名前?何だっけ?
「さぁ。作ってみろ」
今、俺はボルツのおっさんが営んでいる酒場のキッチンに立っている。
ちなみにこの酒場の名前は月灯り亭というらしい。ランチはやっていない。まぁそれはいいか。
何故こんな事になっているのかというと、おっさんは夫婦で酒場を営んでいるんだが最近奥さんの身体の調子が良くないらしい。
なので料理が出来るなら行く宛てのない俺を住み込みで雇ってくれると言ってくれたのだ。
日本だったら不用心極まりないが、異世界では俺の常識で物事を考えない方がいいのかもしれない。
何の取り柄も特にない俺だが料理だけは自信があった。何故なら俺は転移する前は料理人だったのだ。料理長俺がいなくなって困ってるかな~?・・・まぁ大丈夫か。
それはさておき、ここのキッチンには大した料理器具はないが切って炒めるだけなら問題ない。火は薪をくべて使う暖炉スタイルで、野菜は見たことの無いような物が置いてあるがキャベツっぽいのもあるしなんとかなるだろう。
調味料は・・・これは塩か?
そこら辺に置いてある調味料を手探りで味を整えていった。
□□□□
「出来ました!」
といっても普通の野菜炒めだが。時間をかけてもアレだし、こっちの世界の常識がよく分からんがこんなもんだろう。
「ほぅ。中々手際がいいな」
ボルツの目の前に作った野菜炒めを置く。
それと同時に酒場の奥の方から扉が開く音がした。
「ボルツ。帰ってたのかい?」
そう言って出てきたのは背が低く恰幅のいいおばちゃん。
ドワーフっぽい。
「おう!ロニー。今帰ったぞ」
出てきたおばちゃんはボルツの嫁みたいだ。ロニーって名前らしい。
体調が悪いと聞いていたが確かに顔色があまり良くない。声も少し弱々しく感じる。
ボルツはロニーに事情を説明すると、俺が作った野菜炒めをロニーに食べさせた。
「あら美味しいねぇ・・・あんたは何処かで働いてたのかい?」
「そうですね。もう潰れちゃいましたけど」
料理長。勝手に潰してすいません。
「・・・そうかい。あとでうちのレシピを渡すからお願いね」
この反応は合格みたいだな。
「ロニーの許しが出て良かったなぁ坊主」
ボルツは優しい笑顔でそう言った。
きっとロニーに無理をさせずに済みそうで安心したのだろう。
期待に応えねば。
「そういえば坊主。名前はなんてぇんだ?」
「え?名前?」
・・・・何だっけ?アレ?前世の記憶はあるが全く思い出せない。
「えーと・・・」
ふと手に巻いていた灰色の布が目に入る。金髪の少女に目隠しをされていた布だ。
「グレイです」
目に入った色をモジっただけの名前。
自分の名前なのに適当過ぎたか?まぁいいか。
「今日からよろしくな。グレイ!」
「はい!」
ボルツと握手した。この世界でもこういう時は握手するらしい。
転生された時はどうなる事かと思ったが、これでしばらくは食いっぱぐれしなくて済みそうだ。
「部屋は物置部屋が空いてるからそこを使え。掃除すれば寝るぐらいは大丈夫だろう」
そういってボルツに案内された部屋はホコリだらけだったが、何とか寝れる程度に掃除した。
そうこうしているうちに夜になったところで夕飯に呼ばれた。今日は酒場は休みらしい。
「美味い!」
「そうかい?もっと食べとくれ」
ロニーが無理して作った夕飯は麺が太い餡かけそばのようでとても美味かった。
俺に味を覚えさせる為にわざわざ作ってくれたのだろう。
肉は入ってなかったがボリュームはたっぷりだ。さすが酒場のおばちゃん。
「ありがとうございます。お身体は大丈夫なんですか?」
「明日からグレイがしっかりと働いてくれるならこれぐらい平気さ」
ロニーは笑顔でそう言ってくれた。
拾ってくれた夫婦の為にも明日から頑張ろう。
□□□□
おなかいっぱいで部屋に戻った。
さてとお風呂でも入りますか・・・ってないんだった。
そりゃないですよねー。貴族の家とか行ったらあるんかな?
うーん。日本人としては風呂がないのはキツイ。
はぁ~。贅沢を言ってもしょうがない。
ロニーのレシピでも見ておくか・・・・・うん。全然読めねぇ!