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 ブロの力になりたいと思う。なのに、彼の申し出を受けられない自分の気持ちをリサは整理した。自分のしたい事、好きな事、すべき事と本当はしたく無い事。昔を思い出して、自分の原点を見つめる。リサがカサブランカとして進む事になった理由。そして、今でも時々夢に見る初恋の人やレフィの事。

 リサは自分もルイサと同じく絶対に結ばれない相手との疑似恋愛にハマっているなぁ、と苦笑いした。


 それから、自分はもっと世界を知らなくてはいけない、世界を知りたいと思った。守るためだけでなく、戦いたいと思っている自分に気がついた。無知である事を悔いた過去は生かさなければ意味が無くなってしまう。


 やる事はこなしつつ、頭を整理しつつ。ブロの正体が分かったので、王太子のスケジュールからブロがいない時を見計らってガーデンに休みに行った。流石にまだブロと顔を合わせるのは難しい。


「プティサレ。やはり来たね。ブロの来ない時に来るんじゃ無いかと思ったよ」


 ブロは居なかったけどレフィは居た。心構えはできていない。何故か既に二人分のお茶が用意されていたのもあり、リサはレフィに促されるまま席に着いた。


「ブロからのプロポーズ断ったって?もったいない」

「その前に何か言う事ない?」

「何か?」


 全く悪びれてなくて、いつも通りのレフィにリサは言葉と裏腹にほっとしていた。


「色々あるでしょう?嘘ついてた事とか……」

「あぁ!僕は嘘で塗り固められた人間だから、ごめんね?マイプティを悲しませるつもりは、無いよ?」


 頭をぽんぽんとされながら軽く謝られて脱力する。レフィに嘘はあるけれど、リサへの態度は変わらないらしい。リサが悩んでいると風の様に現れて、さりげなく相談に乗る。それはもしからしたらブロへの手土産のためかもしれないけれど、多分レフィはきっとブロの事は裏切らない。

 彼が変わらないなら、私も変わらない。私自身も常に彼に正直な訳じゃない。

 リサが、「いいよ。もう」と言うとレフィは「ありがとう」と返した。


「でも、本当にブロの申し出を断る気かい?君の望みが叶うチャンスだと思うんだけど」

「ブロの立場も知っちゃったからね。私だって綺麗な仕事ばかりしてた訳じゃないし、あんまり相応しいとは思えないよ」

「ドールの仕事は汚いのかい?」

「体は売ってない。でも、清廉潔白ではないの。それに、色々諦められない事があって……」

「諦められない?それはどんな?」

「私ね、思いがけずにこの学校に通える事になったの。学校に行けるなんて考えても見なかった。それに、ここに来たのは家のためだったし、出自も良くないから、こんなにみんなと仲良くなれるとも思わなかった。だからかな、もっとやりたい事に挑戦したいと思っちゃった。ほんと強欲。みんな折り合いを付けてるのに」

「……プティのそういうところ、好きだな。僕の願いは可愛い君の願いが叶う事だからね。応援する」


 「あなた、ブロと私くっつけたかったんじゃ無いの?」とリサが睨め付けると、心外そうにレフィは首を振った。そうにしか見えないけれど、毒気は完全に抜かれてしまって、リサは頬杖をついた。


「それにね、私も他の子達と一緒で叶わない相手への疑似恋愛にはまってしまってる気がする……。未だに初恋を引きずってる。このまま拗らせて神格化する前になんとかしなくちゃ」

「意外だな。そんな相手がいたんだ?」

「二度と会えない人なんだけどね。凄くカッコよくて素敵な人だった。私の中では」

「私の中では、か。あえて言うあたり、深いね」

「そう、深いの」


 リサとレフィは二人で深くうなずき合い、それから噴き出した。ガーデンには二人の笑い声だけが反響して、束の間の穏やかな日差しを彩った。

 リサは自分の心に生まれ始めたレフィへの気持ちに気付きつつあったし、レフィはリサの心に生まれつつある気持ちに気付いていたから、「僕にしなよ」という軽口を叩かなかった。二人はこの気持ちを育ててはいけない事を理解していた。


 数日が経ち、ヨンゴからクリス・ブラッケが再び騎士に内定したとの報告を受けた。誰だっけ?と思ったら、以前に決闘を申し込んで来たお馬鹿の大将だった。

 ふーん。おめでとう?程度の感想しか無かったし、リサは自分に関係はないだろうかと考えていたが、お馬鹿の大将はやはりお馬鹿だった。


「リサ・カルス!勝負だ!」

「嫌です」


 秒で断ると、クリスは心底驚いた表情になった。以前は周りが燃えすぎて断れなかっただけで、初めからやるつもりはなかったとオブラートに包みきれずに伝えて初期消火を試みる。

 しかし、中途半端なオブラートに包まなければ良かったと、後悔する事になった。

 クリスの中では、リサがクリスの気を引きたくて、やりたくもない決闘を受け、勝負の時もクリスの腕に飛び込もうとして誤って当ててしまった事になっていた。

 なんでやねん。


 リサ自身のコントロールできていなかった魔力の力が明後日の方向に効果を発揮してしまったのだと気がついたが、もう遅い。クリスの中ではうっかりドジっ子のリサは嫁の貰い手も無い可哀想な子になっていたし、人助けのために自分の物にしてあげようというストーリーまで出来上がっていた。

 いや、王太子から求婚されてますから。とは言えるはずもない。


 騎士に再内定したのは、周りが頑張ったからだという事をクリスは理解していないようだった。身勝手に決闘を申し込んで、女に倒された罪は完全に許されたと思っているのか、もはや表には出ていない汚名をわざわざ日向に引っ張り出してまで返上しようとしていた。

 二度も騒ぎを起こせば、後ろ盾も愛想を尽かすだろうに。とリサは溜息が漏れる。それでもそこまでの後ろ盾がいれば、クリスが自滅する時にリサにとばっちりはくらうかもしれない。後ろ盾の体裁を整えるために下っ端貴族の娘が生贄にされる事は充分あり得た。そして、それは他の人間の目から見ても明らかであった。


「リサ、最近虫がつきまとっているそうだな?」


 特別レッスンをうけるアレッタの部屋は前より片付いていた。ぬいぐるみの数は寂しさの数だったのか、最近は芸事の話題に関しては色々話せるドールやクラスメイトもできたとも聞く。

 栄養バランスが整うとメンタルも整うというのも大きい。


「変わった方に好かれてしまったようです」


 リーフの茶葉と粉末の茶、両方とも会話をしながらでも風味を損なう事なくアレッタはいれられるようになった。茶器の取り扱いも問題なく、合わせた菓子も上品にまとまっている。


「困っているなら力になる。あまり放置すると面倒な事になるやもな」

「心得ております」

「……もっとも、面倒事になっても手は貸すつもりではある」


 アレッタは少し頰を染めて扇子で口元を隠し、そっぽを向きながらも、そう口にした。

 おお、可愛い。


 自分で育てたつもりの手前味噌だけれど、素材も才能も二重丸なアレッタは本当に育て甲斐がある。ハウスのドール《姉妹》達と同じくらい幸せにしてあげたい。

 リサは似たような申し出を他のクラスメイトからも受けていた。力のある子も無い子も気遣ってくれている。

 他人を頼るのは容易いけれど、クリス本人ではなくてクリスのバックの人と彼女達との間に争いの種を蒔くのは気が引ける。それから、既に出来る範囲で牽制や警告をしてきたにも関わらず未だ勝負を挑む阿呆が騎士という身分に付くのも気に入らない。

 何より、リサには手立てがまだ残されていた。


「もう猶予はあげなくてもいいかな」


 ヨンゴに、派閥に属していない発言力のある生徒をピックアップさせる。そして、クリスの耳に入るようにある噂話を流した。


 数日後、クリスは騎士内定の祝いとしてカルスのハウスにやってきた。いつもの取り巻きだけでなく、将来性のある男子生徒達を引き連れて、まるで馴染みの客のように振る舞うクリスをローズは恭しく迎えた。


「リサはいないのか?」

「生憎本日はまだ学院から戻られてはいません。ですが、クリス様のいらした際には最大限のもてなしをするよう仰せつかっております。クリス様この度のご内定おめでとうございます」

「まぁ、仕方あるまい。戻ったら部屋に来させろ。ああ、それから常識のある対応さえしてくれれば、今後も使ってやらん事もない」


 深々と頭を下げるローズを見て、招待された男子生徒達はクリスに一目置いた。取り巻きは流石と言って誉めそやしている。

 一番良い部屋に案内されながら、クリスは既に気が大きくなっていた。嫌よ嫌よと言いながら、やはりリサは自分を歓待しろと言っている。つまり、このハウスはいつか自分の物になるのだな、と既にこのハウスの主人になった気になっていた。

 廊下を進んでいると、見知った顔が向こうから歩いてくる。本当に馴染みの客なら、客同士が廊下で会うはずがない事に気づくが、彼等はにその知識はない。


「あれ?ブラッケ家の騎士様と会うなんて珍しい」

「我が学院のアイドル様ではないですか。こんな所で何をされているのか?」

「僕は姫のお使いだよ」

「相変わらずですね。女に使われるとは……もし時間があるならご一緒しませんか?」

「そう?じゃあ、喜んで」


 王妃に目をかけてもらっているからと大物ぶっているレフィに、クリスは真の大物と言うものを教えて差し上げようと迎え入れた。今日はただ遊ぶだけのつもりは無い。連れているお子様達に大人の遊びを見せつけてやるつもりだ。

 ドジっ子のリサに剣で勝ったからと言って、運悪く事故でリサに負けた自分より強いと思われてはいけない。自分は騎士であるのだから、レフィには身を弁えてもらう。


 クリスはもてなしのための部屋に入った。


 美しい装飾、美しいドール。どこからとも無く漂ってくる官能的な良い香り。最高の座り心地のソファに案内されて、靴を脱がされる。そして、跪いた女がぬるい湯とタオルでクリスの足を優しく清め始めた。息を飲むような美女はクリスに侍り、他の者も接待さてはいるが明らかに扱いが違う。ハレムの主人とその家臣のようだった。

 クリスは試しに「あの者達の手ぐらい洗ってやれ」と命じると、命じられた女はにこやかにすぐさまそのようにする。手を握られて客が顔を赤らめた瞬間に呼び戻すと、まるで蝶のように舞い戻って来る。クリスという主人とその他の客。クリスの偉大さを確認するためのギャラリー。彼等は完全に非日常に囚われた。


 舞いも料理も堪能した後、クリスは特別な客にのみに許されていると言う噂のサービスを要求した。


「賭け事をしよう」


 ドール達の動きはピタリと止まった。


「ルールは知っている。初回のレートも任せる」


 ギャラリーが少し不安そうにどよめくのを見て、クリスはほくそ笑んだ。カルスのハウスでは裏メニューで賭け事が出来る。ただし、賭ける金額は大きく一度参加すれば、負けた時に冗談だったとは言えない額だった。

 そして、この賭け事に勝ち進めば得られる栄光があると言う噂も聞いている。

 話に聞く程度の賭け金ならクリスには出せなく無い額だった事もあり、クリスは噂を聞いた時から運試しでやってみるつもりだった。

 万一負けてもその金額の多さをギャラリーに見せつければ自分の財力と豪胆さのコマーシャルになる。勝った時は言うまでも無い。


「それでは、私とお相手頂けますか?」


 ローズが首に付けていたチョーカーから一つ宝石を取り外し机に置いた。男装の女に余り興味が無いが、乗ってきてもらわないと困る。宝石は……せいぜい庶民の家を一棟といった価値か。周りを見ると、自分以外に参加者は居ないようだ。腰抜けレフィも手を挙げる気配はない。

 ――そこで格の違いを見ておけ

 クリスは心で毒づいた。


 自分は証文を書いてチップと交換し、ルーレットが回った。小さく三回勝って、一回負ける。そしてまた二回勝つ。流れが見えて、大きく賭けてクリスは勝った。


「お見事です」


 宝石は手に入ったが、ここで辞めるつもりはない。ギャラリーの賞賛を受けながら、宝石をチップに変える。


「次だ」


 次のドールは清楚なドールだった。落ち着いた髪色に翠の瞳。雰囲気はリサに似ていて、好ましい。指定してきたのは駒取りゲーム。

 十三の駒を交互に取っていき、最後の駒を相手に取らせれば勝ちだ。一度に取れる駒は二つまで。

 ツイている。とクリスは笑んだ。ここでのルールに則れば、ゲームを指定してきたのは相手だから先攻後攻の交代の度にレートはクリスが決められる。必ず勝てる後攻でレートを上げて大きく勝った。

 ドールは少しだけ瞳に悔しさを滲ませているが、必勝法のあるゲームを仕掛けてきたのだから、嵌るつもりだったのだろう。大人しそうな顔でよくやる。


 カードゲームにサイコロ、多少頭を使うものもあったが、おおよそ運によるものが多いゲームを順にこなしていく。レートもじわじわと上がっていくが、クリスの勝ちが多い。今夜はツイている。これは行けるかもしれない。ギャラリーも熱を帯びているのが感じられた。


「このまま帰れば、数人は家に連れて帰れそうだな」


 嗤うクリスに対して、あるドールは悔しそうにし、他のドールは「私をお連れください」と微笑んで媚びていた。


「最後のゲームにしよう。今日の勝ち分全部賭ける」


 その場にいたドールほとんどのゲームが終わった状態で、噂で聞いた通りのセリフを口にした。


「それでは、私めがお相手いたします」


 鈴の転がるような声がして、カサブランカは部屋に入ってきた。

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