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おじさまは目覚めました。

試験的にプロローグを削除し、当話を導入として編集しました。

内容に変更はありません。






――横になっているのだろう。

右腕からは冷やりとした空気と、ゴツゴツとした床を感じる。

 瞼をゆっくりと開けると、まるで久々に光を目にした時のように視界が明るく染まってまるで見えない。

身体の感覚も薄く、目をこすることもできずにただ落ち着くのを待った。

次第にはっきりとしてきた視界には眩い光があるわけでもなく、仄かに松明に照らされた粗削りの岩の壁があるだけだった。


 パチパチと瞬きを繰り返し、指先まで神経が通る感覚に素直に感動した。

…あぁ、長く眠っていた気がする。だが、珍しく身体のどこも痛まない。

幼い頃以来の清々しい気分だ。

最近はずっと指の先、足の先まで痺れ、痛み、起き上がることさえ叶わなかったのに。

今回は何日ほど寝込んだものだろう、と思ったところで頭がはっきりとした。

眠りに陥る前までの記憶が蘇ってくる。


 日に日に動かなくなる体と、催促の止まない『死体は寄越せ』との国外からの脅迫。

それに辟易する私と養子(子供たち)

そして――迫りくる巨大で真っ黒な食人花と、温かく落ち着く口内。


 うむ、そうだ。

私は死んだはずでは…?


 オースアイレン国の名誉ある公爵としての生を終えるため、『大陸の口』と有名な森に入り、食人花にカスさえ残さず喰われたはずだ。

滓の僅かさえ残ってしまうと、国家間の争いになりかねないから。

それほど“私”という人間は貴重だった。

なんせ、戦争の中心戦力である魔術の研究者だ。

さすがに大陸で一番の腕とは言わないが、私と同等の研究者は三人しかいない。

うぬぼれではない。

特に私は面白半分に魔術陣をおかしな方向に発展させてしまうから、よく破壊兵器といわれるほどの最高位の魔術陣を作り上げてしまった。

そのせいで毎日のように命と知識を狙われたのだが。


ちなみに魔術陣は複雑で、並大抵の頭では法則を理解することも叶わない。そのため、魔術師は国一つに十数人といるが、正式な研究者となるとこの大陸全体でも十人前後になってしまう。


さて、つまりだ。

だからこそ“私”の身体、ないし死体の滓さえ残すわけにはいかないのだ。

最近は死者の遺物から持ち主の記憶を読むという魔法もあるからね、髪の毛の一本でも残してはならない。

屋敷に置いてきたものは大丈夫だろう。私の“子供たち”が燃すか守るかしてくれる。

任せっきりで申し訳がないがね。


 さてさて、それで。

現在、思考している“私”は誰だ?

まさか生き残ったとは言うまい?

しっかりと食人花に食われる感覚もあった。案外気持ちのいいものだったがな。


 今のままでは情報が少ない。

粗削りの壁に松明なんて、何処かの牢屋のようだが……と思ったら当たりだったようだ。


 ゆっくりと起き上がると、ここは八畳ほどの部屋だった。

三辺を壁に囲まれており、通路と思われる道に面した一辺だけ鉄の柵がある。

まさしく牢屋。

なにやら臭いと思ったら、私のすぐそばに簡易トイレ――というよりただ地面を掘っただけの穴があった。使用済みなのだろう…。


 そして、この牢屋には私以外にも住人がいた。

魔法師風のローブを着た青年と、剣士風の鎧を纏った青年、軽い革の胸当てをした少女。この三人は傭兵だろう。

本や人伝にしか知らないが、傭兵は魔獣や野盗を討伐したり、一般人の依頼に応えたりするそうだ。

家に引きこもりがちだった男心をくすぐられる話である。

そんな楽しい話では無いと友人は言っていたが。


 その他には平民風の服を着た少年が二人、少女が三人。

牢屋の隅で不安そうに固まっている。

この五人は平民に違いないだろう。

貴族の子息がお忍びを、という感じでもない。


 そして奴隷風――いや、この二人こそ否定ができない。

襤褸を纏った幼い少年少女だ。

怯えた顔も抱き合う身体もそっくりだが、少年の方が少女を抱え込むように抱き着いているので、恐らく兄妹なんだろう。

……あぁ、可哀そうに。まだ5,6歳ほどだ。


私の持論としては、子供はせめて10歳までは走り回って遊ばせるのがいいと思うのだ。

しっかりと食事をとって、たくさん学び、たくさん遊び、豊かな感性を身に着けてから働きに出るべきだろう?

どうしても子供のころから歩くことさえままならなかった身としては、健康ならば元気に遊ぶことを我慢しないでほしいと思ってしまうな。

あと何より純粋な幼い子は可愛い。

素直に私のいう事を聞いて頑張る子供は可愛い。

おかげで6人もの子供を引き取ってしまった。

いやぁ、捻くれた子や癖の強い子もいたが、皆いい子に育ってくれたのだから嬉しいものだね!


 っと、私が自分の子たちに思いを寄せながらこの薄暗い牢屋の中を見回すと、それぞれに反応があった。


 傭兵だろう剣士風の青年は顔を嫌悪に染め、胸当てをした少女は困惑したように目を泳がせた。

平民の少年少女は今まで以上に身体を寄せ合い小さくなった。

奴隷の兄妹は私と目が合うとビクン、と震え、目をそらした。


…地味に悲しい。

私は奴隷反対派だぞ。犯罪奴隷以外。

しかも世襲制奴隷なんて。子供に罪はないだろう。

というか子供を売って金に、なんていうのも却下したい。生きるために仕方ないとか言い訳は聞かない。

親だったら自分の内臓売ってでも子供を食わすくらいしろ!

…とは、友人に過激すぎると言われたので公には言わないがな。

実際何不自由なく育った貴族の中でも高位の私が考えるほど、世界は優しくないということなのだろうけど。

いや分かっているのだがね。


 私が彼らを見て色々と思案していたからか、じっと見られていた兄妹はブルブルと震え始めた。なんでだ。


 仕方なく視線を反らし、まず一旦、私の状況確認をしよう。


 私の意識としては、シェルウェル公爵家当主、リーリウェル・シェルウェル。

40歳を間近に食人花に喰われに行った魔術陣研究者。

確実に死んでいるはずなのだがな。

さて、目覚めた時より感じていた違和感の解明といこう。


 視界にちらつく銀色の髪。見慣れない。

“私”の髪はオースアイレンでも一般的な茶色であり、しかも栄養不足のためか荒れていたはずだ。

なんでこんな艶やかなんだ。キラッキラして目に悪いぞ。

 そして、手。

両手の平を見下ろすが、節の滑らかで短い指だ。

真っ白で荒れたことなんて一度もないだろう肌理きめの細かい肌。

おかしいな、私の肌は枯れ枝のようと揶揄されるほど荒れ衰えていたはず。

…ぷにぷにだ。

ある意味見慣れたものである。

確信は持ちたくないが――




――幼児ショタの手ではないかっ‼






 ふう。落ち着け。

なんだこの手撫でまくりたい、じゃない。

私の手だぞ。

思わず袖――貴族の子息が着る、高級そうな絹のシャツだ――をまくりあげて、ぷにぷにとした腕までもさする。

なんてことだ。

産毛の一本もない、肉付きのいい真っ白な腕がそこにはあった。

…あれだな、誰も足をつけてない積もった真っ白な雪に大の字に飛び込みたいような気分だ。

この真っ白な腕に頬ずりしたい。

そしてちょっと困ったようにオドオドする幼き子…いい。

って、この腕は私のだぞ。いや所有権とかそういうのじゃなく。


なにより幼児に邪心を持って触れることはならないだろうが‼

見守り育てることこそ我が使命‼


…落ち着け。


 とにかく、鏡が無いので分からないが、私はどうやら幼児になってしまったらしい。

私自身が若返ったとかでもなさそうだな。髪を見るに。私は幼い頃より茶髪だったはず。

結局一体なにが起きたのか全く分からないが……

…そろそろ寒くなってきたので袖を戻す。


 とりあえず、“私”が死んだのは間違いがないようだ。

きっと現在の私は生まれ変わった存在、なのだろう。

そんな物語のようなこと、と否定したくもなるが。

死に際の夢にしてはリアルだ。

だってこの腕の滑らかさが夢とか信じたくない。


それになにより、この悪環境で()()()()()

ここからしておかしいのだ。



魔力の無い私は、浄化魔法の仕える魔法師が常に傍にいなければ、すぐに外気の魔に侵されて体調を崩す。数十分も経てば死を迎えただろう。

浄化魔法は扱いが難しく使うものが少ない上、こんな悪臭がするのだから浄化魔法がかけられていないのは明らかだ。

つまり、私はこんな悪臭、嗅ぐのは初めてである。

早く綺麗な空気が吸いたい。


とにかく、私一人で考えて知り得る情報では、なにも進まない。


さて、私が死んで、どのくらい経ったのだろうか。

ここは洞窟の奥だからか少し寒いが、平民らの服が冬にしては薄い気がする。

冒険者らはあくまで装備重視なのだから参考にはならない。

春か、秋か。そこらだろう。

もし数年単位、数十年単位で経ってしまっていたらどうしたものか。

いや、別に我が子供たちに会いたいわけではないが、会えるのならせめてもう一度顔を遠くからでも、と思ってしまうのは親心として仕方がないだろう。


 あぁ、やはり何がどうなっているのかが分からない。

転生だとしても、では現在の私は誰なのか。

誰の子なのか。

なぜ牢屋なぞにいるんだろうか。

服の仕立てからして貴族、もしくは豊かな商人だと思うのだが。


 私がもう一度牢屋を見回すと、剣士風の青年が口を開いた。

…が、何を言っているか分からない。

なんだ、ここは他国なのか。

いや、他国だとしても大陸内であればある程度の言語は理解できるはずだ。

大陸で使われている言語も基は同じ古語なのだから。

…とすると。


「すまないが、大陸語でお願いできないだろうか。」


 おぉ、なんと可愛らしい幼児ショタ声。…ではなく。


 私の故郷、オースアイレン国がある大陸はルプスコロン大陸という。

ルプスコロン大陸には8つの国があるが、そのほとんどが大陸の東側にある。西側は魔物の多く、環境もあまりよくないために国がないのだ。

そしてその東側にある5つの国は古代、統一されたことがあるらしい。

証拠となる遺物は少なく、文字や記録媒体もあまり発展していなかったので詳細は明らかではない。

しかし、ある一時期以降、この五国の言語は似たようなものに変化していったそうだ。


…私も研究者の好奇心として他国の言語を修得したことがあるが、大した努力もいらなかった。

文法も構造も特殊なものを除けばほぼ同じなのだから、細かい言い回しであったり、単語だったりを覚えれば終わりだった。

そうでなくても大体通じるような気もするが。


 さて、そして、だ。

数十年前、といっても色々あった“大陸戦乱”より前の話だというのだから百年近く前に、似ているのならばもういっそ統一してしまえば外交も交易も簡潔になるのではないかと、“大陸語”が開発された。

5つの国の言語をうまく組み込んだものだ。

発音やイントネーションも綺麗で聞き取りやすい。


 自国の言葉と似ているからこそ混乱して浸透しないのでは、という意見もあったが、教育機関の協力もあって、ある程度知識のある人間ならば大陸語で簡単な会話程度はできるようになった。

これには各国の地方問題も関与しているらしい。

まぁ、つまりは一つの国の中でも方言がきつい地域があり、国内で会話がかみ合わないことがあったそうだ。正しいその国の言語、となると正しいとは何かという論争も起きるし、様々な混乱が発生した。

それが大陸語の開発と浸透のための教育革命によって解決した、と。

他に3つも国があるのに大陸語とはいかに、とは思う。

実際その三国は大陸語を“大陸”語とは認めていない。

交易のために修得したという商人もいるらしいが。


つまり、大陸語で『大陸語で頼む』と頼んで、それが理解されなければ私にできることはもうない。

私は五国以外の言語を修めては無いからな。


 じっと青年を見上げると、少し考えるような仕草をした後、今まで以上に蔑むような眼で見てきた。


「んだよ、てめぇ大陸の人間か」


 大陸語だ……ん?

『大陸の人間』……つまり、ここは大陸ではないのか…?

しかし、大陸語が通じるということは他の大陸ではないだろう。


 地図を思い浮かべよう。

狼が伏せたような、私は扇型だと思っている大陸。

そして大陸以外。

確か、大陸の南西に小さな島があって――そこは国ではなく民族が治める自治区と認められている島だったはずだ。

そして大陸の南東にその島より大きな島と諸島があって――そこはアクシィユ皇国という国があった。

あまり私の印象に残っていない理由わけとしては、アクシィユは国としての外交であったり貿易であったりを積極的にしない国だからだ。

個人的、または商人として関与がない限り、その国の品も人も見ることはない。

魔術陣の研究としてもそそるものは無かったしね。


――あ、でも少し大陸の人間より色の濃い肌の子供は可愛いと思ったけど。


 ふむ。とりあえず大陸語を使えるらしい青年から情報収集するしかないだろう。

嫌われているようだが。

魔法師風の青年はピクリとし、胸当て少女は首を傾げた。

平民の子らの顔にも不安の中に困惑が見える。

多分何を言っているのか分からなかったんだな。

奴隷の兄妹は相も変わらず震えながら抱き合っているしね。


「ここはアクシィユ皇国かい?」


「…そんなことも分からずに。これだからお貴族様は嫌なんだ。」


 …ほうほうほう。

推測ではあったがあたりだったらしい。

彼は伝え聞くアクシィユ人らしい濃い肌色と茶髪の髪をしていたし、他の子たちもそうだったからね。

魔法師の青年は白い肌に黒い髪なので、どちらかと言えば大陸、しかもオースアイレン付近の国によくいる人種だ。

奴隷の二人はもう薄汚れていて髪の色もあんなのでは灰か茶かも分からない。


ま、とりあえず、なるほどね、どうやら貴族が嫌いだから貴族の子息に見える私を嫌っているのか。

最近は人権や民権思想も高まっているから、反乱――成功すれば革命だが――を起こされないように貴族も更生してきているんだがね。


 さて、青年の返答からして、ここがアクシィユ皇国であることに間違いはないようだが。

あまり青年を刺激しないようにしよう。

彼のような腕の太いものに殴られでも絞められでもしたら、こんなか弱い幼児ショタの…始まったばかりの第二の人生(仮)が即強制終了だ。


――と、次の行動を考えようとしたところで。


「なぁ、お前、大陸出身なのか?アイレン語いける?」


 魔法師風の青年がアイレン語で話しかけてきた。






おじさまが色々な意味で覚醒しました。

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