<冒険者とは、まこと因果な商売です>
丘を降り、“闇の森”の木々が目の前で壁を作る、谷底までやって来ました。道は、東西に分かれています。
う~ん、見覚えがある様なない様な…。少なくとも、西方面は既に探索した場所に通じている様な気がいたします。東へ行ってみましょう。
道の左側に、バケツと滑車の付いた石造りの井戸が見えてきました。
気にはなりますね。水が補給できれば、それに越した事はありませんし。一応、見てみる事にします。
井戸の中には梯子が降りていて、下の水面まで届いています。その水面すれすれに、北へ向かうトンネルがあるみたいですね。トンネルは、直径一メートルくらいの丸穴です。
…願いの井戸というのもろまんちっくですが、梯子付きの井戸にそんな浪漫はありそうもありません。何かの隠れ家でしょうか…? 降りて探索してみましょう。
暗い井戸の底に向かって、梯子を降りていく私。しかし、策略の神の悪戯か、段が一段欠けている事に気が付きませんでした。滑って足掛かりを失った私は梯子から転げ落ち、下の水面に落下していくのでした。
「あれぇえぇ…」
更に運の悪い事に、落下の途中で井戸の内側に強か頭を打ち付けてしまいました。
冒険者稼業を始めた時から、視界を狭める兜は着けていません。御陰で、かち割れた頭部から、血が噴き出してまいりました。
仄暗い井戸の底から、私は濡れた黒髪の間から朱に染まった顔面を覗かせながら、トンネルに這い出ました。
「おぉぉぉぉ~ん…」
呪わしい。恨めしい。何故私ばかりが、こんな不幸な目にばかり遭うのでしょうか。鬱です。死にたいです。この怨念を、病原菌の様に世界中に蔓延させてしまいたい。ハリウッドでリメイクもして欲しい(メメタァ) 暫し四つん這いのまま、我が身の不幸を呪っていましたが、ふと気が付くと、トンネルの中には等間隔に松明が並べられ、明かりが灯っています。
井戸から這い出て白いワンピースに着替え、呪いを世界中に伝染させるのも一興ですが、狭い穴蔵は如何にもゴブリン共が潜んでいそうな所です。探索してみる事にいたしましょう。
トンネルは幅が一メートルしかありませんので、必然的に這って進む事になります。こういう時、狭くて暗くてじめじめした所が大好きな私は、冒険者に向いているのではないかとつくづく思います。傭兵を続けて、敵にも味方にもご迷惑をおかけするより、こちらの方が良かったのかもしれませんね…。それにしても、濡れた黒髪に血で染まった包帯を巻き付け、地中の穴を這い進む私の姿をどなたか御覧になったら、どの様に思う事でしょうか? 屹度、内気なダウン系包帯ッ娘が、自分だけの秘密の場所に隠れようとしていると…ええ、希望的観測を申しました。妄想を楽しみながら這い進んでいると、トンネルは二手に分かれました。意外と広いですね…。
取り敢えず、左手の法則に従って、西へと進む事にいたします。
すぐに、トンネルの中の分かれ道に着いてしまいました。
考えたら、四つん這いのままでは、相手がゴブリンとはいえ如何に私と雖も辛いかもしれませんね…。しかし、探索せざるを得ないでしょう。南へ進みます。
トンネルは、洞穴への入り口で終わっていました。洞穴の中には小さいながらも色々家具が揃っていて、知性ある生き物の住処の様です。天井の高さはトンネルと変わらず、私には立つ事ができません。洞穴の奥に、長さが一メートルぴったりの木箱が置いてあります。
ゴブリンが暮らすにしても、やや小さ過ぎる気もしますが、ここまで来て調べない手もないでしょう。開けてみる事にします。
私が箱に触れると、持ち上げるまでもなく蓋はバタンと開き、大きな顔をした、緑色の体の怪物が飛び出してきました。長い鼻と尖った耳を持ち、麻の服を着た小型の人間型生物。グレムリンです。驚く私に向かって、グレムリンは手にした短剣で突き掛かってきました。短剣は私の太腿に突き刺さります。
乙女の珠の肌に何て事を…! それにしても、ゴブリンにしては家具が小さ過ぎるという判断は当たっていた様です。今となっては、何の慰めにもなりませんが…。グレムリンは私が思う様に動けないのを良い事に、周りをグルグル走り回って隙を窺っています。私は、壁を背にして剣を抜きました。流石に戦い難いですね…!
…しかしながら、私の相手をするには、些か体が小さ過ぎましたね。狭い室内一杯に剣を素早く往復させ、逃げ場をなくしたグレムリンの首根っこを捕まえて、床に引き倒しました。
「この、悪戯小悪魔さん♪」
にっこり微笑むと、何かとても恐ろしいものを見たかの様に引き攣るグレムリンの首を掻き斬りました。
グレムリンの寝床だったらしい木箱を探ると、寝具の中に金の延べ棒が見付かりました。金貨二十八枚分の価値はありそうですが、相応に重い物です。古い剣の方を置いていきましょう。
お宝追加:金の延べ棒(金貨28枚)
※代わりに、始めから持っていた剣を置いていく。
考えたら、大人しく隠れ住んでいたグレムリンの侘び住まいに不法侵入して、強盗殺人を働いた様なものですが…最期に見たものが、私のエンジェルスマイルだったのを、冥途の土産にしていただきましょうか…。洞穴には他に出口が見当たらなかったので、元のトンネルを引き返します。
ここにはゴブリンはいないと見て探索を切り上げるのも手ですが、見ていない場所も気になります。一応隅々まで調べてみる事にいたしましょう。という訳で、北への道を這い進みます。
前方から、狂った様に互いを呼び合う声が聞こえてきました。トンネルは、洞穴の入り口で終わっています。突然、洞穴の暗闇から、矢が飛んできました。
「あぐっ」
矢は、私の肩口に突き刺さりました。
激痛に耐えて、矢を引き抜きます。
まずい事になってきました。立って剣を振るえない以上、剣の技量よりもここ一番のツキの方がものをいう展開は、盲点でした。そして幸運の薬も飲み干した今、運命の女神が私に微笑んでくれるとは、とても思えません。では逃げ戻れば良いかというと、それも考えものです。この狭い洞窟の中で、矢を放ってくる相手。私の知識が確かならば、恐らく穴小人ではないでしょうか。向こうがただ警告のつもりで射掛けてきたならば良いのですが、獲物として逃がすつもりがないならば、狭いトンネル内で飛び道具を持った相手に背を向けて逃げるのは、自殺行為かもしれません。洞穴に出た先が広い事に賭けてみましょうか…? 私は意を決して、洞窟内へ這い進む事にしました。
出た先では、当てが外れました。良い意味と悪い意味で。良い意味では、相手は穴小人ではなく、グレムリンでした。穴小人は闇の中での射撃の名手なので、辿り着くまでに更に射掛けられていたかもしれません。悪い意味では、グレムリンは二匹おり、しかも洞窟内の天井は低く、剣を振るう隙間もなさそうな事です。つまり、業物の剣は使えず、素手で狭い中を二匹のグレムリンの相手をしなければならないという事です。トンネルから這い出してきた私を見てグレムリンは大変驚き、次いで短剣を抜き襲い掛かってきました。
さて、剣も使えないとなると、工夫が必要になります。まずは、ちょろちょろ動き回られるのが厄介ですね。妖しげな手の動きと妖艶な表情で牽制しながら、ひょいと脇元に隙を見せます。すかさず突き掛かってきた一匹の腕を腋に絡め取り、ぽきぽきとへし折ります。焦って突っ込んできたもう一匹の突きを、抱えたグレムリンの身体で受けます。合わせて抱き締めると、あんこが出るまでぎゅっとしてあげて、一丁上がりです。
流石の私も、些か手こずりました。短剣が腋を少し抉っていますね。戦いで手傷を負わされたのも、随分久しぶりの様な気がいたします。しかし、どうにか二匹とも、私の手の中で冷たい骸に変える事ができました。
改めて洞穴の中を見回してみると、小さな家具の他に、所狭しと赤い上薬の施された、人間の手の形をした粘土細工が飾られています。何か、呪術的な意味でもあるのでしょうか…? 一つ、持って行ってみる事にします。また、銅製の瓶の中に、金貨が三枚見付かりました。あと、流石に井戸から落ちるわ腿は刺されるわ矢傷は受けるわで、ほとほと疲れ果てました。以前手に入れた、力の回復薬を飲んでおきましょう。
装備追加:粘土の手
お宝追加:金貨3枚
他にめぼしいものはなさそうなので、分かれ道まで戻ります。
東へ行き、最初の分かれ道まで戻ります。
悩みどころです。剣を上手く振るえない以上、かなり面倒な探索にはなりますが、そろそろ運の尽きかけだからこそ、もしここに“戦鎚”の頭があったとしたら、ここの捜索を諦めてもう一度戻ってくるまで、私の命運が保つとも思えません。人間の運というものは、頼れば頼る程なくなっていくものだと私は思います。そして、私が運に恵まれているとは思えません。今の内に、調べられる所は総て調べてしまいましょう。東へ進路を取ります。
トンネルは、洞穴の入り口で終わっていました。入り口にはカーテンが掛けられ、中の様子は判りません。
徹底的に調べると、決めたばかりです。私は、恐る恐るカーテンを捲ると、中を覗き込みました。
中はやはり天井の低い洞窟で、テーブルに座ったグレムリンが、例の粘土の手を矯めつ眇めつ調べています。
「えくすきゅーずみ~…?」
やや大柄で、首から銀の鎖で提げた大きなメダルを着けており、どうやら彼がグレムリン達の大将の様です。彼は私に気付くと、粘土の手をハンマーで粉々に砕き、飛び上がって私に襲い掛かってきました。どうにか剣は抜けますが、相変わらず低い天井は戦い難いですね…。
とはいえ、剣さえ手に執れるならば、如何に大将といえど、ゴブリンに毛が生えた程度のもの。ハンデ付きでも楽勝でございました。
グレムリンの大将が着けていたメダルの他には、この部屋には値打ちのありそうな物はありませんでした。
お宝追加:金のメダル(金貨9枚)
しかし何ですね、これはもしかして、穏やかに隠れ住んでいたグレムリン一家の侘び住まいを鏖にして、強盗しただけになるのでは…。どうやら、冒険者という生業も、それなりに人様に迷惑を掛ける事になる様で…。残念賞でございました。どうやら、地下にはこれ以上何もないようです。地上に引き返す事にいたしましょう。
分かれ道まで戻ってきました。
井戸まで戻り、梯子を登ろうといたしますと、頭上に何者かの足音が聞こえてきました。誰かが梯子を降りてくる様です。
さて、恐らくは外出していたグレムリンの仲間か、私と同じくここを発見した冒険者か、といったところでしょうが、相手によって対応を変える必要がありますでしょうか? 冒険者だったところで、私の味方とは限りません。よしんば敵なら、狭いトンネルに来るまで待っても、私に有利な事などありません。相手が誰であれ、仄暗い水の底に、引き摺り込んで差し上げましょう。
私は、降りてきた脚を掴むと、力一杯引っ張りました。案の定、緑色のグレムリンが、悲鳴を上げながら水の中に落ちていきます。髪の間から覗く片眼で、下目使いに見下ろすと、グレムリンは恐慌をきたして水の中を藻掻きます。何でしょう、この舞台、凄くしっくりくる…。何にしろ、チャンスをものにした私は、その間に梯子を登って井戸を抜け出し、道に戻りました。
冒険記録紙
名前:カサンドラ
装備:革の鎧、ザック、地図、万能薬、除草剤、虫除け、聖水、光の指輪、自動縄、捕縛網、探水棒、封炎玉、真鍮のフルート、鼠の骨のネックレス、“戦鎚”の柄、戦上手の腕輪、ベラドンナ草、妖精の粉、業物の剣、ドラゴンの歯、手裏剣、巧みの籠手、集中力のバンダナ、毒消し、小さな銀の鍵、粘土の手
お宝:金貨17枚、銀の箱、黄金の耳飾り(金貨5枚)×二、金の鼻輪(金貨10枚)、金の延べ棒(金貨28枚)、金のメダル(金貨9枚)




