お題:夏の花④
テールランプが挑発するように揺れる。
フロントガラスに叩きつける大粒の雨は、ワイパーを無視して視界を歪ませる。
まるで嘲笑うかのように不安定に揺れる車体。
苦手なコンディション…雨。
だからといって勝てない筈はないのだが、今年は予想だにしない大スランプ。
梅雨の終わりと同時に抜けるはずの不調は、夏になった今も続いていた。
『見て!大きい粒だねぇ』
暢気な声が聞こえたような気がして助手席を視界に入れる。
今、彼女はバイトを頑張っている時間だ。もちろん助手席に乗っている筈がない。
その一瞬が、僅かに差を広げてしまう。
仲間はスランプの原因は彼女だと言うが、それは彼女の居ない奴らの嫉妬というもので、そんな事はない!…と、信じたい。
「雨は嫌いなんだよ。」
『私はタケと車に乗るようになって、もっと好きになったんだよ。』
彼女は、ちょっと天然の気がある、ぽやーっとした女の子である。
大学生にはとても思えない出で立ちと雰囲気を持っていて、たまに一歩間違えれば電波な発言を、何の迷いもなく飛び出させる口を持つ。
俺は幻聴を振り払うようにハンドルを握り、アクセルに力を入れる。
『ほら、見て。花。』
――その時、対戦相手の踏んだブレーキが、視界を染めた。
フロントガラスで蕾を開くのは、鮮烈な赤。
「本当だ、花だ。」
あの時は理解できなかったのに、急に時間の流れを穏やかに感じ・・・雨粒の1つ1つがフロントで弾けて咲くのが見えた。
スリップ。
路面に溜まった水によるものだ。
しかし、目の前の車も尻を振り、カーブの外側に大きく膨れ上がった。
わずかに感じるタイヤのグリップ。いける。
俺は、イヤイヤと首を振る自分の車を宥めつつ、同じように細かく蛇行する対戦相手の横をタイヤを滑らせながら通り抜けた。
逆転、そして勝利。
鬱陶しかった雨音が、万雷の拍手に変わる。
外へと降りれば、天然のシャンパンシャワー。
どうやら、彼女のメルヘンチックな思考が、俺に伝染しつつあるらしい。
やべぇ、雨・・・癖になるかも。
title:夏の花 ~雨の路上レース~