人斬りの過去
今回はいつにも増して本当に短いです。
申し訳ございません……
男が目を覚ますと、そこは暗闇だった。
果てしなく続く、終わりなき暗闇を男はひらすらにあてもなく歩いた。
生き物の気配はない。
それどころか、自分が生きているのかどうかさえ、分からない……
そんな深い闇の中で、ふと男は声を聞いた。
それは弱々しく、今にも消え入りそうな女の声ーー
"こっち……こっちに…来て……"
それは、男が最も聞き慣れた……あの優しい声。途方に暮れていた自分を救ってくれた、あの女性の声……
男はその声だけを頼りに、その声の発生源へと急ぐ。
"私……あなたをずっと……"
男が声の元に辿り着くと、そこだけがまばゆい光に包まれ、その中に下を向いて嗚咽をもらす女性の姿があった。
その肩に、男は一切の迷いなく手を伸ばし、その手が肩に触れるのと同時に、
女性はバッと男の方に振り向いたーー
"待ってたのに……!"
男の視界に移ったのは、あの美しくまばゆいほどの笑顔には程遠い、醜く、
この世の全ての怨嗟を詰め込んだような
顔。
それを目にして、男は理解し難い現実を理解した……
「ああ……」
「そうか………」
「君は……もう……」
「……死んで……しまったんだね……」
「すまない……本当に……本当に……」
男は、何故か涙を流さなかった。
いや、流せなかった…のかもしれない。
それは、男の体が乾ききっていたからなのか?
それを知ることは、きっとできないのだろう。
男の心の中の闇が大きくなっていくのに
比例するように、彼を包む暗闇が晴れていく。
そうして、暗闇が消え明らかになったその場所は、男にとって……この世で最も大切な、大切だったあの場所ーー
必ず帰ると誓ったあの場所ーー
女ーーエイナ・バーレーンと共に過ごした
"我が家"。
だがそこに、彼女はいない……
その事実に、乾ききっていたはずの男の瞳から一筋の涙が流れる。
そして同時にーー男の心を暗闇が支配した。
復讐ーー
自分とエイナを、深く暗い闇の底に突き落としたこの"世界"への、復讐。
そして 、エイナから貰った名ーー
エイル・バーレーン。
その男は、"人斬り"になった。
次回から章を変えて、
聖アリアトス王国・現王国騎士団団長
オリヴァー・レイ・ヴェルヴェット
の物語を数話やります。
それが終わればすぐにまた元勇者とリザの物語に戻るので、読んでいただければ光栄です。