18
孤児院を助ける。親父の病気は治すし、孤児院運営の金も親父が息災な間は寄付金が集まり続ける。それの代償は命四十五年と人々から自分の記憶が消える事、それから魔力の全て――
「って寿命全部じゃねえか」
「そうなるわねぇ。この国の人の平均寿命六十だし?あ、でも、数ヶ月残るからその間分かれは惜しめるわよ?」
館の主人、カークと名乗る女は指で輪っかを作りそれを覗きながらシオンに余命宣告をした。
どうやら自分の寿命はほぼほぼぴったり平均寿命らしい。あまりにあっけらかんと言われて、こちらも悲壮感など感じられない。
答えなど決まっていたから、即決で受け入れようとしたが、返品不可のため当日は受け付けないと突っぱねられた。
「金がねぇんだよ」
館から放り出されて、思わず入り口に悪態をつく。仕方がないから、その場で野営しようとしたら、陶器で出来たような機械に抗議された。王都へ行く道と反対の道を行けば宿泊施設があるからと押っ立てられ、仕方なくそちらに行くと白い建物群。流石都会の宿は凄いなと思いかけて、親父秘蔵の本の一部を思い出した。
ここ、セレネじゃねぇか?
右を見て、左を見て、もう一度右を見て脱兎のごとく館に戻るシオン十五歳。館の門はがっちり閉じられて入る事は不可能だった。
厩でもあれば借りたいが、シオンは歳以上に剛健な見た目だという自覚がある。王都に来る時も日銭を稼ぎ、その稼いだ家の口利きで次の街に移ったほど、人に恐怖を与える風貌だった。王都でジロジロみられたのは、田舎臭い格好をしていたからだけではないだろう。
王都よりはセレネの方が人は少ない。水だけ確保して、町の外れで野営するかとトボトボと再びセレネに向かった。
人は少ないが、異分子感はハンパない。客の邪魔にならないように道を歩いていてさえ、店の者達は厳しい目をこちらに向けて来る。客でも働き手でもないのだから仕方がない。
大きな木の下なら急な雨もしのげていいのだが……選択肢は多くなさそうだ。
町の真ん中を避けると町の裏の姿が見えてきた。ハウスの裏手、もしくは裏手から通路があってその先に面と比べれば幾分質素な建物がある。ハウスの従業員か何かの生活スペースか。ならば厩か物置もあるかもしれない。
しばらく探したが、流石に警備は甘くなく、中は探れそうになかった。諦めて、町に隣接する森で野営する事にした。さっきからぐうぐううるさい腹に、水も飲めない事を詫びる。
「ちょっと君」
一番小さなハウスからコロンとした親父が出てきた。手には包みを持っている。
「そう、君。ここで夜を明かすのかな?ここ、狼が出るよ」
「あー、すみません。俺金持ってなくて」
「うん、そんな気がした。うちには娘達も多いから屋内には入れてあげられないけど、庭ならいいよ。水とこの賄いもつけよう」
「え?いいんですか?」
「ただとは言わない。一晩庭番をよろしく頼むからね」
コロンとした親父はあははと笑って言った。親父はカルスと言った。なんでもあまり売れていないハウスなんだそうで、庭まで防犯対策ができていないらしい。建物や家に侵入すれば分かるようにはなっているが、庭にはそれがない。
知りもしない男を信頼して大丈夫か聞くと、庭から家への侵入は一朝一夕では難しく、いきなり依頼された俺には不可能との事。人を沢山見てきたカルスの親父は自分の年齢も当ててきた。そして、カルスの娘達、つまりこのハウスのドール達が窓から俺を見て不憫に思ったのだそうだ。この面を不憫だと思えるとはこのハウスのドール達は中々豪胆だし、そしてその親父の人の良さには驚かされる。一晩だけ庭番をさせる利点はこの親父に無い事ぐらいは分かる。
何はともあれ、正直有難かった。もちろん不埒な真似はするつもりは無い。
庭はそれなりに荒れていたので、礼がわりに適当に整えた。男手が必要そうな雑多な木材はまとめて置き、雑草も刈り取る。手刀に魔法を絡めて刈り取るのは畑の収穫と同じ様なものだった。庭の隅の花壇には誰かが花を育てていたみたいなので、その花壇の周りの雑草は根ごと丁寧に取り切る。花壇には店で飾るためか、庭に不釣り合いな見事な百合が咲いていた。この店の者は花を魔法で育てるなんて器用な者がいるらしい。
「綺麗だ」
花の香りが魔法の香りか、とても良い香りがして初めて花を求めたくなった。最も明日には無くなる身でこの花を手折らせて欲しいなてんて馬鹿な事は言わないが。
それを眺めながら、もらった夕食の握り飯を食べる。賄いの混ぜご飯握りは何でもカルスの娘が作ったらしいが、塩加減が絶妙で美味かった。甘いものが苦手な自分が美味しいと思える優しい甘さも感じる。これ以上ない晩餐だ。
ついでに庭の外側がどうなっているか、寝る前に確認しようとして手近な木に登った。
建物に一番近いあっちの木、あぶねぇな。あの前の窓が開けば室内に入れっちまう。
そう思いながら目線を下に落とすと、小さな明かりを捉えた。部屋では無い場所、物干しのための室内スペースだろうか、板張りがしてあった。そして、娘が踊っている。
シオンのいた場所からそれなりに離れていたが、田舎育ちのシオンの視力は良かった。暗闇からの視線に彼女は気がついていない。
何かの舞だという事は分かったが、舞は詳しくない。けれど、明日命を差し出す自分を慰められているようなそんな気持ちが唐突に湧き上がった。
全てに感謝し、全てを愛し……まるで寿ぐがごとく。
シオンは夜半に彼女がそれを辞めるまでずっと目が離せなかった。
早朝にまたカルスが来て、朝ごはんをくれた。礼を言い、危ない場所を指摘してシオンは暇した。頭も心も一切の迷いは消えていて、最高の気分だった。
館の前で並ぶ事数時間。頭の中では昨晩の舞がリピートされていた。あの娘は口も動かしていたが、歌っていたのだろうか。心の残りといえば、それくらいだな。あほらし。
待合に通される時に、見納めにと見えるはずもないハウスの方を向いて心底驚いた。
何でこんなところにいるんだよ……?
昨日見た彼女は自分より少し後ろに並んでいる。もう一度見ようとして、自分を制する。万一目が合えば、怯えさせるに決まっていた。
「すみませーん。主人は今からちょっと出かけまーす。お帰りになる日時は不明でーす」
しばらく待たされた後に、待合室に昨日の人形が現れてそう告げる。ふざけんなよな……少し脱力したが、怒りは起きない。あの人形のおかげでいい思いもした。
昨日と違い、出て行けと急かされるわけでも無かった。行くあては無く、何よりあのお嬢ちゃんも手を固く握り締めて席から動こうとしない。
こんなとこに来ていい娘じゃねぇんだよなぁ。己の余る数ヶ月分の命で叶えられる事ならいいが……シオンはとりあえず声をかけることにした。
「あんた、なんでこんな場所にいる?その格好、いいとこのお嬢さんだろ」
なるべく優しく声をかけたつもりだったが、娘はビクッと体を震わせた。
「ああ、悪い。咎めてるんじゃない。ただ、ちょっと気になっちまった。若くて、その、まあ、女の子に似つかわしい場所じゃねぇからな」
「いえ、少し緊張していただけですから、大丈夫です。あ、ありがとうございます……」
おいおいおい、いくらなんでも男に声をかけられた程度で赤面するなんてウブ過ぎじゃねぇかと心配になる。けれど、なんとなくくすぐったい気持ちになって、シオンはふっと笑った。
「俺はシオンだ。ちょいと離れた町の孤児院育ちだから、粗暴で悪い。だが、もし良ければあんたの願いとやらを聞かせちゃくれないか?」
「お金が、欲しいんです」
金?そういえば昨日の親父も金が無いと言っていたような。
「はい」
促すと彼女はとつとつと彼女自身の話をした。花街でありながら色を売らないハウス、ね。それでもやっていけるのは彼女の力も大きいことが分かった。優しく、人に好かれる親父と努力家の娘、ハウス全体が本当の家族のようだけれど、小さな娘の役割は大きすぎる。
「す、すみません」
「いや、あんた頑張ったんだな」
俺の数ヶ月の命じゃ、孤児院はともかくあの家の維持は数日も無理だろう。掃除婦に化けれる程の魔力なら、他に使い道もありそうだが……考え事をしていると、機械人形が茶と菓子を運んで来た。ほぉ、今日はいやに良い待遇じゃねぇか。
女子供には甘いものだな、と思ってそれとなく観察していると、えぐえぐ泣いていたリサの目がキラリンと光った。よっぽどお菓子が好きなのかと思ったが、そういう目ではなさそうだ。しげしげと、というより目で写生してるのではないかというくらい観察して、ふむふむと味わっている。と思ったら、手帳を出して何かを書きつけている。菓子のレシピを推定しているのか?
「これを淹れたのは貴方ですか?」
こっそり眺める自分に気づかないリサはどうやら、火の温度で迷ったらしい。悩んだのは一瞬で最適解をはじき出す。つまり、素直に聞く。
「わたくしめにお話ですか?」
「はい、そうです。宜しければコツを教えてください!」
三分前とは別人のようにリサは3号と名乗る人形から色々聞き出し始めた。それはそれは見事な接客だった。なんだ、あんた始めから財産もってんじゃねぇか。
「では、主人が戻られるまでまだかかるでしょうし、また何か作って持ってきますね!」
「やるなぁ」
「盛り上がってしまってごめんなさい」
「いや、あんたの問題は解決しそうだ」
「え?」
カルスのハウスは色を売らない。接客が好きなら、接客で稼げば良い。リサが嫁いでいなくなるのはまだまだ先の事なのだから。その間に、ドールと客が途切れない方法を考えりゃいい。
「あんたは教えられるくらい芸事がうまいんだろ?それにさっきのやり取りも、接客向いてるとしか思えねぇな。掃除婦に化けられるなら、多少年齢も誤魔化せるだろ」
「年齢を誤魔化せても、見目がイマイチなので……」
「そうか?俺はあんた凄くイイと思うが……、まぁ、そこの判断はあんたらプロに任せるさ。化粧もするんだろし、先ずはやってみな。一年どころじゃなく金稼げると思うぞ」
ぱぁっと表情が明るくなって、売れっ子になるにはもう少し努力を強いなきゃいかんだろうな、と思った。素直で、可愛いすぎる。
「すごい、先が見えました」
「ああ、良かった」
「帰って早速やってみなくちゃ」
彼女の中に未来を見て、嫉妬より憧れを感じた。突き抜けるようなその感覚は初めてで、それでもそれが何かは分かった。こんな子供相手に、初恋かぁ。と自分でも意外すぎて笑ってしまう。
「あの、ありがとうございます。私も貴方の役にはたてませんか?」
「あんた、こんな時までいい奴だなぁ。時と場所が違えば食事でも誘ってた。気をつけな」
顔を赤くしながらも、立ち去らないリサを見てシオンは頑固な子なんだろうなと思った。それから、忘れられる自分自身への少しの執着が覗いた。
「でも、ちょっと頑固かな。聞かなきゃ帰らなさそうだ」
「その通りです」
「あんな、俺の事情も金だ。孤児院が潰れそうでな。俺の家だ。兄弟もいる。だから、あんたに助けてもらうのはちょっと難しい。……それから、それの相談でここに来たのは二度目なんだよ」
「二度目」
ずぅん、と彼女か暗い顔になって、少し悪かったなと思ったが、どうせ忘れるならそういう経験もしておいた方が良いだろう。
「さっきあんたの話を聞いたのも、何にも無くなる俺だから、命以外のもんなら譲れるからなぁと思ったまでだ。最後の時に、あんたみたいなべっぴんさんに会えたのはラッキーだ」
「死んで、しまうのですか?」
「詳しくは言えん。でも、また会うこたぁねぇよ。あんたも忘れっちまう」
「そんな!」
「忘れるんだ」
案の定彼女の目にはまた光が強く宿る。ああ、良い顔だ。そうだ、生きろ。
「貴方の、幸せを願っています」
「俺の幸せはあんたの幸せさ。あんたなら出来る。成功を祈るよ」
部屋の空気が動いて、昨日自分が放り出された時より丁寧にリサは外に出された。扱いの違いは仕方ねぇな。あんなに、まるで最高に綺麗な月下の百合みたいな子なんだから。
「ご主人様お戻りですー」
3号がそう告げに来て、シオンは奥に進んだ。
「あんた、ハナから出かけちゃいなかったんだろ」
「まぁね。仕方ないわよ。それにしてもあんた、持ってるわねぇ」
「は?」
指で丸を作ってカークはそれを覗いていた。
「運命が変わったのよ。あんたの命は3号と4号の燃料にでもしよーかと思ってたんだけど、辞めたわ。あっち、育てるのに使うことにする」
契約書が空中から生まれ出でて、シオンの前に落ちた。
「来たるべき時まで、あんたの命は王太子にリースするわ。それと、姿は捨ててもらう。魔力あげるから、こういう感じの色男になんなさい」
カークはカーク自身を指差した。嘘だろ。まさか、男なのか?
「あとねぇ、動きやすいようにあんたのママにも事情を話す事にするわね。五年くらいで収穫できるかしら」
「ちょっと待て、俺は孤児院育ちだ。母親はいねぇ」
「居るわよ。私が王妃からあんたを取り上げただけだもん」
王妃?
「王妃セシルの長男よ、あんた。最もパパは死んじゃってるけど」
カークの説明にシオンは驚きを隠せなかった。
国王と前王妃に王太子カレルが生まれた頃、フランセン家の当主とその妻セシルとの間にシオンは生まれた。そして、前王妃が病で亡くなった頃にフランセン家の当主は賊に殺され、息子であるシオンは連れ去られた。セシルは負傷し一命は取り留めたが、意識が戻り手元に残ったのは息子の身代金要求の脅迫状のみ。
一縷の望みをかけて、セシルは館に息子の救出を願った。その時、ちょうど館には王家から別の依頼が来ていたのだ。
王家とカークは古い契約を交わしている。カークは王都の外に館を構える許可の交換条件として簡単なものに限り、王の願いを叶えていた。この度の王の願いは『見破りを使う資質のある適齢の女性を探す事』。
王家には見破りのスキルを持つ王妃が必要だった。
程なくしてセシルは条件を飲んだ。シオンの命と賊の厳罰の代わりに、王家に嫁ぐ事と息子と十歳までは会えないという条件を。
シオンはそう言われて思い出した。十の歳ぐらいにとても品のいいおばさんと一度だけ会ったことがあった。色々話をした後、幸せかと聞かれた。なんと答えたかまでは覚えていない。
カークと契約するには絶妙なバランスの代償が必要らしく、カークはあーでも無い無いこーでも無い無いと言いながら条件を積み上げていった。
結果、シオンが始めの願いを叶える為に支払うことになった条件はシオンの名前と姿を捨てること、王家の僕となること、王妃をお慰めすること。
そして、バランスを取る為に強大な魔力――容貌変化を常に行わなければ周りをその魔力で焼き尽くす程の魔力、それと、4号を好きに使える権利を得た。
「名前を捨てるっていうか、使っても良いけど昨日までのあんたの知り合いはあんたの名前どころか存在も忘れてるっていうのが正しいわね」
結局、やはり忘れられるのかと思いながら、カークが納得する色男に成れるまで何度も容貌変化をやり直させられた。
「髪の色はもっとブリリアントよ!」
なんだよブリリアントって、と思いながらカークを見ると謎の本を読んでいる。表紙には『可愛い赤ちゃんのための姓名判断』
もう、どうにでもしてくれ、だった。




