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忘れ物のその先に

作者: 魚谷幸


 ああ、もう最悪。


 午後1時13分、綾香はいつもの学食で項垂れていた。今日は朝からツイていなかった。スマホと財布を家に忘れ、電車の遅延で授業に遅刻。その日に限っていつもは無反応の教授がグチグチと嫌みを言ってくる。教室の人たちの視線が痛い。イライラするこの気持ちをSNSに書き込んで、同情してもらおうにもスマホがない。小さな鬱憤が体の中でぐるぐるとするばかり。いつも一緒にお昼を食べる友人は学食にやってこない。なんでよ?用事が出来たのか、今日は朝から学校に来ていないのか。連絡が来ているかもしれない。でもわからない。不安で、孤独で、惨めな私。そんなことを考えながら窓の外を見ていた。お腹がすいて胃が痛い。でも財布がない。何も買えない。誰か知り合いがここを通らないかしら。そんな日に限って誰にも出会わない。

 

 その日は小雨の降る嫌な天気だった。綾香は赤い車に乗って家に帰る途中、ふと考えた。「もう、死んじゃおっかな。」背筋がぞくぞくした。だって今までそんなこと本気で考えたことなかったから。死ぬ?私、死にたいのかしら?いやいや、流石にそれはいけない。死ななくてもいい。ただ1年くらいの自由がほしい。ハワイとか韓国とか、好きなだけ旅行に行って。好きなだけ買い物して。お金も時間もたっぷり使える、そんな1年があればいい。でも、そのあとは?仕事もなくてお金もなくて、きっと私には何もない。ニート?そんなの家族がきっと許してくれない。周りの目がってどうのってぐちぐち言われるんじゃない。でも近所の寂れたスーパーで、おばさんたちとパートなんてもっと嫌。もっともっとバリバリ働けるのよ、私。だからといってやりたい仕事なんてない。やりたいことなんて考えたこともなかった。夢なんて馬鹿らしいと思ってた。でも、時間ばかりあって、私には中身がない。自由の1年を終えてしまったら、私にはそんな地獄が待っている。

 じゃあ、もう、いいじゃない。今もこれからも、救いなんてないじゃない。そう考えたら頭の奥がすっと冷めていく感じがした。今、何もかも投げ捨てて、「死んでしまおう。」


 いつもの帰り道から外れて、山道に入った。車線が減って、街灯もまばらになった。民家はなく、横に大きな川が流れている。草木が鬱蒼としていて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。カッターなんて持ってない。それを買うお金も持っていない。今すぐ練炭は用意できない。走ってきた車に飛び込もうかしら。でも運転手は悪くないのに罪に問われるのは申し訳ない。じゃあ川に飛び込もうかしら。でも冷たくて苦しそう。


 自殺の方法を考えては、くだらない言い訳をして却下する。そんなことを繰り返しながら車は進む。綾香には今どこを走っているのかわからなくなっていた。

 きっと死のうと思えばいくらでも死ねる。なのに私はそれができない。ずっと前から、心の奥のほうで誰かが、死にたくないと叫んでいることに気が付いていた。そう、私は死にたくないの。死にたいのじゃなくて、誰かに認めてもらいたかったの。進路のこと、容姿のこと。私という存在のすべてを、誰かに認めてほしかったの。友達でも恋人でも家族でも。私はここにいてもいいのだと、言ってほしかったのだ。

 

 綾香は、スピードも緩めずにただ前だけを見て、ボロボロ泣いた。涙が出てしょうがなかった。暗い山道を走りながら、ただただ泣いた。家に帰っても、親には「遅かったじゃない」なんてこと聞かれないだろうし、スマホを見ても連絡はないだろう。そんな現実が待っていたとしても、綾香は帰ろうと思った。

 「死んじゃいかん。」そう自分に言い聞かせ、もと来た道を戻り始めた。



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