して勝ちに行くことにした。利き手を打たれてそこに重みが増し、ちょうど剣舞の時と同じ程度の重さになった。後は警戒させずに近づいて、舞う時と同じように振り上げる……剣舞は剣を持ちながらも舞の領分を出ない。殺気だけでなく足音すらも消して緊張感を与えない所作が特徴とも言えた。

 相手が油断さえすれば、勝機はある。

 リサは自分の魔力の強さを信じた。瞳の色は分からないけれど、魅入るなり、庇護欲なり、油断なりとなんなりして貰えば隙はできるはずだ。瞳に魔力を集める様にして見つめていると、分かり易くクリスの注意が散漫になって来た。カサブランカなら、ここで微笑むんだけどね。

 充分時間をかけてから、風の音に合わせてクリスに近づき、流れを変えずに当然のように振り降ろすと、当然のように彼は倒れた。

 終わった、とホッとした瞬間周りが見えて、気がつくと周囲がどんびいてるのが分かった。


 やってしまった……


 特にクリスの取り巻き達の目つきはヤバイ。やはり公の場で男性を打ち負かすのは浅慮だった。どうしようどうしようと考えていると、突然クリス側の観客が割れるように避けて、そこからレフィと金髪巻き毛の女の子が現れた。


「じゃあ、そこの君、この子を医務室へ運んでくれるかな?そう、よろしく」


 クリスを取り巻きに引き渡すと、レフィはこちらを向いた。


「プティサレ、少し女の子にしてはお転婆が過ぎたかな?」

「レフィ、物足りぬ」


 巻き毛の子が呟いて、レフィはクリスの持っていた偽剣をこちらに向けた。


「姫のご要望だからね。お手合わせ願おう」


 呆気に取られて見つめた一瞬で、自分が強引に魅入らせられた事が分かった。ぎゅんっと意識が引っ張られたと思った時には自分の口から決闘を受ける言葉が出ていたし、その次の瞬間にはレフィの剣はリサの体を貫いた。


「勝者、レフィ・フランセン!」


 勝負は一瞬過ぎて、観客はどよめきもしない。労いの言葉をかけるアレッタに礼をとって、レフィはリサを抱いたままその場を立ち去った。


「……どちらに?」

「ガーデンまではこのままで。無茶をするからだよ」


 目をつぶったまま小さな声で聞くリサに小さな声でレフィは返した。本当はもう周りに人は無く、下ろしても構わない事は教えない。

 魅入らせて動きを封じたレフィは一足飛びで彼女を抱くようにして、深く剣で刺したフリをした。混乱する彼女に目を閉じて倒れるよう指示も出す。実際剣はレフィ自身の脇腹に刺していたため、審判の判定も無事通る事が出来た。

 アレッタが知らせてくれて助かった。リサは馬鹿な男に傷つけられていい人間ではない。レフィはリサが時々周りが見なくなる事を心配に思った。


「貴女はお馬鹿ですね?」


 事の顛末を聞いたブロはこめかみをピクピクさせながらも笑顔を崩さず説教をした。


「馬鹿な相手をするのも馬鹿がやる事です。怪我をしなくて本当に良かった。レフィ達が機転を利かしてくれなければ、更なるお馬鹿につけ狙われる事になったかもしれないんですよ?」

「……ねえブロ?僕の事は見えてるかい?」

「見えています。今回はお手柄でした。ですから、貴方の分もお茶の用意をしていますよ。けれど、これを飲んだら出て行ってくださいね?貴方の下心でここの花が乱れてしまいます」


 ひどい言われ方だと思いながら、意外とブロとレフィは仲が良さそうだった。ブロはレフィのカップに少しだけ冷めたお茶とほんの少しのミルクを注ぎ、それをレフィは「ブロのお茶はいつも最高だね」と嬉しそうにかいでいる。

 これ程の仲なら、レフィから今度ブロの名前のヒントを得られるかもしれない。最も男に興味は無いとも言いそうだけど。

 レフィは三口ほどゆっくり味わった後、残りをぐいっと干して、「またね」と言って出て行った。今度はレフィのためにお菓子を焼いてお礼をしなくちゃ。


「だけど、それなら、今回みたいな事があったらどうすれば良かったの?」

「友人を助けを呼んでください」


 レフィが出て行った後のブロに聞くと、落ち着き払ってそう言われた。


「私、友達いないんだけど……?」


 なにこの羞恥プレイと泣きそうになりながら答えると、ブロも困った顔になった。


「おかしいですね。ここに最低一人はいますが?それに、貴方が涙一粒でも落とせばレフィも湧いて来ますよ」

「ブロは友達?」

「私はそう思っていますが……?」

「ありがとう」

「はい、お茶をもう一杯どうぞ」


 本当の顔も名前も知らないなんて妙な友達だと思いながら、なんだか嬉しかった。

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