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20 エピローグ

 新たなる王の門出に罪人の死体を晒すのは縁起が悪い。罪人の亡骸は遠い地で自然に帰される事になった。鳥葬か、それとも犬畜生に劣るものは獣の腹葬も似つかわしい。この国で野ざらしは通常人目に付かない場所で行われる。


 たった二人で、それの入った箱は王都から運び出された。運ぶ者はどうやら背格好から判断するに少年二人。

 その一行は王都から遠く離れて、次の街は通らずに横道から山道に入っていった。


「そろそろいいんじゃ無いの?」

「そうだね」


 ヨンゴは汗だくのリサに向かって言った。

 リサは棺を開けると、そこには白くなったシオンが横たわっていた。胸が痛いが、集中する。零したらそれで終わり。

 館の主人からもらった薬を取り出した。


「どうやって飲ませばいいと思う」

「純情ぶんないでよ。分かってるでしょ」


 薄々分かっていたけれど、ね。一応違ったらアレじゃ無いか。緊張しならが口に薬を含んで、シオンに口付ける。口に含ませて手で口を塞ぎ、体を起こして飲み込ませた。重すぎて持ち上がらないから、手振りを駆使してヨンゴにも手伝わせる。


「飲み込んだ?」

「あー、多分、手先あったまってきてない?」


 言われてすぐにシオンの手に触れると、ほのかな暖かさが感じられた。


「暖かいよ!」


 ヨンゴを見ると、シオンに押しつぶされていた。


「おいっ!」

「ごめん!つい手を離しちゃった!」


 間も無く、シオンは目を覚ました。目の前に目を潤ませたリサがいて、シオンは事態が飲み込めず再び目を瞑る。


「ちょっと!いつまでも寝られてちゃ困るんだけど!」

「4号?リサ?どういう……?」

「良かったぁ!」


 リサはシオンに抱きついた。その横で、ヨンゴは棺の中から路銀や一通りの旅支度を引っ張り出して、棺を燃やし始めた。


「これ、燃やしたら仕事は終わり。契約も終わり。さよならだからね」

「ヨンゴ!今までありがとう」


 ポカンとするシオンを離して、リサは今度はヨンゴに抱きついた。リサの肩越しにヨンゴはシオンに向かって舌を出している。


 棺は瞬く間に燃えてしまい、その跡は何が燃えたかは分からないほど。魔力で激しく燃やされたのだろう。そしてヨンゴは無言で手を振って飛んで行った。


「ヨンゴ、飛べたんだ。知らなかった。」

「飛べるし、影にも潜めるし、結構何でもありな奴だった。……で、どういうこった?」


 無意識に口調が昔に戻っていて、シオンは自分の姿をあらためた。ガーデンで五分だけ戻った時と同じ高さの目線……十五の時より、やはりまた大きくなっている。


「えっとね、館にね、お願いに行ったの」

「カーク……」


 血の気が引いてまた白くなりそうなシオンに慌ててリサは説明を続ける。


「代償は、大した事なかったの。だから安心して?」

「俺の命の代償だろが?人一人分の命、大した事無いわけないだろ?!」


 シオンが優しくリサに触れて、リサはこれからの告白の事を考えて少し赤面してしまった。


――――――――――――――――――――――――――


「シオンの命を救いたい、ねぇ。……もちろんオッケーよ」


 館の主人はウキウキと快諾した。サンゴも近くで「収穫おめでとうございます」と涙を拭いている。涙、出てないけど。


「代償はまず、魔力!生活に困らない程度には残すけど、はっきり言ってしょぼしょぼね。次に命十年分。後は将来あるべき予定だった王妃の座と……」


 主人は最後の一つをもったいつけた。嬉しそうな顔に邪気は無いけれど、彼女は冷酷と聞く。どんな難題かとリサは身を硬くした。


「スイーツの腕」

「スイーツの、腕?」

「そうよ!あのハウスで食べたスイーツ、あんた全部作れるんでしょ?しかも、王太子んとこのお菓子のレシピもコピったって聞いてるわ!全部、根こそぎ、没収!」

「……没収……。それはハウスでもう提供できない……?」

「違うわ。これはあんたと私の契約だもん。ハウスのコックが何作ろうが別にどうでもいいわ。でもね、あんたが覚えたレシピはあんたの中から消えちゃうし、あんたは二度と美味しいスイーツは作れないわ。作ろうとしても黒焦げになったり砂糖と塩を間違えたりしちゃうわけよ。最悪!でも、人が作った物は食べられるけどね」


 お菓子作りは確かに好きだし、いつかどこかでケーキ屋さんと思った方はない事はない、が。

 それよりリサは少しの覚悟をした。自分の母親の家系は短命だ。大体四十程で亡くなる人が多いと聞いていたし、母はそれより若く亡くなっている。命十年分短いとなると後十年ほどと覚悟した方がいい。それでも、その間シオンの側に居られるなら、それでいい。


「ありがとう、ございます……」

「まぁちんちくりんのあんたが、芸事もお菓子作りもできなくなったら後は取り柄なんてないけどね……がんばんなさい……」

「芸事の腕も、ですか?」


 残念な相手を哀れむような顔だった主人は目をパチクリさせた。


「命十年分でしょ?魔力か少なくなった後の十年分なんて興味ないわ。そうじゃなくて、今までの人生から十年分もらうわよ?舞に踊りに化粧スキル、お歌とお茶と……の修行と実践した時間の総量きっかり十年分ね。赤ん坊の頃からあんたの母親が教えてた事も全部取っちゃうから、次十年かけても同じ技は手に入らないでしょうねぇ。年もとるし」


 呆気に取られるリサにカークは外を指差した。扉が開いて、外は明るい。


「舞姫としての命の、最後の時まで後悔は無いように、ね」


 にこやかにウインクされて、リサは外に押し出された。同時に頭の中は最後の舞台の事でいっぱいになっていた。


――――――――――――――――――――――――――


「でね、ほぼ王太子の関係者は私が婚約者に内定した理由が魔力だって分かってるから、私が魔力を失ったから婚約破棄になる事自体は問題ないの。だけど、色々都合が良くないから、ショックでしばらく失踪する事になりました。因みに、ブロや王妃様も協力してくれてる」

「ブロが?見破りのスキルを手放してまで?」

「外の国は、もう魔法の世界じゃなかったんだって」


 外交が進み、外の様子はより正確に王太子の知る事になった。見破りのスキルはそこまでの必要性が無くなっていた。


「で、これからは?」

「やる事はいっぱいあってね。とりあえず目的地はシオンの故郷!孤児院のお父さんにも薬草のお礼言いたいし、あそこは外国との入り口にもなるから勉強にもなる。王都が落ち着いたら、シオンにまた王宮で働いて欲しいってブロが。今度はちゃんとした務め人として、ね。あ、シオンの記憶は館の主人がみんなに返してくれたんだよ」

「そんな上手い話があるもんなのか……」

「そう、本当に問題は山積みなの。外は魔法の世界じゃ無くなってるし、魔法の力で保ってる昔ながらの王制は多分そんなに持たない。ブロ達の契約の呪いが解けたら、災害や疫病が流行ってしまうかも知れない。だから、みんなで対策を考えないと……」

「みんなって誰だ?」

「あ、そうか、ごめんね。興奮しちゃって説明足りてないね。ヒューホさん達もこの度の件で処罰があったの。実情は分かってるから、使役と言う名で地方に飛ばされて仕事させられてるんだよ。有給で」

「で、その地方っつうのが」

「そう、外国との入り口、貴方の故郷」


 ある意味年相応に目を輝かせて話すリサを見て、シオンは自分のしてきた事はあながち間違いじゃなかったかと思った。

 いつか母親に自分の力不足で二人も夫を亡くさせた事を謝らなくてはならない。それができるほどの成果を出さなくては顔も出せない。


 いつまでもここで座っているわけにはいかず、シオンはリサが一人で持とうとしている旅路の荷物を全て肩に担いだ。

 それから歩き始める。荷物と反対の手を、リサと繋いで。

あと一話だけあります。最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。

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