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2. 執事さんと私の365日



幼い頃両親を亡くした私は、叔父さんに引き取られた。

不器用だけれど精一杯私を育ててくれた叔父さんのおかげで私は順調に成長した。そんな叔父さんも私が高校生に上がった時には海外転勤が決まり、どういうことか執事付きの家を用意されたのも記憶に新しい。

その執事さん、とは、一緒に暮らしていくうちに胃袋を掴まれてついでにハートもがっちり掴まれて所謂恋人同士となってという日々を送ってきた。そうして、恋人となってから過ごす初めてのクリスマスがもうすぐである。


昔、といってもまだほんの小さなころ。

両親をなくしてすぐのころの私のクリスマスのお願いは、一つだけだった。

――お母さんとお父さんに、会わせてください。

いい子にするから、叔父さんを困らせたりもしない。だからサンタさん、お願いします。願えばきっと叶う、と信じていた幼い私。

口には出さず、私はクリスマスが近づくたびにそう祈っていた。もちろん、願い事は叶うはずがなかった。その代わりに、クリスマスはだいたい叔父さんが一緒に過ごしてくれたのだ。だからきっと気付いていたんだと思う。私が二人を求めていたこと。

そんなことを思い出しながら、私はクリスマスツリーを組み立てながら隣の人を見やる。楽しそうなその人は、私を見てにっこりと笑った。


「栞さん、クリスマスはどうしますか?」

「千景さん、嬉しそうだね」


うきうき、という様子で千景さん――執事であって、恋人でもある人――がクリスマスツリーを飾りながら問いかけてきた。

叔父さんの部下で、小さいころに会った私を心配して執事という役目になってまで一緒に居てくれた、大切な人。

私は確かに悲しいことを経験したけれど、叔父さんとこの人のお陰で幸せになれている。幸せを作ってくれた人たち。だから次第に寂しさはなくなっていった。悲しさも一緒に包み込んでくれた叔父さんと、私の事を愛してくれる千景さんが一緒に居れば、きっと幸せだと思えるから。


「だって、初めてでしょう、一緒に過ごすのは」

「うん、私も楽しみ」

「どこかへ出かけますか?…もし特になければ、その日は一日、ここで一緒に過ごしてほしいのですが」


きょとんとしたまま千景さんを見る。

どこか照れたように私を見つめる男の人。この人、これで私より年上なのだ。王子様のような容姿の千景さんはいつでもどこでも、キラキラした雰囲気で私を圧倒してくる。そういうところも格好いいと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。

千景さんがどこか不安そうに私を見下ろしてくるのにきゅんとして勢いよく首を縦に振った。もちろん、そんなの、断る理由がないもの。


「私は一緒に居られるなら、どこでもいいよ。千景さんがそれでいいのなら」

「…それが、いいんです。栞さん、私はあまりこういうことをしたことがないので緊張しているんですよ。でも、貴方とこの家で、過ごすことが何よりも幸せなんです」


きゅ、と私の手を握る千景さんを見上げる。

うっすらと微笑んだ、王子様みたいな容姿の綺麗な男の人。人生経験や異性経験の少ない私の心臓は爆発しそうなほどに波打っているし、顔に熱が集まっているのが分かっていたたまれない。

でも目をそらすことはできなかった。しおりさん、と柔らかな声が耳をくすぐって思わず目を閉じる。ふわりとした感覚が触れて、さらにきつく目を閉じた。

こんな風に触れあうことで落ち着くことも。体温を感じるだけで幸せになれるということも。私は知らなかった。

そっと包み込むように腕の中に包み込まれて、私はそっと千景さんの胸に顔を擦り付ける。千景さん、そう呼ぶと優しく返事をしてくれるこの人が、大好き。


「プレゼント、期待してね?」

「私からもとびきりの物を用意しておきますね」


額を合わせて笑う。途中になってしまっていたクリスマスツリーの飾りつけをやり始めて、もう一度笑いあった。

実はプレゼントはもう用意してあるのだ。高級なネクタイを用意している。スーツで出かけるときもあるから、つけてもらえたらと思って叔父さんに相談しながら選んだそれ。

気に入ってくれるといいな。そう思いながら暖かな部屋で過ごす、クリスマスまであと3日の、お昼時。




***



25日クリスマス。私は学校だったのではやる気持ちを抑えながら家に帰れば、千景さんが真剣な顔をしてオーブンを覗き込んでいた。


「ただいま、千景さん…?」

「あ、おかえりなさい。栞さん。寒くありませんか?」

「ううん、大丈夫。今日のごはんかな、お手伝いする?」


コートを脱いでキッチンへ入る。オーブンの中ではローストビーフが焼けていて、この人の調理レベルの高さに慄く。さすが胃袋から掴まれただけはある。

サラダもスープも、パスタも用意されていて、私のすることなんて一つもなかった。おいしそうだなあと見ている私に、千景さんがそっと戸棚から出してくれたのは。


「栞さん、これ、知っていますか」

「……ケーキ?」


デコレーションケーキ、ではない。

小さなカップに入っているのはチョコレート生地のケーキ。上に砂糖衣がかけられていて、素朴な感じがする。いくつか焼かれているソレ、は千景さんにしては珍しく家庭的な感じのするケーキだった。こういうの私が好きだと知って焼いてくれたんだろうか。いつもホールで焼くこの人が。


「おいしそう。私、こういうカップケーキ好き」

「これは、栞さんのお母さんに教えてもらったものです。クリスマスまでにはと練習していたのですが、完成してよかった。貴方にはこれを食べてもらいたかったから」

「お母さん、の…?」

「はい。あの方の得意なお菓子でした。お二人とも、大好きだと言っていて。だからこれを貴方に食べさせたかったんです。いつか子供が出来たらこれを一緒に食べるんだと言っていました」


――だから、叶えたかったんです。

続いた言葉に目頭が熱くなる。この人はどうして私をこんなに幸せにしてくれるんだろう。私はこの人の幸せをつくれているんだろうか。

震える手で、カップケーキを持つ。一つ、手渡されたそれにかじりついた。

ほろ苦いココアパウダーの味、後を追いかけてくる濃厚なチョコの甘さ、そして、たくさんつまった優しい味にあとから後から、涙がこぼれてとまらない。

ぼろぼろ泣きながらケーキを食べる私を抱き寄せてそっと背中を撫でながら千景さんは笑った。美味しいでしょう、栞さんのおふくろの味ですよ。優しい声が、胸にしみていく。


「美味しい、…っ、おいしいよ、千景さん…!」

「良かった。本当は、泣かせたくはなかったんですが…」


ちゅ、と瞼に口づけが落とされる。

これは悲しいから出ている涙じゃないから、いいのだ。私の小さなころの願い事がかなった。叶えてくれたサンタさんは、エプロンをつけて笑っている。


――お父さんとお母さんに、会わせてください。


会えたよ、小さなころの私。幼い私の願い事は、大きくなってから叶った。

カップケーキから私は、私を愛してくれた人たちの影を見る。私を思ってくれる人たちの、顔を見る。このケーキがある限り、私はいつだって傍に両親を感じられるのだ。

涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。千景さん、と呼んだ私の声はひどいものだったし顔だって見れたものじゃないだろうけれどそのまま抱き着いた。


「千景さん、大好き!」

「光栄です。私も、大好きですよ」


優しい声が私の耳をくすぐっていく。ねえ、私が今どれくらい幸せか、嬉しいか、知っている?そう問いかける代りにぎゅうと抱き着いていく。

オーブンからいい匂いが漂い、そろそろ焼ける合図を鳴らす。次いで、インターホンが鳴って二人して顔を上げた。

――きっと、私のもう一人のサンタさんが来てくれたんだと。そう思って、ぐしゃぐしゃの顔をそのままに、私は玄関に飛び出した。


ドアを開ければそこには大きな熊のぬいぐるみを持った叔父さんがたっていて、私の顔を見てぎょっとしている。

でも、今はちょっとだけ。子供に戻った気分で同じように叔父さんにも抱き着いて、お帰りなさいと繰り返す。

困ったように私の頭を撫でてくれた叔父さんと、後ろからやってきた千景さん。二人を見上げて私は笑う。

私のサンタさんたちは、いつだって私を、めいいっぱい愛していてくれることを、知っている。



***


叔父さんと執事と栞の3人のパーティ、サプライズゲストは千景さんが呼びました。

叔父さんはこの後また仕事のためとんぼ返り。姪っ子のために頑張った叔父さん。




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