おじさまは追い詰めました。
ガルが背負っていた荷物を取り上げられてしまったから、食料も何もない。
キョウが動けないともなると水も飲めない。
お腹が空いた(気がする)し、喉も乾いた(気がする)。
…実際のところ、私はそれほどそういった生きるのに最低限必要なものが必要じゃないようなのだけど。
「ねぇ、君。私たちを生かしたいのだろう?水くらい出してくれないかな?」
牢屋の隅でのたうつ蔦に、そう微笑みかけると、悩むかのようにくねり、蔦の先から水を出してくれた。
おっ、と心の底でほくそえみながら、無駄にしないように手で掬って飲み干す。
ふふっ、いい情報が入ったな。
「はぁ、やっぱり水は大事だね、生きる上で。これから殺されるのかもしれないけれど。」
自分を皮肉するよう呟くと、蔦は俯いた。
うむ、どうにもこの蔦本人は完全な悪、ではないのではないだろうか。
悪人にそそのかされた子供、といったほうが正しいのか。
「君について教えてもらってもいいかな?やっぱり君と仲良くなれると思うのだよ、ね。」
私は主に感情を表してくれる太い蔦に微笑みかけながら、両手を上に向けて差し出した。
「こっちが“はい”、こっちが“いいえ”。これで答えてくれるかい?どちらかで答えられるような質問をするから。」
蔦はまた困惑したように忙しなく揺らいで、そして私の右手、つまり“はい”に蔦の先を置いた。
ふむふむ。
少し純粋な子供を騙しているという罪悪感があるが、まぁ、生き残るためだ仕方ない。
この蔦はかなり知能が高い。
本当に小さな子くらいあるだろう。
もし知能が低ければ私の呼びかけになんて応じないだろうしね。
反対に高ければそれはそれで応じてくれない。
私が“敵”であるという明確な認識ができるだろうから。
「君は、ジャスルが好きかい?」
“はい”
予想以上だ。
この子も洗脳されているということなのかもしれないが。
何度も、すごい勢いで私の右手を叩く。
周りの細い蔦がその身でハートを描いている。
ゾッコンってやつだろうか…。
「見た目が?」
“いいえ”
「優しいのかい?」
“はい”
うねうねと惚気るように私の右手を示し、細い蔦のハートはどんどん増えていく。
まるで――初恋に溺れる少女のようだ。
その幻影さえ見えてくる気がした。
…ん?
「もしかして……君はジャスルに命を救われたのかい?」
“はい”
これまた反応が激しい。
私の推測が正しいとしたら、これはかなり、難しいことになりそうだ。
もう少し、詰めてみよう。
「君は、女の子だね?」
“はい”
「君には、お兄さんがいる。」
“……はい”
「それは、ガル、だね?」
“……”
やはり。
この蔦の正体、いや、“核”のようなものと言った方がいいのか。
彼女はガルの妹であり、不治の病に罹っており、ジャスルがこの島に招かれた理由だ。
そして彼女はジャスルに助けられた――と思い込んでいる。
命が助かったのは確かだろう。
現に彼女は“生きて”はいるのだ。
ただ、人としての姿は保っていないけれど。
それを喜んでジャスルに感謝している彼女を、洗脳されていると言わずになんと言えるだろう。
…本当に純粋に感謝しているという可能性もなくはないが。
とりあえず、魔力を吸う蔦ということは彼女はトレントの魔物と化していると考えられるね。
人が“魔物化”しただなんて聞いたこともない話だが。
この島はトレントの生息地、群生地と言っても過言ではない島らしいから、何か関係があってもおかしくはない。
彼女の両手首と両足首に魔石を付けたというのも、彼女の“魔物化”の過程の一部だろう。
“魔物化”の仕組みについては全く予想できない。
昔そういうことをしようとした一団が村を一つ潰したと聞いたことがあるけど、結局それらしきことは何もできなかったというし。
蔦の先を俯かせて固まってしまった彼女をちらりと見て、この先の行動に悩んだ。
このまま追い詰めるか、宥めるか。
ジャスルより優位に立つには彼女の協力は不可欠ではあるのだけど…洗脳されているようだし難しいな。
いっそのこと罪悪感を煽るだけ煽って追い詰めてしまおう。
「ねぇ、君はそれでいいのかい?君を助けようと帝国に留学してまで治療法を探した君の兄を、君は見殺しにしてしまうかもしれないんだよ?いや、違うな。
君が君のお兄さんを殺すんだ。」
“ ‼ ”
私ができる限りの『ゲス顔』をして彼女を見遣ると、はっとしたように固まり――
――ばしっ‼
太い蔦がものすごい勢いで私の腹を薙ぎ払い、その勢いのままに私は壁に打ち付けられた。
痛い。
痛覚がそこそこ鈍くなっていた筈なのに、肺から押し出される空気とともに、何か水っぽい物が吐き出されるのを感じた。
とりあえず、追い詰めるのに成功したのだろう。
やりすぎた感はあるけれど。
「ごほっごほっ…くっ…。」
喉に絡む液体を吐き出すためにむせ、むせるほどに腹と背が痛む。
蹲るままに彼女を見上げると、細い蔦たちとともに揺らぎ、揺らぎながらもその蔦を細かに震わせている。
どうやら私が思ったよりも飛んでしまったために、焦っているのだろう。
それは小さな子供を遠慮なく打ってしまったことにか。
ジャスルに預けられた獲物を傷つけてしまったことにか。
人を初めて、自分の意思で攻撃してしまったことにか。
果たしてどういう感情が彼女を支配したのかは分からない。
が、彼女がパニックに陥ったことに違いは無く、彼女はそのまま細い蔦を残して何処かに去ってしまった。
さて、これが後程どのように作用するかは分かったものじゃないが、これが良策だったと祈るばかりである。
牢屋の中は私が何か行動を起こさなければとても静かなものだ。
蔦が隅で蠢いていることもあるが、大した音にはならない。
ふう。
特にやることもなくなったな。
ポケットには空になった魔石が五つ。
既に使い物にならないのでただの荷物だ。
私自身の元々の持ち物は洋服以外なく、自分の身元を明らかにするものさえない。
懐中時計くらいあれば時間の経過が分かってよいのだけど。
気絶している四人はピクリとも動かない。
生と死の狭間でなんとか生の崖にしがみついている、といった具合だ。
奴隷の兄妹も苦しそうな顔でうずくまっている。
うむ…この子たちは可哀そうだな。
ほとんど巻き込まれただけだものな。
森に置いてくるという道もあったが、この子たちではゴブリンにも負けてしまいそうだ。
巻き込まれただけというのなら平民の少年少女たちが一番の被害者と言えるのかもしれないけれど。
彼らはこの地下にはいないようだ。
もしかしたら既に、ということもあるかもしれない。
二人の傍に座り込み、片手ずつで頭を撫でる。
薄汚れた前髪を除けると、似た雰囲気を持つ二人の幼い顔が現れた。
まだ、6、7歳ほどか。
キョウに聞いたところ私は4、5歳に見えるらしいから、見た目は私よりも年上ということになるね。
そうとしても、まだ子供だ。
こんな幼い子が奴隷だなんて甚だ遺憾であるし、この子らの言動からしてあまりよろしくない環境にいたことが分かるのも悲しい。
もし無事にこの件が片付いたら、いい里親でも探してあげよう。
この子らが奴隷である証なんてその首に巻き付いた太い金属の首輪くらいだ。
そこに埋め込まれた魔石と魔術陣が彼らの行動を制限するし、“持ち主”の命令に逆らえば何かしらの罰を与える。
しかし、この魔術陣は大陸条約により国で管理することになっており、扱える人間は国に許可された人間だけだ。
つまり、犯罪奴隷以外、厳しい環境に置かれることなんてないはずなんだがね。
まぁ、私なら解除なんて簡単だからね、この子らは解放させてもらうけど。
もちろん、私は奴隷魔術を扱うことが国に許可されていたし、研究済みである。
私の好みとしては広域の結界や広域の破壊魔術が専門なのだけど、一時期、国に頼まれて奴隷魔術と、その条件の細分化を研究した。
奴隷への精神的な影響はあるのか、や、罰の種類、重さの調整など。
…中々内容としては充実したものだったけれど、内容が気分を悪くするものだったな。
と、どれほど時間が経ったのか。
キィ、という甲高い鉄の擦れる音がして、コツコツと足音が聞こえた。
「もーすぐ日が変わりますねぇ、魔の時間にィなりますゥ。覚悟はよろしぃでしょぉかぁ?」
わざわざお出ましか。
ジャスルは牢屋の鍵を開けると、蔦を一瞥して私を拘束させた。
四人も蔦に持ち上げられる。
「なんの覚悟だい?私はそんな、覚悟がいるようなことをするつもりも、されるつもりもないのだけどね。」
「ふふふ、その余裕ぶった顔ぉ、面白いですねぇ、ショーネン。楽しみにぃしておりますよぉ?」
…ははは、余裕なんてもう、ほとんどないのだけどね。
やはりタイトルとあらすじを変えたらアクセスちょっと伸びました。効くのですね。
これからも良いものを思いつくたびに変えていこうと思います。
私 は ア ク セ ス が 欲 し い 。