おじさまは飛びました。
メメルの存在をかなりの確率で忘れます。
絶賛空中爆走中の私とキョウ。
同時進行でキョウと私の身体が離れないように接続する魔術も発動している。
運命共同体だ。
逃がしはしない。
「ぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」
「キョウ、やれるな⁉」
「むぅりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼‼」
ものすごい勢いでジャスルに近づく、とともに地面にも近づく。
このままでは閲覧注意の肉片となり果ててしまうだろう。
「キョウ‼」
「っ‼『風よ満たして我が身を包め』ぇぇぇぇぇ‼」
キョウが叫ぶように魔法を発動してすぐ、地面スレスレで下から支えられるような風にふんわりと浮いた私たちは――肉片にはならなかったものの肉団子状態で更地を転がった。
「うっ…ぐはっ…まじで…ないって…。」
早々に運命共同体は解除して、蹲ったままのキョウを踏んで立ち上がる。
むき出しの膝小僧を少し擦りむいたように感じるし、打ち付けた背中や腕が痛いが、ジャスルはすぐ後ろだ。
と、振りける前に一瞬膝を確認したが、血は出ていない。
…血は出ていないのだが、魔力が抜けていく感じがする。
なんでだ。
この身体の血は魔力ってことか。
魔物でも血はあるぞ…。
「くっ…なんですかぁこんな環境破壊までして追ってきてぇ。そんなに私がぁ好きですかぁ。」
考え込む間にジャスルが一人で嘲笑していた。
悪い、すっかり忘れていた。
「なに、ちょっと君に聞きたいことがあるだけだよ。」
魔術に治療系のものはないから、仕方なく魔力が動かないよう『魔力抑制』を制限してかけた。
この数日でかなり成長しただろう。
傷のある右足だけに効果があるよう組み合わせたのだ。
こんな応用、この身体でこの状況にならなければ必要さえないものだからな…。
振り返り見ると、ジャスルは既に服から何からボロボロで、散らばっていた髪の毛先は燃やしたように縮れている。
狐目は限界まで見開き、…大丈夫か?頭がイカレてそうな顔してるぞ。
とりあえず魔法を使えないように制限しといたほうがいいだろうと、まだ余りある魔力をジャスルに向かって溢れさせた。
が。
ジャスルは溢れる魔力に気がついたのか、懐から小石を撒いた。
赤い色をした、宝石のように半透明の丸い石だ。
私とジャスルとの中間に落ちたそれを拒絶するように、私の魔力が四散してしまう。
…なるほど。
「ははっ、これぇ、結構協力なぁ反魔石でねぇ?これ一粒で半径3mは魔力が近寄れないんだよぉ。それが7粒。私もぉもちろん魔法が使えませんがぁ、君も、ねぇ。」
ジャスルは目を細めクツクツと皮肉気に笑うと足元に落ちた反魔石を靴先で踏みつぶした。
小さな石は欠けることなく赤茶の土にめり込む。
反魔石と言えば現在ここで起きている現象の通り、魔力を霧散させ魔法を構成させなくする不思議な鉱物である。
魔法師の無効化に使われ、町の警備や戦場でも重宝される代物だ。
まぁ、敵味方関係なく無効化されてしまうのだけど。
普段はその効果を閉じ込めるこれまた不思議な鉱物でできた入れ物に入れているから持ち運び可能だ。
最近は反魔石が近くにあっても使える魔術具も開発されているらしいから、その内意味のないものになってしまうかもしれないな。
「まったく、本当にぃ何者ですかぁ君はぁ。今のぉ魔術、魔力はジルのぉ使ったってぇ分かりましたけどぉ、どう発動したのかぁ、なんの魔術かぁ分かりませんでしたぁ。まるで、リーリウェル卿のぉ破壊陣みたいなぁ威力でしたよぉね?」
ぎく。
なんだか、じっとりと舐めまわすように見られているのが気持ち悪い。
というか、破壊陣はほとんど表に出してなかったはずだぞ?
発動するか、威力はどれくらいか、を調べるために領地の山奥で放つことはあったにしろ…。
「もしかして、君ぃ…――」
ぎく。
僅かに首を振りこちらを見つめるキョウの視線も痛い。
いや、ちょ、今ここでバラすとかは無いよな?な?
「リシル…?」
「あ、いや…。」
「――リーリウェル卿の寵児ですかぁ!」
「なぜそうなる‼」
指をさすな!
そんな納得!って顔をするな!
は?って顔をするんじゃないキョウ!
「ふふふ、私ぃの推理はぁ間違ってますかぁ?リーリウェル卿はかなりの幼児趣味だったと聞きますしぃ。」
「誰が幼児趣味だ‼」
全くの風評被害じゃないか?
なぁ?
私はすべての子供は幸せであるべきだという信念を持ってだなぁ…!
「きっとかなりの上位にいたのでしょうねぇ…、リーリウェル卿はぁいくつもの孤児院にお気に入りをぉ作っていたとぉ言いますからぁ。」
お気に入り!?
いや、将来有望そうなのには唾つけとかなくてはと色々と支援してたけども!
「君はぁ…かなりぃ顔も整ってますしぃ、肌も綺麗ですねぇ。なるほどぉ、彼はこういう子が好みでしたかぁ。次のイケニエ選択に加味しましょう。」
私の好みはスレンダー美人だ!
子供は対象になるわけがないだろう!
「あぁ、そうだぁ、やっぱり君をイケニエにぃ――」
「ええい、黙れ‼黙れぇぃ‼」
魔力を反魔石のある地面の深くに染み込ませ、反魔石の影響を受けないギリギリのあたりで魔術陣を構成した。
ははは、こんなこと私にしかできないだろう!
「『赤花の激情』‼」
シンプルな爆破魔術である。
「ちょ、お前いきなり何するんだよ!」
「本当に何者ぉなんですかぁ…。」
吹き上げた破片が私たちとジャスルに降りかかる。
悪気はない。
反省も後悔もしていない。
これ以上私のイメージを壊さないためだ許せ‼
吹き飛んだ反魔石が散り散りに飛び、一番近い粒でも5mほど離れている。
もはや効果は関係ない。
はっはっは、優しい拷問実行だな!
縛り上げて私のイメージを訂正させてやるぅぅ!
「『陳腐な――』」
私が高度な拘束魔術を彼の足元に展開させようとした瞬間だ。
「――っ⁉」
「は?なに、え?」
一瞬で日が陰り、空気が、空間が荒れて身体が揉まれる。
反射でキョウの足にしがみついた。
「え」
その影はどんどん濃くなり、風も強まり。
“それ”は姿を現した。
…ものすごく、予想外のものが。
「時間切れですよぉお二方ぁ!本当は少年を連れて帰りたいところですがぁ、手間取りそうなので今回はぁ諦めましょう。この借りも含めぇ、次会う時には覚悟ぉお願いしますぅ、ね?」
彼が“それ”の太い足にしがみつくと、“それ”は地面を力強く蹴り上げ宙に繰り出した。
…魔術を打つ暇もなく、それはゴマほどに小さくなった。
「…『絶炎砲』」
苛立ちまぎれに奴らが飛んでった方向に先程と同じ破壊陣を打ち込む。
当たってれば運がいいくらいの気持ちだが。
「リシル…あれ…当たって…?」
「当たっていたとしても死にはしないだろうな。次会う時には彼にも覚悟を決めてもらおうか。優しい拷問は却下だよ。しっかりと痛めつけてあげなければ…。」
「え、リシル?リシルさん?おーい…優しい拷問ってなんですかー…。」
目の前で手を振られて、漸く現実に帰ってきた。
ははは、私としたことが。
少し冷静にならなければな。
「…あれは、ワイバーンか。」
「だな。アイレンにいた時にも見たことあるし、間違いないよ。まぁ、まさか飼いならす奴がいるとは思わなかったけど。」
ジャスルを回収したのはワイバーンだった。
小屋一軒ほどの羽を持つ下級竜種。
強さはそれほどでもないが、動きが素早い。
…逃げるときには最適だろうな。
「…はぁ、あまりいい結果とはいえないけど、とりあえずこの島からは撤退したとみていいんかな?俺もう疲れたし…誰かさんのせいで。」
「はは、ジャスルのせいだろうな。…あの様子ではまたどこかで会うことになりそうだが。」
「うへぇ…。」
歩いて村まで戻ることとなった。
また“飛ぶか”と提案したら即断られたしね。
一瞬なのだから我慢すればよいというのに。
村にガル達、メメリも置いてきてしまったから、彼らも気になる。特に兄妹。
…あの村は今後どうなるのだろうな。
村人はもう人として…いや、ジャスルが去った今形を留めているかも怪しい。
ジルは…魔物に分類されてしまう。
完全な人に戻すことも難しい。
彼女がどうなるかは兄であるガル次第、だな。
「そういえばよ、」
隣をゆっくりと歩むキョウが、まっすぐ前を向いたまま声を発した。
「お前、リーリウェル卿なの?」