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 4号を連れて王と王妃、そして王太子に会う。謁見では無く、本当に親族と会う、というものだった。

 境遇を話すと、王妃は取り乱したが王はそれを支えた。


「一人の男として、守ると決めた事を通した事、セシルの夫として誇りに思う」


 孤児院の親父とは少し違うが、王もまた人の子の親であるのだと分かった。それから、王と王妃が馴れ初めはどうであれ今は互いに信頼し、思い合っている事も。

 王太子預かりの身分だが、カレルは兄弟として扱った。そしてフォンスにもセシルとレフィの関係を知らせた。

 フォンスはレフィが丁寧語を使う事が気に入らないとだけ答えた。兄弟には少し無愛想に振る舞う典型的な思春期という感じ。孤児院にいた弟と変わらない。

 国王の評判は辺境の村にまではさして届かなかったが、彼らは良い家族だった。


 自分の立場を国民に知らせるわけにはいかないので、身分はフランセン家の後を継いだ実の父の弟に養子に入る。そして、王族に侍る為に必要な教育を受けた。自由も金も与えられて、その金で人を遣って孤児院がどうなったかを確認させた。

 親父は薬草で回復し、孤児院には匿名で国からの補助金が入っていた。兄弟で一番頭の良かったハーレは学校に行けるようになったと聞く。


 シオンの願いは叶った。それから、代わりの者が心を占めた。


 すべき事は契約のためか集中してやることができる、けれど契約外の自由時間で思い出されるのはリサの事だった。性別のない4号にカルスのハウスの様子を確認させると、4号はカークと夫婦として容貌を変えてハウスに行き、それをシオンに報告した。


 カサブランカが提供するサービスは質が高く……客がまだそこまでの教養が無かった。カルスのサービスを理解しないまま、他のハウスと同じ様にサービスを受けるつもりの客は、ドールに迫る。跪いて足を拭う様な仕事をしているくせにと罵声を浴びせる。

 カサブランカが魅力的であればあるほど、執拗なアプローチは発生していた。


 レフィは己とリサの運命を変えた事を後悔した。リサほどの魔力ならば、多少の魔力で必要な金は手に入ったのかもしれない。それを自分の助言で辛い立場に立たせ続けてしまった。


 浅慮を悔いて、4号にリサを守るように命じた。そして、4号はヨンゴとしてハウスに入る事になる。


――――――――――――――――――――――――――


 レフィと地下牢で話してから一日半、リサは父親の部屋に行った。


「お父様、お話があります」

「うん、入っておいで」


 何かの手紙か報告書を読んでいたのか、カルスは眼鏡をかけていた。


「夜分遅くにごめんなさい」

「いや、問題ないよ」


 以前ほどの丸みはないが、カルスの顔色は最早悪くない。リサは安心して自分の思いを告げた。

 カルスは「そうか」と答えた。思えば、彼がリサの意見に反対した事はほとんど無く、リサは少し寂しく思った。


 リサの部屋のすぐ隣にカルスの部屋はあり、その窓から外を見るとリサの部屋の真ん前にある木が少しだけ見える。


「ヨンゴが来た日を覚えているかい?」

「覚えています。いきなり天井から声がして驚きましたもの」

「……ヨンゴはとても素直で……世間知らずな子だった。ヨンゴの主人は彼に何も口止めしてなかったらしくてね、ヨンゴは私に全て話して、だから雇えと行って来たんだよ」

「全て……ですか」

「そう、それから邪魔はしない、君は少し世間を知らないから、私にこれから全て報告しなさい。と言ったんだ。だから、あの子は今でもちゃんと私に何もかも教えてくれる」


 カサブランカとなった後、リサがハウスについて新しい提案をしたりヨンゴを使ったりする事全てをカルスは許していた。リサはそれを、自分を働かせた贖罪だと思っていたが、そうではない事を初めて知った。


「リサの部屋の前の木なんだけどね、昔、あんな所に木があれば窓を開けた時に入れてしまうから危ないと言った人がいるんだ。絶対に無理だよ、と言ったらね

、自分なら出来ると言ったんだ。その時予感がした。だから、おの木は置いておいたんだよ。私には分かるんだ。娘達の連れ合いになる相手がね。それで、代わりに庭のセキュリティは強固にした。誰がいつ庭に入ったか、私には分かるんだよ」

「お父様!」

「気に入らない奴なら、入る事は出来ない様にしてあった」


 真っ赤になるリサを見て、カルスはこの子は本当に母親に似ていると思った。


「レフィ君の……」


 唐突なカルスの話にビクッとリサは驚いた。


「彼のお父さんも私と同じ病気だったそうだ。そして、その方は薬草で治したらしい。その薬草は私にもちゃんと効いた。だから、ハウスの方は心配しなくていい。君達母娘の春は短い。後悔をしないように……」

「お父様……ありがとう」


 久しぶりに父親に抱きついた。記憶より少し小さいけれど、包み込む大きさは変わらない。


「明後日カサブランカは……最後の舞を舞います……」


 カルスは大きく頷いた。


――――――――――――――――――――――――――


 カサブランカは王妃に気に入られて、王妃付きの踊り子となる――そう公にされて、馴染みの客が祝いを言いに来た。彼らはすでに王妃の物と確約されたカサブランカに舞を見せろとは言わない。丁寧に別れの挨拶をするが、用意もあるだろうからと直ぐに帰っていった。

 客が一段落した後、地味な馬車が三台ハウスに止まった。

 中から女一人と男二人がそれぞれに降りて来て、ハウスに入る。女は慣れた様子で、男の一人は初めての様だ。


「皆さま、ようこそお越しくださいました」


 カサブランカの最後の舞台に、リサが出迎える。


「お招き感謝します」


 ブロは三人を代表して礼を言った。


「フォンス様、今日からカサブランカのファンになるつもりかの」

「ふん、そこまでの舞か。俺を感動させる程のものかどうか、賭けるか?」

「どちらに?」

「無論、俺は感動する方に賭ける」

「馬鹿じゃないの」


 ちょっとキャラが崩れているアレッタとフォンスはブロの後ろで小さくきゃあきゃあ言い合っていた。


 この日の招待に際して、カサブランカの正体は伝えてある。リサが最後にカサブランカの姿を見せておきたいと思った人達。


「本日は私共の身内も同席させて得ただきます。失礼を承知ですが、何卒ご了承くださいませ」

「身内の最後の披露に呼ばれたのは、まぁ、悪い気分ではない」

「私も期待している」


 二人揃ってキリリと言われて、危うく笑いそうになった。何とか我慢して、面をあげると二人の横でブロが腹を抱えて笑っていた。もう、ダメ。


「ふふっ。ブ、ブロっ!笑わせないで!」

「私のせいですか?」


 二人で笑ってしまうと、残り二人も笑わざるを得ない。フォンスは頑張って堪えていたが、口の端はピクピクしている。


「ふふ、あ、そうだ、リサ。今日の曲目はすでに決まっているのですか?」

「はい、ですがご希望があればお応えいたします」

「では、寿ぎの舞を」


 王が亡くなって、流石にそれは遠慮していた。それをその息子はやって欲しいと言う。驚くリサにブロは微笑んだ。


「貴女の最後の舞台です。是非」


 ブロ達は王の崩御に悲しみを感じない。有事の際に悲しみで正常な判断が下せなくなるのを防ぐために、身内や愛しい人の死の直後に悲しみを感じる事は出来なかった。そう聞かされていた、リサは三人を見る。寿ぎの舞を観たいのは三人の総意だった。


「承りました」


 部屋への案内はローズ達に任せてリサは控え室に戻る。そして、カサブランカとしての最後の舞台を踏んだ。

 寿ぎの舞は精霊や神との対話のようだ。とずっと思っていた。目に見えない神への感謝を伝える方法として、この舞は作られたそうだ。

 今リサが感謝を捧げる相手は神ではない。自分の周りにいる観衆に、言葉では表せないほどの感謝を捧げる。


 レフィの処刑後、婚約発表から結婚までスケジュールはタイトに組まれている。この中でブロしか知らない、私達の予定。


 もし神様がいるなら、どうか私達の未来を照らして欲しいとリサは祈った。


――――――――――――――――――――――――――


 処刑日当日まで、レフィは全ての者との面会を断った。次にリサの顔を見て、死にたくないと思わない自信は無い。心を無にして、失敗して、そしてその日はノロノロとやってきた。


 神父がやってきて、祈りを捧げる。孤児院時代は毎日やっていた祈りも、いつぶりだったろうか。この世界に神はいるかもしれないが、趣味は良いとは思えない。


 暗いトンネルを抜けると、王宮の広場だ。カレルは王に即位したのか、王の席に座っている。この十日間に何があったかは知らない。もはや、ヨンゴも呼べない。

 最後に申し開きはあるかと聞かれて「別に」と答える。カレルの目は澄んでいて、別れの痛みは感じていないようだった。契約もいい仕事をする。リサを頼むと目で言ったが、伝わったかどうかは分からない。けれど、きっと大丈夫。


 絞首台は高く、人々はそれを見にきていた。憎々しげに視線を送られる方が気持ちは楽だった。自分を取り巻いていた女の子達もいる。絞首刑なんて見たらトラウマになるものを、と少し呆れる。


 それから、リサがいなくてシオンは心から安堵した。


 執行人が足元の台を取り去ると、がくんと振動がして意識は途切れた。

 

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