おじさまは懐柔しました。
キョウ曰く、盗賊は十人ほど。
私たちがいる部屋は盗賊がいる部屋と出口との丁度中間あたりらしい。
そして、私たちがいる部屋と盗賊がいる部屋の中間に、武器や備品の倉庫がある。
危険は伴うが、倉庫に寄って武器や食料は拝借しなければならないだろう。
ただ、第一の問題として、私たち全員が安全にこの洞窟をでて人里に下りるには、もちろん、全員の理解と協力が必要になる。
…のだが。
剣士の青年はやはり短慮であるから、制御が大変だ。
まぁ、まだ言葉が通じるからマシなのかもしれない。
もう一人の傭兵風の少女、平民ら、奴隷の子二人。
アクシィユ語しか話せないようだ。
理解もなにもない。
まず何も言葉が通じないのだから。
青年を通訳にしようとしても無理だろう。
何を言い出すか分からないし、見当違いなことを言ったとしても私たちには分からない。
言葉の壁が高すぎる。
「あー、とりあえず、俺が絵で説明してみようか?」
キョウがよく分からないことを言い出した。
「どういうことだ?」
「んん、だからつまりぃ……えーっと……あー!例えばこうっ!」
説明が難しいと感じたのか、一回わしゃわしゃと自分の髪を掻きまわした後、人差し指を出してそこに魔力を流した。
「ほう。」
すると、彼の指先から四角い額縁のようなものが現れた。
そこにはこの洞窟の構造らしきものが浮かびあがり、赤い点が私たちということだろう。
出口にはアイレン語で『出口』とある。
思わず関心してしまうが、この柔軟性が魔法の特徴だろう。
魔術は効果も範囲も、威力さえ魔術陣に定められているが、魔法はまったく規定がない。
想像したものが形として発現するのが魔法だ。
ただ、想像力に加え魔力量や魔力の操作までが重要になってくるので、生活魔法と言われるような基礎以上にできる人間は少ない。
キョウが今行ったような魔法は私でも見たことも聞いたこともなかった。
あまり信じてはいなかったが、キョウはそれなりにすごいのかもしれない。
なるほど、と私が納得すると、彼は壁際にまとまっていた平民たちに説明しに近づいた。
あ、ビクッとされた。
三人の少女が既に泣いており、それを庇うように抱きしめる少年二人も涙目だ。
キョウが振り返って戻ってくる。
「ねぇ、話聞いてもらえない…。ビクって、ビクってされた。俺、一緒に逃げようって、協力してほしいだけなのにさ…。」
なぜかキョウまで涙目なのだが。
「俺、怖い?怖くないよね?真面目な好青年だよね?」と繰り返し聞いてくるのが怖い。
何がそんなに彼を追い立てているのだろうか…。
「分かった分かった、私も共に行ってあげよう。」
「ほんと?大丈夫だよな?ビクってされないよな?幼児が一緒なら不審じゃないよな⁉」
「まかせなさい、幼児の魅力があればあの年頃の少年少女なんて赤子の手を捻るようなものだ!」
ややこしい言い回しになってしまったが、まぁ、これは事実だろう。
私は現在の“私”の顔をまだ見たことはないが、どんな造作でもこんな子供の内は愛嬌しかないはずだ!
私とキョウは連れ立って、堂々と平民五人に近づいていく。
「怖くない、怖くないぞぉー…。」
「キョウ、顔が怖い、顔が怖いぞ。」
やはり。
「ヒィっ‼」
何を言っているかは分からないが、先頭に立ちふさがった少年が、顔を青くしながら何か叫んでいる。
後ろの少年少女らをあざとく、可愛らしく小首を傾げながら覗き込むが、同じような悲鳴を上げて目を反らされてしまった。
「リシルぅ…だめじゃん…。話聞いてもらえないじゃん。」
「いや、大前提私たちは意思の疎通ができないのだから話も何もないだろう?とにかく、あの地図を出してみなさい。」
さすがの私も、彼らの反応に若干傷ついたが、ここで折れては進めない。
キョウが先ほどより大きく、彼らが見やすいように地図を映した。
もちろん、彼らはまた大きく悲鳴を上げてより後ずさったが。
気にしない。
私が自分を指さした後、赤い点を指さし、そのすぐ側の通路を指さした後、檻の向こうの現実の通路を指さした。
それを何度か繰り返すと、彼らは漸く理解してくれたらしく、納得したように地図を見ながら数回頷いてくれた。
さて、ここからだ。
今度は、と、一旦彼らを見て区切ると、私は脱出の過程を地図上で説明した。
ここを出て、倉庫へ行って、出口を目指す。
器用なもので、盗賊たちがいる部屋には盗賊のイラストが描かれていた。
……可愛らしく、丸っこい盗賊たちが酒を飲んで頬を赤らめているイラストだ。
よし、これで平民たちは大丈夫だろう、と振り返ると。
「てめぇら、俺を無視して何してやがんだ‼」
忘れてた、青年がまた般若の顔だった。
彼に説明して説得するより、まだ言葉が通じない少年たちの方が楽かもしれないと、無意識に逃げてしまっていたようだ。
「いや、脱出するにもね、彼らに説明しておいた方がいいかと思ってね?」
「あぁ?ここの檻破って出口探しゃあいいだろうが。」
「だから、それじゃあ危なくってね?」
仕方がない、と、傭兵の少女への説得をキョウに頼み、私は青年への説得を始めた。
…。
「ふぅん、なるほどな。だが、武器があれば盗賊十人くらい楽勝だろうが。」
「キョウも魔法が使えるからな、そこまで不利にはならないと思うが、それでも平民の少年らがいるのだから、安全にことを運びたい。確かにそのままにしておくにも盗賊は危険だからな、彼らを送り届けた後、また戻ってきて潰すのならいいと思うぞ。」
「その間に逃げられねぇ?」
「かなりの財物をここに蓄えこんでいるようだからな、しばらくは安易に移転とはいかないだろう。」
思ったより、話が通じた。
あれか、ちょっと私も態度を入れ替えて、出来の悪い子供に教え込むようにしたのがよかったのだろうか。
それとも正論で全部論破して、代替案を出したのがよかったのか。
まぁ、これでも何人もの子供を教えてきたんだ、貴族の子息や孤児院の子供まで。
それが今役に立つとは。
相手は立派な大人に見えるけれども。
息を吐き出して、さて、と振り返ると。
退屈そうに体育座りをして、ジト目でこちらを見ているキョウがいた。
体育座りだから目線が近い。
「ど、どうしたのかい?」
「いやぁ、説明時間かかりすぎじゃぁないですかぁ?俺もう奴隷の二人まで手中に収めましたよ。天下とったりましたよ?」
「落ち着きなさい、君がとったのは小さな牢屋の共同経営権だ。」
「え、いらねーんだけど。」
「私もだよ。だから早く返還するためにもやるよ。細かな打ち合わせをしている暇もなにもないだろう?」
一番の壁だった青年をなんとか丸め込めたのだ、どうにかなる気もする。
未だその青年は不満げにしているが、最初の頃の態度より大分ましだろう。
さぁ、と促すと、青年――ガルと名乗った――は身体強化をして檻に人が一人通れるほどの隙間を作った。
鉄の棒を掴んで、よくそこまで広げられるものだな。身体強化凄まじ。
静かに、静かに頼むよと念押ししたのが良かったのか、今のところ鉄の曲がる『ぎぎぎぎぎ』という音しか立っていない。
そこからまず、キョウと私、そして魔術を解除した傭兵の少女が出る。
少女の魔術陣も二人のと何も変わりなく、すぐに解除することができた。
ガルがいうに、少女はメメリというそうだ。
「両手剣を頼むぞ。」
ガルはお留守番?である。
彼はうるさいしガタイがいいので、ただ武器と食料を取りに行くには邪魔になるのだ。
丸め込むのは簡単だが手間だった。
そしてあまりデカい武器は荷物になるから持って行かないぞ。
通路の先を見ると、点々と松明が備え付けられているため明るい。
枝分かれした道もあるが、倉庫までは直線なので間違えることもないだろう。
「さあ、行くぞ。探検だっ!」
「そんな楽しいものじゃないから!?なんでこういう時だけ子供っぽいんだよ…。」
仕方がないだろう、この状況すら楽しくて笑ってしまいそうなのだから。