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1. 忠犬彼氏




秋ちゃん、秋ちゃん!私は名前を呼ばれる声に振り向くことなく雑誌のページをめくる。

自らを忠犬と言って憚らない、彼氏――樹がじゃれついてくるのを手でよけながら、私はそっとため息を吐きだした。

クリスマスが平日なら、高校生は学校がある。正直言ってイベントごとはあまり好きではない。樹はイベントがあまり眼中にないようだし。だから、別に、プレゼントをどうしようかと思って雑誌を見ているわけではないのである。


「秋ちゃん、何見てるの?何か欲しい?」

「…樹なら、何が欲しい?」


きょとん、と目を瞬かせた樹が椅子に座った私の傍に膝をついて覗き込んでくる。ついでに私の腰に腕をまわして抱き着きながら、という非常に動きづらい態勢である。いい加減にしろと言う思いを込めて額をぱちんとはたく。秋ちゃんが触ってくれたあ、と嬉しそうな忠犬、もとい樹にため息を吐きながらも笑ってしまったのは、しょうがないことだろう。

整った容姿をしている樹は、優しそうな外見の癖に残念な男だ。第一他人に興味がない。一応彼女、である私への依存が強く、常に犬の様にじゃれついてくるし私が他の人と話していると途端に邪魔をしたり不機嫌になる。躾、という名の愛の鞭を何度振るったことか。それでも最近はそういうのも込みで楽しみにされているような、何というか扱いづらい。それでも結局許してしまうのは、惚れた弱みという奴だ。


「秋ちゃんがいい」

「…そうじゃないでしょうが」

「俺、秋ちゃんが秋ちゃんをくれるなら何もいらない。ねえ、だから俺に頂戴?それでぎゅってしてキスして甘やかして!」

「樹、あんまり聞き分けないと、お仕置きするわよ?」

「いいよ、して?」


にっこり、笑いかけたら満面の笑みで肯定された。

はあ、とため息を吐きながら雑誌を仕舞ってぽすん、と裏表紙で樹の頭に当てる。条件反射の様に秋ちゃん、と名前を呼ぶ樹が可愛くて思わず笑ってしまったけれど。


「一気に手に入ったら、つまらないでしょう?ちょっとずつあげる、ね?」

「――っ、秋ちゃん!好き!」


正直この男のリミッターを外して私に全部しわ寄せがくると思うと、体力的に無理だ。精神的にもつらい。だから小出しにするしかないのである。

飴と鞭は計画的に。にこにこと、人畜無害な笑顔の割に私をホールドする腕の力は強くなっていく。樹、と名前を呼ぶ。それだけなのに、ぱああと顔を明るくさせて輝くばかりの笑みを浮かべるこの男になんだかんだほだされてしまうのは、悪くないと思っている。


「クリスマスね。欲しいものはないの?」

「あるよ?秋ちゃんがいい」

「さっきも言ったでしょ、私はダメ。物にして」

「ええー、あ、ある!」


にこ、と笑った樹が私の膝に顔を乗せる。そうして見上げた男の頭部にぴょこん、と犬の耳が見えた。ついでに尻尾も。

撫でるように頭を触る。今日はクリスマスだから、ご褒美だ。こういう日くらい、甘やかしてあげる。それだけ、と言っては何だけれど、下手なものを送るよりもずっと喜んでくれるのを知っている。

ただし、やり過ぎると堪えられなくなるので微妙なさじ加減が必要なのだけれど。

こうして樹と付き合うようになって、それでもまだ二年ほどしかたっていない。ほとんど毎日を一緒に過ごしているからか、なんだかずっと一緒に過ごしてきたような錯覚に陥ってしまう。


「秋ちゃん、何考えてるの?俺の事?」

「そう、っていったら、嬉しい?」

「もちろん。嬉しくて嬉しくて、秋ちゃんの事離してあげられなくなっちゃうかもしれない」

「…へえ、じゃあ、考えるのやめようかしら」


むに、と軽く指先で頬をつまむ。そうしていても見た目がいいから決して損なわれない容姿にどこか複雑である。つまんでいる指先をつかまれて、そのまま口に含まれる。

抜こうとした指先は、存外強い力で阻まれた。

ちゅ、と触れる唇。ぺろりと赤い舌が指先を舐めて、爪をなぞる様にしゃぶる。昼休みの教室でなんてことをしてくれるのか、羞恥心は…この男は元から持ち合わせていない様だけれど。


「樹、いい加減にして。お預けするわよ」

「クリスマス、なんだからもっと甘やかしてくれてもいいと思うんだけど」

「ここ、でしたくないの」


するりと指先を抜いて少しだけ湿った指先を唇に当てる。気をつけないと流されてしまいそうになるから、こうなった時の樹は危ない。

樹がいつもの可愛らしい顔を引っ込めて、熱を込めた目で私を見ていた。知ってるよ、と樹が喉の奥で笑う。いい加減にしろという思いを込めて、ぺし、と額を小突いておいた。


「俺はいつだって秋ちゃんで回ってるんだよ?秋ちゃんが欲しい、秋ちゃんがいればいい、いつもいってるでしょ」

「それは光栄だけど。でも私、節度は弁えてくれる人の方が好きよ」

「うう、秋ちゃん…」


途端にしゅんとして眉を下げるのが可愛らしい。

男の人に可愛い、なんて感情を持つなんて思っていなかったし、ここまでべたべたされるのもどうかと思っていたというのに。

私が中心だとてらいなく言えるその愛は、重いけれど、嬉しくもある。調子に乗るので決していってなどやらないが。


「そうしたらもっと好きになってくれる?俺ナシじゃいられないくらいに」

「堪え性も身に着けてほしいわね」

「ええ?そうしたら秋ちゃんあんまり触ってくれなくなるでしょ。やだよ、俺、今でさえ我慢できないのに!もっと触ってよ、足りないよ?秋ちゃん!」

「……バカねえ」


ぺしん、と叩いた額にさっと口づける。

もうとっくに、私は樹なしではいられないのだ。こうしてきゃんきゃんと傍にいてくれるから、それに甘えている。自分から、は気恥ずかしいけれど来てくれる分には受け入れられる。だから結局のところお互いさまなのだ。私だって樹がいるから、助かっている部分は少なからずある。傍にいてほしいときに傍にいてくれる、その有難さを私は彼に教えてもらったkら。

それでもキスを一つしただけでにこにこと私にじゃれつく忠犬を宥めながら、ため息を吐きだした。もっともっとと強請られる、その様は度が過ぎる。


「クリスマスだから、甘やかしてあげる。でもそれはここじゃなくて家でね?それまで我慢して、ご褒美にはまだ早いわよ」

「へえ、じゃあ、俺が好きにしていいんだね?クリスマスプレゼントだもんね、秋ちゃんが」

「………クリスマスだもんね」


ふう、と息を吐きながら肯定したあげた。我慢ばかりでは躾によくない。たまには、べたべたに甘やかすのも必要だ。若干、言わされた感も無きにしも非ずという感じだが、逝ってしまったものは仕方ない。


「しょうがないから、あげる。その代わり帰るまでもうお預けね」

「え、え……それは、俺…」

「あらなあに?これじゃ足りない?」


泣きそうに顔をしかめた樹に苦笑して、額をこつんと合わせ、さっと掠めるだけの口付けをする。つかまえられる前にさっさと離れてもう一度雑誌を開いた。

ぽかんと顔を上げたままの樹が、次第に嬉しそうな顔をするのを見ながら現金だなあと思う。そんなに嬉しいの?聞いた言葉に、満面の笑みでうん、と返ってくる。わかっていたことだけれど、何とも言えない気持ちになる。現金すぎやしないだろうか。

もうすぐ昼休みも終わる。あと二時間我慢すればいいだけなのだけど、と見下ろした樹はぞくっとするほど熱を孕んだ目で私を見上げていた。


「楽しみにしてる。秋ちゃん、待っててね?逃げたらだめだよ」

「そうね、」


立ち上がった樹が私の顎を持ち上げる。ささやかれた言葉に肩が揺れるのを隠せなかった。こういう事になるから、主導権は持っておきたいのに!クリスマスだからと甘やかした私がいけなかった。明日からはもっと厳しくしなければ。飼い犬に手を噛まれるというか、本気にさせてしまったというか。はあ、と今日何度目かわからないため息を吐きながら真直ぐに目を見据える。

ぺろ、と舌先で私の唇を舐めて樹はくすりと笑った。毎回思うけれど、この無邪気なときとの雰囲気の差を何とかしてくれないだろうか。


「逃げないよ。ただ、あんまり息苦しくさせないでくれると嬉しいんだけど?息苦しい所は嫌い」

「はあい、わかってるよ秋ちゃん」


ハートマークが付きそうなほど甘やかな声で言い放った樹は今度は私の瞼に口づけた。もうすぐ予鈴が鳴る。

もういきなさい、と顎を持っていた手を外せば、名残惜しそうな目をしながら渋々体を離していった。仕方がない、今日はクリスマスだもの。たまには、恋人らしい甘い語らいをしてみるのも悪くない、かもしれない。

あとでね、と出ていく樹はどこか機嫌よさげだ。開いた雑誌はもう一度閉じた。プレゼント、が私でいいなんて安上がりでいいことじゃないかと思い直す。

ただ、今日甘やかしたら明日からはもう少し厳しくいかねばならないと改めて決意する。駄犬にするわけにはいかないのだ。少しだけ早鐘を打つ心臓を宥めながら、そっと息を吐いた。

――だから、別に。これは不意打ちを食らったからであって決して、いつも以上の強引さにちょっとドキッとしたとかではないのだから。






***


これを平然と教室で出来るハートの強さがこのカップルの強みだと思っています。

珍しく秋ちゃんが後手に回ったのは、クリスマス効果です。





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