■ 後 編
一気に血の気は引き、背筋が寒い。
急に冷房を付けられたのかとエアコンの設定温度を確認したくなるほどだった。
『あら、お父さん。随分ゴルフ早く終わったのねぇ~』 呑気なミノリ母の声。
チラリ、自宅リビングにいる見知らぬ少年に目を遣り、『あぁ。』 と
不機嫌そうに返す父。
ミノリが慌ててハヤトを紹介した。
『ゴトウ ハヤト君・・・。 で、こっちがウチのお父さん。』
慌てて立ち上がったハヤト。
パニクりすぎて、イスを引く前に立ち上がったものだからテーブルに激しく
ぶつかり、再びお茶の湯呑が倒れて零れた。
『ごごごごゴトウ・・・です。
おおおおおおおおおお邪魔して、ます・・・。』
涙目になって90°上半身を倒し頭を下げ挨拶をする大袈裟な少年を、
父は一瞥すると手に持っていた袋を母に渡した。
『あらっ!』 袋の中身に母が目を細めて微笑み、ミノリを手招きして
それを見せる。
ガッチガチに緊張して固まるハヤトへ、父が低く唸るように言った。
『・・・好きだって聞いてるが。』
こんな唐突にミノリとのことを突っ込まれるとは思っていなかったハヤト。
まだそれについて了承を貰う心の準備も、その前に父親と対峙する準備も、
なにも出来ていない完全なる丸腰だっていうのに。
『・・・好きなんだろ・・・?』
続けて問い掛けられた言葉に、ハヤトがゴクリ。
息を呑んで真っ直ぐ父を見た。
『・・・好きです。 ミノリさんのことが大好きです。』
(い・・・言ってやったぜ・・・。)
この、達成感たるや。
まさか今日ラスボスと闘うことになるなんて思ってもいなかったけれど、
勇気を出せば丸腰でだって互角に闘える。
大事なのは、愛と勇気なんだ!!
満足気なハヤトに、
『いや・・・あの・・・・鯛焼き、 好きだって聞いたんだが・・・。』
母が、袋からお皿にうつして持ってきた鯛焼きが目に入る。
父はハヤトが鯛焼き好きだと小耳にはさみ、わざわざ買って帰ったのだった。
気絶しそうな、ハヤト。
(・・・・・死 ぬ・・・・・・・・・・・・・。)
母は大笑いをし、父は微妙な表情で俯き、ミノリはハヤトが零したお茶を
布巾で拭きながら真っ赤になって目を見開き固まっていた。
『まぁ、取り敢えず。
その気持ちはありがたく受け取って・・・
さぁ、食べましょ、鯛焼き。』
4人、テーブルにつき、この上なくぎこちない時間が流れた。
鯛焼きを咀嚼する音だけが、静まり返ったリビングに響き渡る。
すると、突然。
父が大笑いした。 それにつられて母も、再び大笑い。
ハヤトまでが恥ずかしさMAXで可笑しなテンションになり、笑った。
そんな様子を、ミノリが俯いて微笑んでいた。
テーブルの下でこっそりにぎる手と手。
ハヤトの尋常ではない手汗を愛しくさえ思い、ミノリはぎゅっと握り返した。
そっとハヤトを見つめるミノリ。
その顔は真っ赤になって、涙目になって、必死感が溢れている。
(わたしのために、こんなに頑張ってくれてる・・・)
俯いていたミノリがまっすぐ顔を上げ、両親に宣言した。
『将来、ハヤトとケッコンするから。 よろしくね。』
言い切ったミノリが、堂々と胸を張り眩しいほどの笑顔で笑った。
【おわり】