おじさまは算段をつけました。
日が暮れていく。
昼飯を終えてから数時間、何回か休憩を挟みつつ歩き続けた。
ガル曰くそろそろ島の端に出てもおかしくはないらしい。
ほぼ一直線に進んでいるのだ、数日かけても海に当たらないような大きな島は本島以外にはないという。
途中、数体のゴブリンに遭遇したが、食べられるわけでもない小鬼は容赦なく首を切り落とされた。
キョウが嫌々内臓を探って魔石を取り出したが、水の魔法で洗浄して後は私に投げた。
ゴブリン程度の魔石はいらないし、魔石といえば魔術だろう、と。
ただ言えば、こんな指先程度の魔石は魔術具でも供給用としてしか使われない。
小さすぎて魔術陣など描きこめないのだ。
魔術具は高価なものだから、知らない人間は多いが。
さて、そうとしても、私は存在さえ良く分からない魔術師(仮)だ。
私が魔術陣を描くのに筆も魔紙もいらない。
魔力のこもったインクさえ、いらない。
歩きながら手の中で弄びつつ、自分ならどう使えるのかを実験した。
手に入れた魔石は5つ。
そうだな…くふっ。
この列の全員が信じられるかも分からない状況で、この島に安全な場所があるのかも分からない状況で。
私の魔術が火を吹く時も近いだろう。
安全に越したことはないが、それでも少し楽しみでもあった。
とある村を囲う壁と、松明を見たのは日が暮れかけた頃だった。
「…ん?村、か?」
キョウが遠めに見えるそれを指差した途端、疲れた顔をしていた平民五人がぱっと顔を上げ、キョウを追い越して小走りで村へ向かいだした。
「え、ちょ、おいっ!」
安堵に思わずそうしてしまったのは分からなくもないが、なんのために列を組んでいたのかを考えてほしかったな。
「キョウっ!彼らを――」
思わず叫んでしまったが、手遅れだった。
壁をぐるりと回ると門――というより壁の切れ目と言った方がよさそうだ――があり、一人立っていた男が驚いたような顔で駆け寄る少年少女を呼び止める。
生憎アクシィユ語らしく私には理解できなかったが、笑顔で話す子供たちに門番らしき男は同情を顔に浮かべ、彼らを村の中へと促した。
近づくまではっきりしなかったが、違和感は無視できないほどに大きくなっていた。
強大な魔力が、村の中心に集中している。
その分、周りの魔力は薄い。
よくよくたどれば、ゆっくりと、島中の魔力が村の中心に引き寄せられているようだった。
はっ、と思い立ち止まり近くの木の後ろに隠れると、キョウも同じく隠れながら近づいてきた。
ガルは今まで見たことがないほど険しい顔をして、同じように隣にしゃがんだ。
「…おい、どうした。」
「いや、魔力がさ――ふがっ」
なんでもないような声音でガルが尋ねるが、それに正直に答えるわけにはいかない。
不安げに、しかし理由を話し出そうとしたキョウの口を塞ぎ、ガルを睨みつける。
「ガル、何か知っているね?」
「っ…!」
逃がしはしない。
嘘も認めない。
そう、意志を込めて目を見つめる。
ガルは反らした。
気まずそうに。
「話してくれないかい?きっと、かなり怪しい、危ないことがあの村で行われているのだろう。君が知っていることを教えてくれれば、私たちは協力することができる。
――否、するしかないんだ。なにせ、この村をどうにかしなければ、この島からも出られないだろう。この島は既に掌握されている。」
魔力の流れに気づけば、早いものだった。
この魔力たちは島中から集められ、蓄えられるが、その道中に得た情報を中心に伝える役割も果たしている。
今も、村へ流れる魔力が私たちの肌を撫でるようにして、村へ伝っていく。
私たちがここにいることは、既に魔力の中心にいる“何か”に、ばれているのだ。
「この村を避けて島を出ようとすれば、簡単に捕まるだろうな。力づくで切り抜けることもできるだろうけど、私たちも薄情では――」
「――ぶはっ‼‼はぁ、はぁ!ちょ、こら‼いつまで俺の口ふさいでるんだよ‼鼻まで‼ってか今大事な話してるんだよね⁉俺も交ぜてくれても」
「あぁそうだよ今大事な話をしているのだから、静かに待っていなさい。いいね?」
「…はい。」
キョウが私の手を外そうともがいているのには気づいていたが、今、賑やかしはいらないからね。黙っててほしいな。
にっこりと笑ってみれば素直に頷いてくれたから、よしとしよう。
これ以上騒ぐようだったら、うちの可愛い子たちも素直になるようなお仕置きをしようかと思ったんだがね。
トラウマらしく、大きくなった子もプルプル青い顔で首を振るんだよ、『お仕置きかい?』というと。
「どうやら、前代未聞の問題が、ここで起きているようなんだよ。このまま放置しては、この小さな島だけに納まることではなくなるかもしれない。分かるね?ガル。」
小さい子に言い聞かせるように微笑みかける。
魔力を島中から吸い寄せる“何か”なぞ、聞いたことがないのだ。
確かに魔力を吸う魔物――私もやろうと思えばできるのかもしれない――もいるが、小さいとはいえ島全体を把握するような魔物が本当にいるとしたら、傭兵一人二人の手に負えるものではない。
私とキョウだけなら島を出ることは可能かもしれないが、解決できるかと言えば不安なところがある。
血液と同じほど、人の命を支える魔力を吸い取るのだ。
村の中には人の魔力の気配がない。
あの門番も“人の魔力”ではなかった。
きっと、あの村に生存者はいない。
だが、このまま島をでるわけにはいかない事情もある。
私たちはアクシィユ語が分からない、オースアイレン国出身者。
命からがら他の島へ行って、大陸語が話せる者を探すだけでも一苦労。
漸く落ち着いた、と思ったところでこの島の問題が判明したら、その島から逃げてきた外国人二人組がいる、と。
明らかに怪しいと思われる。
いや、これはあくまで『もしかしたら』の話ではある。
すぐにアクシィユを出ればよいのだから。
だが、アクシィユは大陸との交流が驚くほど少ない。
船が往来しているのは本島のみだったような気がする。
言葉もまともに話せず、本島へ渡り、大陸を目指す…無理があるのではないか?
それならば――
――問題を無理にでも解決して、この国に恩を売り込んだ方が心穏やかに、簡単に大陸に渡れるのでは…?
という算段を数秒で考え出した私をほめてほしい。
確かに、私――人間かどうかも怪しい存在――とそこそこ強いキョウの二人だけでは、できるかどうかも分からない算段だ。
しかし、働き者の私の勘が、そうしろと叫んでいるのだ!
キョウをこき使ってどうにかすればできる‼――と。
「大丈夫。私たちに任せなさい。必ずや、解決して見せよう。」
とどめを刺すように肩をポン、と叩くと、ガルは一泊おいて顔を上げ、覚悟を決めた目を見せた。
…よし。第一関門突破だな!くふっ!私にかかればこんなものだよ!
「すべての詳細を話すには長すぎるだろうから、簡潔に、起こったことを要点だけ纏めて話す。」
「もちろん、それでも良いとも。」
まだ、村の門が見える場所にいるのだ。
そして、私たちがここにいることは既にばれているはずだ。
「ま、しかし。多少の安心感は必要だろう。重要な情報を話し忘れられても困る。」
私はズボンのポケットに忍ばせていた魔石を取り出した。
魔術陣の描かれているそれは、通称『魔術石』と呼ばれる。
「これを君たちの後ろに、手が届く範囲でできる限り遠くへ置いてくれ。」
空気だったキョウもガルと同じように魔術石を受け取り、物珍し気に眺めてから私が言ったようにした。
私も同じように、しかし立ち上がって彼らが置いた石の円状になるようにする。
「魔力を流してくれ。」
私の合図で一斉に3つの魔術石に魔力が流れる。
ゴブリンの小さな荒い魔石に浮かんだ魔術陣は、紫色に光りながら同色の渦巻く壁を発現させた。
壁は私たちを包む球体状となる。
「な、なんだこれ。すごいな、魔力の壁みたいな。」
「お、おぉ…。これが魔術か…?」
魔術かと言われると確かにそうではあるが、こんな手で持ち遊びながらできるものではないと言いたい。
普通はしっかりとした工房で腰を落ち着かせて、見本の魔術陣を見ながら彫刻刀か筆で魔石に描いていくはずなのだ。
これ、と思い浮かんだものが魔石に浮かび上がる、とか、やっぱ違うと思うと消えるとか、そういうことはないはずなのだ。
…ないはずなのだがなぁ。
もはや人前で軽々しく使えるものではない。
冷や汗ものだ。
「これは『紫の魔の谷であなただけを思う』という既重陣…数種類の魔術陣を重ねた状態での呼び方なのだが、それでな。」
「誰だしその名前を付けたやつ。」
「20代後半男性。ずっと『白馬に乗ったお姫様が自分を迎えに来てくれるはず』と夢見ている可愛い青年だよ。」
「可愛くねぇ…。」
そうか?
本人は儚げな美人で、そういった言動さえなければ引く手あまただろう佳人――男なのだが――だ。
ちなみに既重陣は遺跡で見つかるものではない。
遺跡に残されている魔術陣は一種類ずつであり、素陣と呼ばれる。
もちろん一種類の陣一つだけでも効果は発動するのだが、魔術陣研究者たちはその一つ一つの素陣を調べ、この魔法文字は、この図形は何を意味するのかというのを解き明かす。
そして、素陣を徹底的に解明したうえで数種類組み合わせた場合の、既重陣をも論文にまとめると、その研究者が名づけた魔術陣名が認められるのだ。
彼の名づけた魔術陣には彼の重い感情が駄々洩れである。
私は無難に効果の名前そのままのことが多いが。
「さて、この魔術の効果は“無音”“物理防御”“視認妨害”だよ。
――思う存分、話してくれるね。」