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おじさまは腹を割りません。

 




 足音を立てぬようにゆっくりと進むと、すぐに倉庫らしき部屋があった。

扉などはなく、牢屋のように鉄の柵で仕切られている。

というより部屋の様式は私たちがいた牢屋となんら変わりないだろう。

種類ごとに分類はされているらしく、左の壁側には武器がまとめられており、右の壁側にはその他の道具、奥の壁付近に食料があった。


「…今これ見て、思ったことを言っていいか?」


 キョウが小声で、苦笑いしながらつぶやいた。

もちろん、と頷くと。


「柵…別に柵自体を開かなくとも、鍵を壊すだけでよかったんじゃ、って…。」


 大丈夫だ、私も今それを思った。


 少女とともに苦笑いをしながら、柵の扉に備え付けられた鍵を手に取る。

柵自体は鉄の棒が縦に並んだだけなのだが、扉の部分だけは扉の枠と鍵のかかる場所に横棒が入っている。

ちなみに鍵は私の頭、キョウの腰くらいの高さだ。

魔術陣も何もかけられていない、普通の南京錠のようである。

規模が大きい割に簡素な作りだ。

ここには宝物などはなく、武器などばかりだからかもしれない。


 キョウが魔法で壊すか?と口を動かすだけでそう伝えてくるが、少女が控えめに手を挙げた。

そして、急に自らの靴に指を突っ込むと、そこから針金を出してきた。

手慣れているように見えるほど、簡単に錠を解く。

数十秒ほどでの犯行だ。

もしかしたら本当に常習犯なのかもしれない。

 彼女は『しーっ』と顔の前で人差し指を立てたが、状況からして安易に問い詰められない。

まぁ、だからこそ彼女もやる気になったのだろう。


 カチャ、と小さな音を立てて外れた鍵を横棒にぶら下げたまま、ゆっくりと中に入る。


 躊躇はせず、傭兵三人分の武器と全員分の食料、持てるだけを落ちていた麻袋に詰め込んだ。

その中には傷薬や魔物除けの薬が含まれる。


 よし、これで準備完了だ、と、倉庫を出た瞬間、通路の奥の方から足音と声が聞こえた。


「さけ~さけ~…ヒヒッ」


 足音もフラフラとしているから、酔っぱらっているらしい。

酒盛り中に酒がなくなって、倉庫に取りに来た下っ端だろう。


 ちら、とキョウを見ると、なぜか生き生きとした顔で杖を掲げた。

今さっき倉庫から拝借した杖であり、魔法師には魔力操作の補助として必須のものだ。


 通路の奥は曲がり角になっており、暗闇からふっと、盗賊らしい身なりの男が見えた。

その瞬間、視界が真っ白になったかと思うと、男は既に倒れていた。


「へへっ、よゆー。」


 どや顔でニヤけるキョウに少しイラっとしたので、脛を蹴り飛ばしておく。

まぁ、実際にどや顔してもおかしくないほどすごいのだが。

 多分、今の魔法は“柔軟”と言われている魔法の中でも、難しいものなはずだ。

炎でもない光、雷撃だろう。

あまり身近ではないものは想像し難い、つまり魔法として発現させ難いものだ。

それを威力を押さえ、この細い通路内で使った。

倒れた男がわずかに息を漏らしたことから、ただの気絶だろうことも分かる。

 魔法で気絶をさせるのは、人を殺すよりも難しいと聞いた。


 確かに、なかなかの魔法師だったようだ。


 しかし、感心している場合じゃあなくなった。

この下っ端が帰ってこないことに気づかれたら、なし崩しに私たちが逃げたこともばれてしまう。


 私たちは顔を引き締め、行きよりか早足で牢屋へ戻った。

ガルに小ぶりな両手剣を渡し、全員を急いで誘導する。

先頭は道が分かるキョウ、その次に平民の子ら、その後ろに奴隷の子二人と私、殿に傭兵の二人だ。


 皆、不安そうな顔で、それでも懸命に歩き出口を目指す。

平民の少女がふらついていたが、足を緩めることはできず、少年が支えることで先を急がした。

ふむ、新たな恋が…すでに芽生えているか。


 今は夜だったのか、出口の先は暗い紺色だ。

それでも、ここに留まるほど危ないことはない。

誰もなにも話さず、ただただ列をなして森をへ入り突き進んだ。




 どれほど歩いたか。

倉庫から拝借した時計は洞窟を出た時は午後の8時を示していたが、現在は12時。

約4時間歩き通しだったようだ。

奴隷の子二人が足を縺れさせたのをきっかけに、平民の少女が座り込んでしまった。

何を言っているかは分からないが、もう限界なのだろう。

気もずっと張り続けていたことだ。


 仕方なく少し開けた場所で丸くなり、あたりに魔物除けの薬を撒いておく。

一息つき、座り込んだキョウに近づく。


「人里までどのくらいか、分かるかい?」


「いや、まったく。土地勘もないんだ、勘弁して…。方向があっているかさえ、分からないんだ。」


 はは、と力なく笑うキョウも、流石に疲れたのだろうな。

無理もないし、休ませたいのは山々だが。


「日が昇るまでまだ数時間はある。私はまだ余裕だから見張りをするが、どうする?」


「…ほんと、人じゃないみたいだな。いいよ、俺も見張ろう。ガルとメメリ…も大丈夫そうだな。」


 私とキョウが先に3時間、ガルとメメリがそのあとに3時間起きて見張ることになった。

ガルとメメリを一緒にしてしまうのはどうかと思ったが、まずこの野営地もどきにはテントも何もなく、寝ている人と起きている人を妨げるものがないのだから心配はいらないだろう。


 円になった人々の真ん中に枝を束ね、キョウが魔法で火をつけた。

あまり大きな火にならないように薪を調節して焚く。


 胡坐をかくキョウを隣に、膝を抱えて座った。


「君は、しっかりとした野営をしたことがあるのかい?」


「んー、そうだな。野営、というか野宿なら?森の奥深くに行くとなると日帰りじゃできないし。俺は依頼とかあまり気にせず、魔物を狩るだけで評価を高めた、というか傭兵組合での話なんだけど。」


 ほう、なかなか面白い話だ。

傭兵組合については友人に詳しく聞こうとしたが、教えてもらえなかったからな。

危ない、とか、乗り込まれたら困る、とか。

私は病弱魔力なしだぞ?

やりたくてもできないだろう、と反論したものだ。


 しばらく、傭兵組合について詳しく教えてもらった。

 傭兵は組合に所属して初めて『傭兵』と名乗れるそうだ。

だからといって特殊な資格が必要であるとか、そういうわけではなく、組合所で登録をすれば誰でも名乗ることができる。

ただ、そこで念押しをされることがある。


『あなたは今日から傭兵となりました。あなたがたの日々の活動はオースアイレン国が承認、保護いたします。その代わり、国が有事の際にはご協力お願いいたします。』


つまり、戦争が起きた場合にはつべこべ言わずに戦えよ、ということだ。

傭兵組合は国が運営していると、初めて知った。


 日々の活動としては、魔物を狩って素材を売ったり、護衛依頼を受けたり、採取依頼を受けたり、と多岐に渡る。

依頼自体に区別や制限があるわけではなく、無茶な話、割に合わない報酬でない限りは組合が上手く斡旋するそうだ。


 ふむふむ、と自分の中で話をよく咀嚼していると、じっ、とキョウの視線を感じた。


「なんだい?」


「…そろそろ、みんな熟睡しただろ。いい加減、お前が何者か、教えてくれてもいいんじゃねぇ?」


「ほう。そんなに知りたいか?」


「そりゃあ、なぁ。」


 どうやら機会を窺っていたようだ。気づかなかった。

今までごまかしてきたものだが…仕方がない。



「私にも、分からん‼」


「…はぁ⁉」


「分からないのだよ、魔法師殿。私は目覚めたらあの牢屋だった。それ以前の記憶はない。今日生まれたようなものなんだよ。」


「だけど…アイレン語を話すじゃねーか。そんでアクシィユの言葉は分からないときた。」


「だから、それも分からない。自分のことだ、と思ってもなかなか今は精一杯でね。あまり探りたいとも思えない。なぜだかね。」


 必殺、小首傾げ。


 実のところ、何が私の身に起きているのか、知りたくないという気持ちが本当に私の中にある。

目覚めて、体が幼児になっていて、魔力を人から奪えるようになっていて、まだ一日も経っていないのだ。

何が何だか、よくわかっていない。

その良くわかっていないものは、現実逃避のためにそっとしておきたかった。


 転生したのかもしれないということを、キョウには話してもいいのかもしれない。

だが、それは今じゃあないのだろう。



「君も、あまり自分のことを根掘り葉掘り聞かれても困るだろう?」


「え、いや、俺は別に…。」


「ちなみに言っておくとね、オースアイレンでは大陸語は義務教育での必修なんだよ。ある程度の会話を理解できるようにならないと、卒業できない。あれだけ私とガルが、まぁ彼はスラングばかりだったが、大陸語を話していて『アクシィユ』しか聞き取れない、なんてことはありえないんだ。君がもし、本当にアイレンの人間だったとしたらね。」


「…すんませんでした。」


「よろしい。」



 まだ、まだ早い。

君の秘密も多そうだ。


 だが、これでも私の勘は働き者でね。


君とは長い付き合いになりそうだとうるさいんだ。


くふっ。





 

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