おじさまは接触しました。
ざっと見て…20人ほどかな。
若者から中年までの男女が、鍬や鎌を手にこちらをじっと見ている。
その眼に生気はない。
薄汚れた服の隙間から、蔦のような紋様が見えた。
「え…。」
ガルが何か溢すが、私には分からない言葉だった。
しかし、その顔は茫然としており、見てはいけないものを、見えるはずがないものを見てしまったかのようだ。
私たちの目の前に立ち、生気のない目ながらにも穏やかに微笑む女性は、ガルからこちらに視線を向けると、また、にっこりと笑った。
「初めまして、お客人。私はガルの母、ジオでございます。どうぞ、こんなところにいらっしゃらず、村の中へ。歓迎いたしますわ。」
流暢な大陸語でそう話す女性、ジオ。
あぁ、息子の連れてきた知らない人間に振舞うにしては、穏やかで印象のよい対応だろう。
ただ、その手に大きな鎌があり、その後ろに無表情の村人たちを従えていなければ、の話だ。
「歓迎、ね。お茶請けは少年たちの血肉かい?」
「あらあら、そんな怖いことおっしゃらないで下さいな。ジャスル様より丁寧におもてなしするよう承っておりますの。ついてきてくださいませ?」
卵型の顔に、長い黒髪。
きっと美しい女性だったのだろう、面影はある。
だが、乱雑に結い上げられた髪に艶は無く、ほつれ散る毛がみすぼらしい。
村人の中ではマシに見えるが、それでもその服は黄ばみ、擦れ、これまたみすぼらしい。
ことり、と傾げられた首は細く、それを一周するように痛々しい蔦の模様が這っていた。
「り、リシル…?このおねぇさんは何だって?」
大陸語の分からないキョウは、それでもこの異様な状況に目を泳がせている。
そしておねぇさん、ではないと思うぞ。
「彼女はガルの母親らしい。」
「え、こんなお若い人が?!」
「問題はそこじゃないだろう。」
「あ、ごめん…。」
私たちがこんな状況にも関わらず、いや、こんな状況だからこそ混乱しているのかもしれない。生産性の無い会話をしていると、ガルが漸く動き出した。
何かを、自分の母親に語り掛けている。
必死のようすで、今にも飛び掛かりそうだ。
「で、結局何?」
「彼女が村へ来い、と。歓迎する、ジャスルに丁寧にもてなすように言われている、と。」
「なんだよそりゃ、あからさまな罠。てか、やっぱり俺らがここにいることばれてたのかぁ。」
キョウと小声で話し合うが、今、何ができるか、簡単な方法に走りたくなる。
「この村人ら、全員既に魔物化してんのな。」
「あぁ、手遅れだよ。全部燃やしてしまえば、楽なんだけどな。」
別に、既に魔物なのだから倫理的、には駄目かもしれないが、法律的には問題はないのだ。
ただ、黒幕であるジャスルがわざわざ私たちをお招きしている、という背景がある。
ここで彼らを全滅させて明らかな敵意を見せるより――敵なのは確実ではあるが――素直に従ってジャスル本人に近づいたほうがよいだろう。
なにより、ガルの精神が持たない。
今も追い詰められた顔で、もはや縋る様に自らの母親を見ている。
「ガル、落ち着きなさい。」
「っ…!うるせぇ‼今ぁそれどころじゃぁ」
「私たちもそれどころじゃないんだよ。いいかね?ジオ殿。」
ガルの首根っこを飛びつき引っ張って一旦意識をこちらに向けさせ、その隙に事態を進める。
「村へ、案内していただこう。」
「懸命なご判断でして。承りました、こちらへ。」
彼女は自分の息子に一度も目を向けることはなく、くるりと踵を返すと、振り返ることなく歩き出した。
ガルがまだ茫然としているが、その背を押して促す。
彼には衝撃的なことなのだろう。
母親が自分を見ないことが、いや、もしかしたら彼女もガルがいた時には既に何かしらの異常を得ていたのかもしれない。
ただ、“魔物化”という事実を知ってしまった上で、目の当たりにしてしまった。
「リシル、どうする?てかこれどうなる?」
「分からん。ただ、いざとなれば全てを見捨てて逃げることも考えているからね、私は。」
「えー…全てって俺も含まれるんだ。」
「付いて来られるのなら、わざわざ切り捨てはしないよ?」
いざとなれば、多少情の沸いたガルも、後ろを大人しくついてくる奴隷の兄妹も、この島の問題もすべて置いて島を抜け出すだろう。
大体、今更ではあるが、魔術は誰かを助けるのには向いていない。
縛り付けたり、解放したり、破壊したりするのが得意なのだ。
「…お前、今怖いこと考えたろ。」
「何の話かな。別にいっそこの島ごと燃やしてしまおうとか、考えていないぞ。」
「うっわ、怖…。って、おい。」
「決戦は近い。魔力はあって困らないだろう。」
「お前が魔力を奪う、つまり俺から魔力が減ってるんですけど。魔力がなくなって困るんですけど。」
知らん、キョウは魔力の回復が速いのだから少し程度の拝借では大した影響はないだろうに。
キョウの手からさらに魔力を吸い取る。
傍からみたら青年の手を握る幼児だ。
どうだ、微笑ましいだろう。
村の近くでたむろしていたのだから、徒歩一分ほどで門を過ぎた。
「ようこそ、ハナミ島、アギの村へ。なんの名産もない村ですが、どうぞごゆるりと。」
ジオは私たちをある一軒の屋敷へ導いた。
こんな小さな村には不釣り合いで、異様にさえ思えるほど大きな屋敷だ。
周りの民家は木造で木が晒された作りだというのに、その屋敷は一見、石造りのように見える。
外見だけではよく分からないが、領主の屋敷といっても過言ではない。
「ガル、この屋敷を知っているかい?」
「…あぁ、多分、俺の家だったものだ。こんな立派なものじゃぁなかったが、場所が…。」
ガルは目を見開いた状態で辺りを見回し、それ以上言葉が出ないようだった。
ジオはその屋敷の使用人と思われる人間に私たちを引き渡すと、綺麗に一礼してどこかへ消えた。
ガルが追いかけようとするが、もちろん、私たちの周りは未だ武装した村人に囲まれている。
ジオは彼らに紛れ、見えなくなった。
「いらっしゃいませ、お客様。ジャスル様がお待ちでございます。」
執事姿の壮年の男が、胡散臭い笑みを浮かべながら現れた。
彼には蔦の紋様も見えず、魔物の魔力も感じない。
ただ、その雰囲気が只者ではなく、危ない存在であることは分かる。
人間の魔力の臭いはするのに、濁っているわけではないのに。
振り返ることなく歩き出した男は、玄関まで伸びる幅広のアプローチを悠々と歩いていった。
私とキョウは顔を見合わせ、頷きあう。
気を引き締めなければ。
キョウがガルの首根っこを掴んで引きずりながら歩き出した。
私はその後ろを警戒しながら進む。
両開きの扉が内側から、紋様を首に飾った少女たちが開く。
「ふふふふふ、よーぉこそいらっしゃいましたねぇ~、お客さんん?」
狐目の男が、両腕を開き待ち構えていた。
さぁ、ここが正念場だよ。
男はガルが説明した通り、怪しい風貌の詐欺師顔だ。
胡散臭ささを擬人化したようである。
玄関ホールは広く作られており、シンメトリーに螺旋階段が設置されている。
赤い絨毯はよく見るものなはずなのに、毒々しさを感じてしまう。
「君がジャスル、とやらかな?」
「えぇえぇそうですともぉ。ふふふ…おもしろぉい魔力してますねぇ、しょーねん。」
ニタニタと揺れる顔が私たちに不安を覚えさせる。
キョウが「ひぇ…」と溢して両腕を擦りだした。
「この村、どぉです?イィ村でしょぉう?村人たちも素直でいい人達なんでぇす!イジューしてみませんん?」
「残念だけど、私は家に帰る旅の途中でね。大陸に渡らなくてはならないんだ。君は随分と緩い大陸語だね、どこの出身だい?」
なるべく平常心で、にっこりと笑いながら彼に近づいた。
彼の魔力も執事のと同じく人間であることは確かだが、違和感がある。
魔物の魔力が混じっているわけではないが、ピリピリと刺すような魔力だ。
私が故郷を尋ねた瞬間、彼の顔がにやけた顔のまま固まった。
絵のように、ぴしり、と。
「出身ですかぁ。私、結構色々なところを転々としているのでぇ、コレ!、と言えるような場所はないんですよねぇん。」
一転、ニヤニヤからニコニコへと雰囲気を変えた彼は、身振り手振りを加えながら表情豊かにそう言った。
なぜか、私たち全員に寒気が走る。
――と、一瞬のことだ。
「――っ‼『眠り姫の黒き茨』‼」
背後から忍び寄ってきたのか今となってはもう判断もできないことだが、急激な魔力の動きを感じて、私は防御結界を発動した。
ポケットに詰めていた魔石がいい働きをした。
別に魔石なしに発動してもいいのだが、魔石があった方が空気中の魔力への馴染みがよくて広い結界を瞬時に張りやすい。
結界が強い力に揺れるのを感じたが、それが破られることはない。
だが…。
「キョウ、やばいよ。」
「え、なに?結界が破られそうとか!?」
いや、それくらいならいい。
それで済むなら、ね。
“何か”の攻撃が止み、私たちから遠のいたようなので結界を解く。
そこには未だニタニタと笑うジャスルと、その周りでのたうつ、太い蔦のようなものがいた。
「あらぁあらぁ、我慢できなかったんですかぁ?もぉ~。」
ジャスルが宥めるように蔦を撫でる。
若い木の幹ほどの太さがある蔦だ。
「リシル、あれなんだと思う…?」
「さぁ。分からないが、とにかく気を付け給え。
あの蔦は魔力を吸うぞ。」
自分を追い詰めるために予定よりストック削ってます。
誤字の無いように書いてから数日おいて投稿するようにしてたんですけどね…。