3話 不本意な才能
評価&ブクマ有難う御座います。
何か反応があるととても嬉しいマン。
こっ酷く怒られた入学式から数日。私は入学式早々銃火器を試し射ちし騒乱騒ぎした問題児として全校にその名が知れ渡ってしまった。かなり語弊があるが、否定し辛く頭が痛い。教室内である程度の人間関係を築いてからならまだなんかなった部分もあるがーーそう、私は入学早々孤立してしまっているのだ。
「なあ、次の授業って…」
「ヒッ!…す、すみません!!」
…こんな具合だ。私とトーマの話を聞いていた生徒達も、私の事を「自分の力を過信してひけらかしている嫌な奴」だと思っているらしかった。事情を知っているサリやマツリ、トーマは普通に接してくれているが、他に友達は出来そうに無い。以前サリに友達作りのアドバイスをした様な気がするが、これでは形無しだ。
「ていうか、如何して私だけこんな目に会わなきゃならないんだよ!?」
「…シノ、ボクの言う事聞かなかった。やめようって、言った」
「俺はちょっとからかっただけだし…?い、いや、悪かったって!」
今回一番悪いのは私を怒らせたトーマだろう。だと言うのに、彼はもうクラスの男子達と仲良くなっている。しかも、これがまたモテるらしかった。忌々しい。そう思ってブン殴ってやろうとしたら、周囲がビクつくのが分かってしまい、トーマの謝罪もありその拳を引っ込めた。ええい。
「しののん、良い意味でも悪い意味でも目立つからねえー。武器を携帯してる人は他にも沢山居るけど、旧日本時代のライフルなんて珍しい物を持ってるのはしののんだけだし。あと怒った顔がドーモーだよー?キョーボーさが際立っちゃう」
「ぐっ…」
自分の顔がキツめなのは、自覚している。特に怒った顔は相当ヤバいらしい。今まで喧嘩らしい喧嘩をした事が無いのは、私が怒ると向こうが勝手に謝るからだ。謝られたら、此方も相応の対応をするしかない。
…誤解されがちだが、私は決して獰猛で凶暴な性格などしていない。
しかし、マツリはかなりズバズバ物を言うな。そんな風に思っているにも関わらず自分から話しかけてきてくれたあたり、神経が図太い。因みに彼女も他に何人か友達が出来た様子であった。
「…でも、大丈夫。シノ、優しい。みんなもすぐ分かる」
「サリ…」
こんな事を言ってくれるのはサリだけだ。今日ばかりは彼女が天使に見える。サリがみんなに伝えてくれたら良いのだが、案の定サリに友人が出来る様子は無い。…毎日怖がられている私にくっ付いていれば出来ないのも当たり前だ。
「で、次の授業だけど美術だぞ。商業科や工業科の奴等は良いが、兵士科の俺達が何で美術なんかやらなきゃならないんだか…」
「…美術品の価値知るの、大事。これを守る仕事もある」
「そうだねえー。美術は私も専門外だけど、物を作ってみたら実は才能が…!って事もあるかもしれないよー?しののんだって自分で弾薬作っちゃってたしー?」
「あれは、親父の書いた通りに作っただけだし!ほら、くっちゃべってないで行くぞ」
私は三人を無理矢理教室から引っ張り出し、美術室へと向かわせた。
第一学年の授業は、国語・数学・理科社会…と旧日本時代の学生とほぼ同じ時間割制度を採用させている。第二学年からは専門の授業ばかりになるが、一年の内はそれぞれの分野を概説的に知っておく意味でも学ばされる。旧日本時代と違う部分といえば、外国語の科目が無い所だ。母国語ですら未だ解明出来ていない文字が数多くある。また、外国との交流は殆ど無く、数年に一度向こうから船が来る事があるくらいだ。日本ではまだ外国へ行ける程の船を作る技術は無い。その外国船の対応も貴族達がしてしまう為、私達一般人の出る幕は無い。逆説的に言えば、貴族は外交を担当する事がある為、外国語を学んでいるとも言える。
各科目の学習内容自体は流石に旧日本時代と同じという訳にはいかない。そもそも、どんな事を教えていたのか分かっていない部分が余りにも多い。国語や数学は中学の問題の応用や復習が中心、社会は情勢の報告会兼歴史の学習。理科や技術、美術の科目では様々な物の仕組みを学び、製作する。体育では実戦に向けての訓練を行う…といった具合だ。他に、音楽の科目がかつてはあったらしいがそうした娯楽の科目は存在しない。美術も履修科目に入れるべきか検討されていたくらいだ。また、家庭科も出来て当然の事なので存在しない。
ーー授業開始のチャイムが鳴る。面倒そうな顔とやる気たっぷりの顔が並んでおり、誰が何の学科なのか非常に分かり易い。
間も無く、先生が美術室の戸を開く。美術の授業は今日が第一回という事もあり、皆がその教師がどんな人物かと視線を向けた。
「初めまして、皆さん。美術の授業を担当するコウサカ・ナオトです。…まだ新人でみんなを困らせる事もあるかも知れないけど、宜しくね」
…第一印象は、なよなよした頼りない男。幸薄そうな顔付きで、これまた強い風が吹けば倒れてしまいそうな薄い体。教師として日が浅く貫禄が無いのは仕方が無いが、虐められないかと見ていて不安になるくらいへこへことしていて、如何にも気が抜ける。
「ーーでは、授業を始めます。今日は、まだ初回だからみんなの事を知る為にも好きなものを書いてもらおうかな。好きな食べ物でも良いし、風景でもいい。1時間の半分をあげるから、その間に描いてね。その後、その絵と一緒に自己紹介をしよう。」
「…だっりぃ……」
何処からかそんな声が聞こえてきた。先生は困った様に頬を描き、皆に紙を配って作業を始めさせた。
正直、私もダルい。絵の才能も無ければ、何を書いて良いかもよく分からない。暫く考えてから、近所に住む野良猫を思い出しながら筆を動かし始めた。
こんな授業、何の意味がある。
***
「いや、ミツルギって実はすげえ才能の持ち主だったんだな…」
「まさか武器を使わずして同級生達を壊滅させようとは…恐ろしい子ッッ!」
「ちょっと何を言われてるのか分からない」
美術の授業が終わった休み時間。ある者は面倒な授業が終わったと背伸びをし乍ら歩き、ある者は次の授業が楽しみだと会話に花を咲かせるーー…そんな光景など、ありはしなかった。
美術室はまさに地獄絵図。筆一本の力で現実世界をゲルニカにしようとは、或る意味才能だ。
私には絵心が無い。私は如何やら、見ていると心が不安定になる、そんな絵を気付かぬ間に作成してしまったらしい。近所の猫を描いた筈が、名状し難い、一目見ただけでその戦意を喪失させる様な生物を生み出した。
少なくとも自己紹介の前半は、気怠くも平和な空気であった筈だ。
「ーー初めまして。一番目頂きました、アズマ マツリって言いますー。学科は工業科。実家が溶接工場なので、家の仕事を手伝う為に入学しました。好きなことはやっぱり物を作ること。夢は大きなゴーレムを作ること!みんな宜しくねー。」
マツリはゴーレムの完成予想図を見せつつ、笑いを誘って自己紹介した。掴みは上々。女の子なのに凄いねえ、と先生は感心した様に頷いた。続いて何人かの生徒も自己紹介を行い、間も無くサリの順番になった。
「えっと…あの、………、…………」
「がんばれー!」
「う、うう…」
サリは何を話せば良いのか分からない様子で、画用紙をぎゅっと握り俯いた。周囲からの応援がプレッシャーとなり、ますます沈黙してしまう。
「…サリ、失敗しても良いから、今の自分の気持ちを言ってご覧」
私はサリの隣に座っていた為、こっそりと彼女に耳打ちする。初めはサリは困惑の表情を浮かべていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「…サクマ サリ、です。農業科。お兄ちゃん達と一緒に働く為に、来ました。あんまり人とお話したり、仲良くするの上手じゃないけど、ボクとお友達になってくれたら嬉しいです。」
そう言って見せたのは、クラスの人達だと思われる人間が手を繋いでいる、可愛いらしい絵だ。そんなサリに、皆は思わずほっこりと頬を緩めた。これならば、サリは友達を作る事が出来るかもしれない。
「トダ・トーマ。兵士科だ。相棒はこの剣だ。正確には日本刀をサーベルの形にしたものなんだが…。兵士科の奴とは是非手合わせしたいと思ってる。何時でも声かけてくれよな!あと、釣りもよくやるから誘ってくれ」
トーマも、上手い自己紹介で皆の注目を集める。既に友達になった生徒からは「それ何の絵だよー?魚のつもりか?」「トーマへったくそだな」とヤジが飛んでいる。
そして一番最後に私の番が回ってきた。
「ーーミツルギ・シノだ。兵士科希望。メイン武器はこの旧日本時代のライフルが使えたらと思っている。好きな食べ物はガム。好きな動物は猫。で、近所に住んでる猫を描いてみました。よろしく。」
「ね…こ……?」
「あれ、俺如何しちまったんだ?視界が、ぐるぐると…」
「ゔっ、なんか気分が…」
私の絵を見た生徒達の表情が、途端に曇りだした。私には訳が分からず、ただただ首を傾げた。
「……?みんな、一体如何したんだ?ひょっとして。猫アレルギーが多いのか?」
「それは今関係な…ウッ!」
「ミツルギさん…なんという、悍ましい…いや、前衛的な……」
先生は必死にフォローするが、全く効果は無い。兎に角私の絵が原因である事は明らかなので、複雑な面持ちで画用紙を丸めて着席した。
「じ、実に個性的な自己紹介有難う御座いました。次回からは彫刻刀を使って、本格的にものを作って行きます。今日の授業はこれで…」
気分の悪い生徒達に配慮したのか、自身も早く休みたかったのか、授業は残り10分を残し終了した。
居た堪れない気持ちで教室に戻ってからも、生徒達から悪い意味でより注目される様になってしまった。新学期に入ってから私の運は相当に悪い。これからは大人しくして、ここぞという時にこそ活躍して誤解を解くのだー…と心に誓った。