4. 貴方を知って、愛を知る
私の住んでいる場所は、古くからあるお店が多い。
それは、私の家も同じ。
私のお祖父ちゃんは、古本屋をやっている。お隣のおじいさんは、喫茶店をやっていて、二人は幼いころから仲が良い。だから、もう店主という名前を名乗っていてもどちらかの店で話をしているか、将棋や囲碁を打っているかして気ままに過ごしている。この二人は、いつもそうだったのだ、と亡くなったお祖母ちゃんはよく言っていたものだ。
お祖父ちゃんの古本屋は、私が引き継いだ。お隣の喫茶店は、小説家のお孫さんが仕事の片手間に集まる常連さんたちにコーヒーを振舞っている。
琴乃、とお祖父ちゃんが私を呼んだので作業を中断してカウンターへ行く。お祖父ちゃんがにやにやしながら、バイトの杏ちゃんと一緒に私を待っていた。
う、これは嫌な予感がする…。そう思った私にお祖父ちゃんは使い慣れたスマートフォンを振りながら手にしながら私をじっと見つめた。
「琴乃よお、お前さん、クリスマスはどうするんだ?」
「ええ、クリスマス…?お店を開けるんだよね?」
「おい聞いたか杏ちゃん、クリスマスだってのにこいつは…。いいか、店は休みだ。恋人たちのクリスマスってな」
「お祖父ちゃんってば…。杏ちゃんは予定有るんでしょう?」
「あ、ええと、うん…一応」
ゴシップ好きのお祖父ちゃんがにやにやしている。杏ちゃんは私より2つ年上の大学生だ。昔から来てくれていた常連さんで、バイトもしてくれている。年上だけれど、とてもよくしてくれて、友達の少ない私にはとても大切な人。
杏ちゃんは幼馴染の人と付き合っていると言っていた。大学も一緒で、隣同士で住んでいて。ご飯を作ってあげたり、一緒にゲームをしたり、聞くたびに素敵だなあと思う。私も、所謂恋人という仲の朔さんとそういう事が出来たらいいなと思ったりすることもあるのだけれど。
朔さんは隣の喫茶店で小説家の仕事をしながら働いている。こじんまりとしたそこは常連さんが多く、居心地がいい。お祖父ちゃんたちは仲良しだから、私と朔さんのことが筒抜けでちょっと恥ずかしかったりする。
「お、杏ちゃんは彼氏とデートかい?」
「デートっていってもいつもと変わりませんよ?昔から知ってるから、お互い行きたいところは行き尽してるし…。クリスマスなので一応、ちょっといいところでご飯を食べようとは思っていますけど」
「まあ杏ちゃんたちは成人してるからなあ。で、琴乃、お前は?」
「そうだよ、琴乃ちゃん。藤堂さんから何か言われてないの?」
二人の視線にたじろぐ。これは、正直に言ったらどうなるのか、不安だけれど。正直に白状したらお祖父ちゃんはすぐさま喫茶店に走っていき、杏ちゃんは固まってしまった。
――恋人になって初めてのクリスマス。相手は締め切りが立て込んでいて(これはおじちゃん情報。「籐の字のやつ、仕事漬けらしいぞ」なんて珍しく心配そうだった)、12月に入ってから顔を見ていないどころか声も聴いていないし、クリスマスの予定なんて、話してもいません。
「忙しいんだよ、お仕事。だから仕方ないかなって思ってるの。それに、いつだって会えるんだもの」
「それでも、クリスマスとか楽しみ、でしょう?」
「…、でも邪魔をしたら申し訳ないし。いいの」
ちょっと嘘をついた。
本当は、すごく楽しみにしていた。私から言ってもいいのかな、と迷っているうちに日付は流れてしまって、朔さんは仕事が忙しいらしいしと躊躇していたらもう明日はクリスマスだ。浮かれていたのも事実。楽しみにしていたし、前々から考えていたプレゼントは12月の頭にラッピングまで済ませてしまってある。でも、お蔵入りかなあと思ったりもして。
そういえば、クリスマスイブとクリスマスって何が違うんだろう、と私はあまり関係ないことを考える。
「杏ちゃん、優さんが来てるよ」
「え、ああ…!ほんとだ、でも、琴乃ちゃん」
お店の外に杏ちゃんの幼馴染で恋人の優さんが来ていたので杏ちゃんに言えば、もどかしい!という顔をして私の肩を掴んだ。珍しいくらいの声に私はぱちりと目を瞬かせる。
「あのね、ちゃんと言った方がいいと思う。藤堂さんも忘れてるわけじゃないと思うの。あれだけ琴乃ちゃんの事を大事にしてくれる人だもん、だから、ちょっと連絡だけでも入れてみたら?」
「…うん、杏ちゃん、ありがとう」
ぽん、と肩に手を置かれて微笑みかけれる。こういう時、大人だなあと思うのだ。私ももう少し大人になりたいな、とも。
杏ちゃんからもらった勇気を握りしめて、私は杏ちゃんと去っていく優さんを見送った。二人は自然な笑顔で歩いていく。――寂しいな、と思った。寂しいのはクリスマスに会えないことではなくて、近くにいるのに声も聞こえなくて顔も見れないこと。私はふとした時に朔さんの事を思い出しているけど、朔さんはどうかな。私の事、少しでも思い出してくれていたらいい。
スマートフォンを取り出して文字を打ち込む。――お仕事大変ですか、体は壊していませんか、会いたいです。おしこめていた気持ちがあふれ出そうで、きゅうと機会を握りしめた。杏ちゃんを送っていったときにお店はクローズの看板を出したから、私以外誰もいない。会いたいなあ、もう一度思いながら、私はまとまらない画面をそっと閉じようとして、バン、とお店のドアが叩かれる音と、大好きな声を聞いた。
「琴乃ちゃん、開けてくれる?」
あ、と自分の口から出た声が震えている。急いで店のカギを開ければ、目の下に隈を作ってひどい顔いろの朔さんが勢い込んで入ってくる。
酷い顔をしている。そんなに仕事が忙しかったのかな、と心配になる。朔さん、と名前を呼ぼうとして失敗したのは、朔さんが私を抱きしめたから。
「え、……え?」
「ごめん、仕事がこれ以上ないほど立て込んでて、正直死にそうだった…。でも、クリスマスまでにはと思ってたんだ、連絡も出来なくてごめん」
「朔さん、」
会いたかった、ようやく触れられる。
そう囁かれた言葉に私の中のもやもやが全部吹き飛んでいく。会えただけで、嬉しい。それに今日はクリスマスイブだ。こうして会えて、抱きしめてもらえただけで私にとっては最高のプレゼントなのに。
「知らなくて、ごめんなさい。連絡をすればよかった。私、忙しいって聞いていたから躊躇してしまって…。こんなに顔色が悪くなるまで、頑張らなくてよかったのに。頑張りすぎて倒れてしまわないで、私、こうして会えるだけで嬉しい」
「…琴乃ちゃんは、ずるいなあ」
朔さんが私から体を離して微笑んだ。そうして私の額に口づける。
近い距離で、私の鼻を朔さんの匂いがくすぐっていく。私たちはお互いに遠慮してばかりで、少しから回ってしまっていたのかもしれない。
これからはちゃんとこの人の顔を見にいこう。支えられるようになろう。私は、この人の傍にいたい。
「それに、朔さん。今日はクリスマスイブですよ?だから、いいの。お仕事はもう終わったんですか?」
「え、あれ?クリスマス…?」
「え?今日って、24日じゃ…」
「……ずっと部屋に缶詰で仕事してて、カレンダーとか見てなくて、祖父に日付確認してたんだけど…、ああくそ、そういうことか…!」
前髪をかきあげながら、朔さんがどこか悔しそうに顔をしかめた。そのくせに、ちょっと楽しそうなのはどうしてだろう。
きょとんとしている私に朔さんは笑って、そのまま、私の肩に額を預けるように乗せた。その頭を抱きしめるように腕を回す。
「こればっかりは感謝だな。よかった、今日がクリスマスだぞってずっと脅されながら仕事を終わらせてきたんだ。琴乃ちゃん、ごめん、悲しい思いさせてしまって」
「ううん、いいの!悲しくなんてない。会いたかったし、少し寂しかったけど。私、朔さんがお仕事の合間に私を思い出してくれたことの方が嬉しいから」
「合間どころか、ずっと思ってるんだけど?できるなら、ずっと傍に置いておきたいくらいだよ」
肩から顔を上げて、朔さんの指が私の顎をそっと持ち上げた。上向いた状態で思わず目を閉じる。朔さんの名前を呼ぼうとした言葉ごと、唇でふさがれた。
きゅうとしがみつけば、私の体を抱きしめる腕が強くなる。大好き、朔さんが好き、それだけが私が口づけの合間に伝えられた全てだった。
****
「ったく、イベントくらいちゃんとしてやれっつうんだ」
「まあまあ、朔も死ぬ気で仕事してたからな、許してやってくれ」
お祖父ちゃんたちが口ではそういいながらも、にやにやにまにま、私たちを見てくる。
クリスマスの今日は古本屋は休業、喫茶店はおじさまが切り盛りする予定らしい。そして私と朔さんは、デートだ。
といってもレストランは予約していないから夕飯は家で食べる。正直、レストランはまだ早いというか、緊張しそうなので家で食べるほうが有難い。
お祖父ちゃんからのプレゼントであるコート(私より流行に敏感で、かつセンスがいい…)を着て、朔さんと外に出る。朔さんは私の手を取って指先を絡めるように、つないでくれた。
「朔さん、あのね」
「うん?どうかした?」
「クリスマスプレゼント、用意してるの。後で渡しに行ってもいい?」
そういいながら見上げた男の人は、うん、と言ったきりはあと長く息を吐いて、立ち止まった。
じっと見つめているとこちらを見下ろした朔さんが私とつないでいる手をきゅ、と握って持ち上げる。そのまま、私の手の甲に口づけてきたのでびっくりして飛び上る。何をするんだろう、この人は。
「このまま攫って閉じ込めたくなるから、あんまり可愛いこと言わないでくれる?」
「か、かわ…?!」
「可愛いよ、琴乃が一番、可愛い」
とろんとした顔で、朔さんが私に囁く。
こういうのを、バカップルっていうのかな。経験値の限りなく低い私には、もうそろそろ限界がきてしまいそうで、砕けそうになる腰を必死で持ち上げた。ぽすん、と朔さんの二の腕に頭をぶつけてやる。
――朔さんがずっと一緒なら、それも悪くないかなと思ってしまうのは、多分惚れた弱みという奴なんだろうか。
***
ゲスト出演は「かわるみらい」の杏と優です。
前にTwitterで裏話のお話をさせてもらったのですが、そこで「杏のバイト先は、琴乃の古本屋」という裏設定がありまして。ここぞとばかりに使ってみました。
杏&優はクリスマスデートをして、二人でご飯を作って食べたはず、です。