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3. 御田くんと北野さん




私の隣の席の人は、可愛い人だ。剣道をやっていて背も高くルックスもいい感じなのに、甘いものが大好きな御田くん。私はそんな彼とかれこれ小学生からのお付き合い。家も近所だから、幼馴染、といってもいいかもしれない。高校生になってもまだ友情関係を続けてくれる彼には本当に感謝しているのだ。

御田くんは甘いものが好きなのに、作る方は壊滅的。お菓子をもらう代わりに、ケーキなどは私がよく作っては一緒に食べている。その時間が私は大好きだ。御田くんの傍は落ち着く。自分が自分でいられるようで、ふわふわとした気持ちになる。

大好きなお菓子を食べている時に近い。そしてたまに胸がきゅんとするのは、御田くんが一緒だからだろうか。普通の友達とはそんなことがないので、ちょっとした不思議である。


「御田くん、クリスマスケーキは何にするの?」

「家は今年は王道にショートケーキだ。北野のところは?」

「ショートケーキかあ、いいねえ。私のところはブッシュドノエルだよ!挑戦してみようと思いまして」

「北野が作るのか?それは凄いな、でも北野は上手だからきっと美味しく出来るだろうな」

「うまくできたらおすそ分けに行くね。御田くんに食べてもらえるなら腕によりをかけないと」

「上手くできない、なんてことはないだろ。それに俺は、北野が作ったものならどんなものでも食べるし食べたいよ」

「じゃ、じゃあ。今日の夜作るから、明日一緒に食べよう…?」

「ん。楽しみにしてるな」


御田くんは最近爆弾ばっかり私に投げつけてくる。

さっきのもそうだ。私が作ったものなら何でも食べたい、とか。この間なんて、北野の作ってくれたものしか食べたくないとか言って差し入れの手作りのお菓子を断っていたし。そういうことを軽々しく言うので、私はくすぐったくて仕方ない。御田くんは私を嬉しがらせるのが得意な様子である。


「でも、やっぱり御田くんに食べてもらうものはちゃんと作りたいよ」

「それは、どうして」

「だって、御田くんだよ?いつもお菓子をもらっているし、それに、御田くんが食べてる所が好きなの。美味しそうに食べてくれるところとか、甘いものを見て笑ってくれるところとか。だからちょっとでも美味しいと思ってほしいじゃない?御田くんは特別なんだよ」


ごん、と御田くんが机に突っ伏した。勢いよく打ち付けたおでこが心配である。


「どうしたの、御田くんってば…」

「北野がこわい」

「わけがわからないよ…?」


じとっとした目で私を見てくる御田くんに私は苦笑して見せる。だって本当のことだもの。

御田くんが食べてくれるものはちゃんと作りたい。何より、御田くんが私と一緒に笑ってくれることが、一番うれしい。

こうして教室で二人、隣同士の席でおしゃべりをする。それが学校の中で一番に近いくらい好きなんだっていうのを、御田くんは知らないだろう。友達と過ごす時間と同じくらい大切なのだ。


「御田くんってば、どうしたの」


ゆさゆさ、突っ伏したまま動かない御田くんを揺さぶってみる。男の子だなあと思うのはこんな時だ。私より高い身長、大きな手。低い声。この手に触れた時にたまにびり、とすることがある。もちろん電撃が本当に走るわけではないけれど、何というか、落ち着かない感じがして。それなのに傍にいるのは落ち着く。御田くんは不思議な人だ。もしかしたら何らかの電波を発しているのかも。


「もう、何笑ってるの?」

「ああ、うん、可愛いなあと思って。それに俺だって北野が特別だよ」


そういいながら御田くんはいたずらっ子みたいな顔で私の頬をむにむにとつまむ。最近少し太ったかもしれないと危惧している私に、その刺激はちょっとだめだ。触り心地がいいなあなんて笑うけど、女の子には死活問題なのである。甘い物、控えようかなあ。


「ひゃめてえ、」

「何言ってるかわからんぞ、北野」


楽しそうで何よりです。少し拗ねたように口を尖らせれば、御田くんは拗ねるなと言って私の頬を撫でた。その仕草の優しさにどこかがきゅん、とする。

頬に触れている御田くんの手は温かい。なんだか急に恥ずかしくなって目を伏せた。おろおろ、と目線を下に向けながらそれでもその手の温かさにすり寄ってしまう。


「…北野、そういう事はむやみやたらにしてはいけないって習わなかったのか?」

「む、そういう事ってどういう事?」

「あんまり無防備だと食べるぞ」

「な…!やっぱり御田くんも私の事太ったって思ってる…?」


その時の御田くんの顔は、はあ?という顔だった。きょとんとした顔をして私を凝視する。そのあとおもむろに御田くんは立ち上がると腕を伸ばして私の事を持ち上げた。ひょい、と簡単に。


「ひえっ」

「北野のどこが太ってるって?」


御田くんの両手が私のウエストに回っている。そして軽々持ち上げられた。御田くん、力持ちだね。混乱した頭で出てきたのはそんなセリフ。

鍛えてるからなと朗らかに笑いながら、御田くんは私を抱き上げたままだ。いい加減、この子供をぶら下げるみたいな持ち方やめてくれないかなあ。いたたまれない、視線が痛い。困惑しながら見下ろす視界の物珍しさは、正直ちょっと嬉しいくらいだけれど。


「御田、セクハラだぞそれ」

「あ、増田くん。……って、ああああ、御田くんが!」


私を持ち上げたままの御田くんに通りがかりの友人、増田くんがぼそりと告げる。御田くんはぴたりと動作を止めて、私をそっとおろすと、蹲った。その頭を増田くんがノートでぺしぺし叩きながらどこかげんなりした顔で見下ろしている。御田くん、最近ちょっと挙動が不審なところが目立つ。


「バカップルは爆発しろ!」

「痛い!増田いたい!角当たってるぞお前!」


仲良しだなあ、と笑っていたら、解放された御田くんに恨めし気にねめつけられた。少し困ったように眉を下げたその顔で見られても、可愛いとしか思えないのである。





***



そういえば今日はクリスマスイブだねえ、なんて言いながら私と御田くんはいつもの様に帰宅の途につく。

最近はすぐ暗くなるから、と言って御田くんは私と一緒に帰ってくれる。心配してくれるんだなあと嬉しくなっているのは内緒だ。一緒に歩くとき、歩道側を譲ってくれるところもペースに合わせてくれるところも。この人は本当に、優しい人だなあと思う。


「北野、ちょっと寄り道していかないか?」

「うん、いいよ。どこまで?」

「駅前のイルミネーション、見て帰ろう。行きたがってただろ」

「わあ!行きたい!」


この間ぽつりとこぼした言葉を覚えていてくれたらしい。行こう、御田くん。そういって歩き出す私の手を捕まえた御田くんが少し笑う。

ふんわり、笑うこの人の顔を見ているとどこか違う人の様に見えてしまう。御田くんは御田くんなのに。

繋がれた手はそのままに二人で歩き出した。駅前は混んでるから迷子にならないように繋いでくれたんだろう。気遣いのできる御田くんは、やっぱり優良物件だと思うんだけど、最近告白されたという声を聴かないので謎である。


「御田くんもイルミネーション見たかったの?」

「というより、北野の喜んだ顔が見たかったんだ」

「おんだくんが…私をころしにきてる…」

「顔が赤いけど、どうした」


かあ、と火照った頬を空いている片手で押さえる。御田くんは私の事を喜ばせすぎる。ちらり、と横目で見たら優しい顔で私を見ていて運動もしていないのに、心臓がはねる。

クリスマスイブだからか、駅前は人が多かった。


「きれい、だねえ」

「すごいなあ」


二人で見上げて、そのあと人の多さにそろそろ帰ろうかとまた歩き出す。冬の暗い夕暮れに、鮮やかな電飾はとてもきれいだった。雪が降ったらきっともっと綺麗なんだろうなあと思う。

手はつないだまま、二人で歩く。御田くん、と呼ぼうとして失敗する。繋いだ手の温かさだけが伝わってきた。


「北野、来年も」

「…え?」

「来年も見に行こう。その次も。俺はお前と一緒にクリスマス、過ごしたい」

「うん。…私も、御田くんとケーキ食べてこうやってイルミネーション見たいな」

「決まりだな」

「明日のケーキも楽しみにしててね」


来年の約束までしてしまったけれど、それが楽しみで仕方ない。私の隣にいるこの人は、甘いものが好きで、可愛い人。それと同じくらい最近は格好良く見えるのでちょっと困っている。

――御田くん、は。家の前で別れるまで私の手をしっかり握って離さなかった。私も家につくまでの道が長くなればいいのになあなんて思っていた、そんなクリスマスイブのこと。








***


この二人はまだくっつけないぞ、と思いながら、これ付き合っててもいいんじゃないの…と思う日々です。




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